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ゲームセットと爆発エンド

 目の前に立っているのは、3人。

 サレン局長と、その側近ふたり。手強そうではあるけれど、油断したら即殺すみたいな敵意は鳴りを潜めていた。


 彼らの後方、離れたところにある岩場の裏には、また別のふたりが潜んでいる。

 それを合わせても、たったの5人。

 私が感知できる範囲に立っている敵は、これで全部だった。


 戦闘中に、何人かは逃げ出していた。

 逃げ切れたかは不明。

 残りは、残らず攻め上がってきて、降伏もせずに全員地に伏した。

 まだ息がある人も混ざってはいるけれど、起き上がれるような気力は感じ取れない。

 ざっと、250人といったところ。

 それだけの数を、私達は倒していた。


「多くの利を捨てていたとはいえ、それでも過剰戦力だと思っていましたが……」

 サレン局長は戦場を見渡して、低い声で話す。

「ここまでとは。まったく、私が丹精込めて作り上げた人員たちだったのですがね。どれほどの損失か……」

「それを上回る戦力がバストアク王族の側にいるんだ。家臣として喜ぶべきなんじゃないか?」

 サレンたちに向かい合っているのは、私とカゲヤ、そして今言葉を発したファガンさん。


「それが、喜べないことに苦慮していまして」

 サレン局長はわざとらしいため息をついた。

「なにしろ、この場所は残った部下がまだ包囲しています」

 その言葉に、私は気配感知へと意識を集中させるが、やはり有効範囲内にはいないようだった。となるとだいぶ離れているか。シュラノに索敵を頼みたいところだけど、既にあらかじめ聞いていた零下砦を維持できる時間の限界に近づいている。もう余力はないだろう。


 サレン局長は落ち着いた口調で続ける。

「特に、風上には配置を厚くしております。もちろん、それなりの道具も揃えております。私が合図ひとつ出すか、死ぬかすれば、この一帯はまたたく間に毒煙で覆われ、10日間は生物の立ち入れない土地になってしまうことでしょう」

「王城も近いこの地を、毒で犯す気か?」

 ファガンさんが尋ねると、

「必要とあれば」

 迷いなく頷きが返ってきた。


「私たちなら、風より速く逃げられるけど?」

 そう言ってみる。

「全員を連れて、それが可能でしょうか」

 サレン局長は私たちの背後、いまだ維持している零下砦のなかで治療をしているモカや気絶しているアルテナたちを見ながら嫌味ったらしく言った。

「ちなみに、レイラ姫が苦手とされていた無色無臭の毒――そう、最後に吸われたあれに似たものもご用意してございます」

「……それはそれは」


 あれはマズい。

 毒耐性が高いはずの私ですら、しばらく動けなかったのだ。

 モカが解毒薬を散布しても、消耗しているみんながどこまで耐えられるか。


「さて、少々不穏なお話をさせて頂きましたが、当然ながら、私も皆様を皆殺しにするのは忍びありません」

 ほんとに『少々』と思っていそうな口ぶりのサレン局長。

「実はこの近くに、これから流れる毒への免疫を高める薬を埋めております。――残念ながら2人分しかご用意できなかったのですが」

「なんだ、準備不足だな」

 呆れたようにファガンさんが言う。のんびりとした口調だった。

「弁解のしようもございません」

 サレン局長の口には、薄笑いが浮いている。


「あなた方は、服用済みってことなんですよね?」

 私が訊くと、

「職務上、毎朝に飲む習慣でして」

 サレン局長はそう答えた。牛乳でも飲んでりゃいいのに。


 しかし、なるほどなるほど。

「ねえカゲヤ、この3人を殺して腹かっさばいて血とか肝臓とかから解毒剤つくれないかな。モカいるし」

「妙案ですね」

 表情ひとつ変えずに応じるカゲヤ。

 対するサレン局長と側近たちの表情に、はじめてピクリと動揺が浮かんだ。


「……随分と過激な教育をお受けになられているようですね」

「いえいえ、お宅ほどじゃありませんよ」

「恐れ多いお言葉ですな。では僭越ながらご指摘させて頂きますと、私も左右の者も、確かに毒への強い耐性を持っておりますので体液にそれらの効能は含まれているかと存じます。しかしながらまた同時に、暗器としてもちいるため毒そのものも体内に仕込んでおります。それらの成分も血液に溶け込んでおりますゆえ、結果として常人には劇薬となります。この限られた時間と場で毒性を除き薬効を抽出するのは困難極まりないと思われます」

 ……ま、そうだよね。

 予防接種だって薄めてなきゃ病気を仕込むのと変わんないもんね。


「じゃあ、その埋められた解毒剤ふたり分だけど、誰に使うかはこっちで決めていいのかな?」

 もちろん選ぶ気なんてないけど。

「またも恐れながら、私はバストアクの忠実なる家臣なれば、最優先とさせて頂くべきお二方は決まっております」

 カザン王子と、ファガンさん。

 そりゃそう言うだろう。

 逆に最優先で仕留めたいのは、たぶん私かカゲヤ、もしくはシュラノあたりだろうし。


「だったら、その優先権持ってる奴が自分の権利をこっちの姫さんに譲ると言えばどうなる?」

 背後から、ファガンさんが口を挟む。

「……誠に申し訳ございませんが、王への面目が立ちませぬゆえ、全力を持ってお考え直し頂くよう説得を試みることとなるでしょう」

「なるほど。こっちの姫さんたちにはどうしても全滅して欲しいと。……参ったな。どうする?」

 相変わらずのんびりした口調のファガンさん。

「そんなのこっちに振られてもですね……。ならいっそジャンケンっていう文化が私の――うひゃぁ!?」


 変な叫びをあげる私。

 とっさに身構えるカゲヤと、「おい?」と驚くファガンさん、目の前のサレン局長たちも訝しげな顔つきに。


「――あ、すいませんごめんなさい。ちょっと襟元になんか当たって。雨かな?」

 取り繕うようにそう言って晴れた空を見上げる。しまった。

「違う、虫でも入ったかな?」

 言った直後に後悔する。想像したくない絵面だ。


 私の戯言に、なぜかサレン局長の気配が揺らぐ。――恐怖? なんで?


