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隠れた名プレイ

「聞いてもいいか?」

 私を囲んでいた敵――その最後のひとりがそう尋ねてきた。

 見た目30歳ぐらいで、坊主頭の男だ。道ですれ違っても印象に残らないような外見だけど、よく見れば手と指がものすごくゴツかったり、重心がやけに安定してたりする。

「何を?」

 そう返せば、男は重々しく質問を投げる。

「まず……言葉は通じているんだよな」

「いつまで私を獣扱いする気だ!」

 さすがに傷つくぞ!

「ああ、わかっている。なかには人より遥かに長生きする獣もいるからな。いくら知性が低くても、時間さえかければ言葉ぐらい真似できるようになる個体もいるだろう。疑ってるわけじゃない」

「なにひとつわかってない!」

「いや、まあ、実際のところ冗談というか、お前を挑発するために皆で合わせていたんだが……さすがにこれだけの結果を見せられると、口にしたことが真実だと思えてきてな」

 そういって周囲――倒れ伏している無数の仲間たちに首をめぐらせる。正面に立つ私に隙を見せていることなんて、気にもとめていなかった。


「どうだ、ひとりぐらい見逃してみないか? 精々面白おかしくお前のことを吹聴してやるぞ」

「その口を塞ぐのが今の私の使命だと知った」

「残念だな。――で、質問だが」

「今のがそうじゃないの?」

「まあ、まけておけ。聞きたいのは、お前の正体だ」

「ラーナルトの王女ですが」

「ラーナルト……なるほど、かの白嶺に生息する獣の姫か。暴力で勝ち取った地位だな?」

「だからいつまで引っ張るか!」

 まあ、レイラ姫の身分をくれたラーナルト王からしてみれば、似たようなものかもしれないけど。

「なら質問を変えよう。その異常な強さはどうやって手に入れたんだ?」

「聞いてどうする気?」

「ただの興味本位だよ」

 ……ま、冥土の土産ぐらいあげるのが礼儀か。

 さすがに魔族については言えないけど、納得できそうな材料は他にもある。

「実は私、熱を司る女神レグナストライヴァ様の眷属なんだ」

 それを聞いた途端、敵の男はまた周囲を見渡した。そして、なぜかほっとしている。

「……よし、死んでるな。さすがに自分が崇める神を貶める言葉が最期ではあまりに酷だろう」

「ちょっとぉ!?」

「頼む。あっちで戦ってる奴ら、あそこにも信仰に厚いのが3人ほど残ってる。できれば今の戯言を聞かせないでやってくれ」

「待て! 少しは信じる努力をしろ!」

「それにしても神の威を騙る獣とはな……。なまじ異常な怪力だけに、釣られる者がいるかもしれん。最後ぐらい、世の中を平和にする努力ってやつをしてみようか」


 そう言って、男は腰から2本のナイフを引き抜き、構えてみせた。


「バストアク王国特殊軍第四部隊、ケイファ――危険生物を排除する」

「よしわかったもういいぶん殴る!」


 突進してくる男。

 迎え撃つ私。

 男が見舞うのはフェイントも罠もない、渾身の攻撃だった。左右から私の首を刈ろうと横薙ぎのナイフが襲ってくる。

 その刃が届くより先に顔面を殴りつけてやろうと思っていた私は、寸前に男が見せた表情に思わず、拳の軌道を下げた。

 男が振るったナイフは、拳につられて低くなった私の頭上を虚しく通り過ぎていく。

 そして私の拳は、男の胸を貫き、心臓を叩き