 いやあ、にしてもびっくりした。

 でもしょうがないじゃない、なんの気配も感じなかったのにいきなり首筋になにかが触れたら悲鳴のひとつも上げるって。


 とんとん、と今度は肩を軽く叩かれる。


「あ、もう虫どっかいったみたい。はい、大丈夫です。話の途中でごめんなさい」

 後半は、ここにいるもうひとりに向けて。

 すると、またも首筋に、たぶん指先が触れ、動いていく。

 うひぃ、ちょっとぞくっとするんですけど。


 顔に出さないよう我慢しながら、指先の軌跡を脳裏で描く。

 それは、この世界の文字。


『周囲、掃除、完了』


「うん、ありがとう!」

 私がそう言うと、サレン局長たちの顔はますます不審げに。

 それとは反対に、カゲヤとファガンさんからは安堵の吐息が。


 そう、戦闘開始の直前、シュラノが零下砦を発動する寸前にエクスナだけ離脱していたのだ。もちろん例の完全ステルススキル【闇這い】を発動して。

 そして戦場から遠い場所に潜んでいる敵を潰していったというわけである。そのなかには、サレン局長が脅しに使っていた毒撒き部隊も含まれている。

『あの連中なら絶対に配置しています』

 と事前ミーティングでエクスナが断言し、他のメンバーも同意していた。

 で、予想通りにサレン局長がそんなことを言い始めたため、私たちはエクスナが連絡をくれるまでだらだらと会話で引き伸ばしていたのである。


「えっと、長々と話に付き合ってくれてありがとうございました」

 今度はサレン局長たちに向けて、礼を言った。

 不審そうな表情に、今度は理解の色が浮かぶ。

「時間稼ぎ、ですか……。しかしそのはずは……」

 サレン局長が隣の男に何か目配せする。男はどこか遠くを見ながら僅かに左手の指を不規則に動かしているが、すぐにサレン局長へ視線を戻して短く首を振った。

「――っ、いったい、どうやって……」

 驚愕に包まれていたサレン局長は、ふいに目を見開き、そしてゆるく首を振りながら疲れた笑みを見せた。


「……そういえば、帰還命令を出していませんでしたね……。特殊軍番外部隊、エクスナリレイ」


 その名を口にするとき、サレン局長はさり気なく、かつしっかりと私達の表情を観察していた。

 たぶん、私は顔に出してしまった。その名前が正解だと。

 そして悟られてしまった。こんな芸当ができる人物が、かつて自分の部下にいたという覚えがあり、その通りだったと。


「長期任務、ご苦労。現刻をもってラーナルト王国への潜入工作を完了とする。エクスナリレイ、部隊一の暗殺者よ、ただちにレイラリュート姫およびカゲヤミトスを殺せ」

 

 その言葉に、見えないし気配も感じ取れない誰かが震えた気がした。


 サレン局長は、一瞬の間を空けて言葉を続ける。

「……それが無理と判断した場合は、即座にこの場を離脱せよ。そしてもしも私がここで死んだ場合、この場に呼ばなかった残りの隊員を統括せよ。私の後釜は、貴様だ。私の私財も好きにするがよい」


 ――つまりこれは、最後の工作。

 もしもエクスナにこの国への忠誠が幾らか残っていれば、私たちを仕留めようとするかもしれない。

 だが最初の命令から、即座に動くことはなかった。それを見切ったサレン局長は、追加の命令を出す。地位と金銭を餌に。そして、すべての命令が無視されたとしても、この先私たちの側にエクスナが居づらくなるよう、警戒されるよう、疑念を残そうという思惑だ。

 実は最後の命令を守り、私たちに気づかれない裏でサレン局長の後継者となっているかもしれない、と。


 そこまで悟ったからこそ、エクスナは動揺した。


「なにバカなこと言ってんのオッサン」

 だからすぐに言い返した。


「な……」

 他国の王女から投げられたとは信じがたい言葉に、サレン局長が絶句する。


「昔どこにいたかなんて関係ないの。何してたかはとっくに知ってるし。今はもうカンペキにうちの子だから。今さらそっちにつくわけないでしょ。みっともない悪あがきしないで、とっとと全面降伏しなさいっての」

 それを聞いたファガンさんが爆笑する。


 サレン局長は、深々と息を吐いてから目を閉じた。

「……これは、申し訳ございませんでした。なにぶん、悪あがきなど数十年ぶりのことでして。いや、慣れぬことをするものではありませんでしたか」

「わかればいいの」

 背中に、そっと手が当たる。

 今度は合図でもなんでもない、ただのスキンシップだった。

「ふふふ、そっちからはレアだね」

 言うと、ぱっと手が離れてしまった。


「どうも、ここまでのようです」

 そしてサレン局長は、閉じていた目を開き、天を仰いだ。

「失礼ながら、お目汚しとなります。……ファガン様」

「なんだ?」

 サレン局長は、すっと右腕を上げた。

「あのとき、あなたに従うべきでした」


 そして目の前の3人が、


 破裂した。

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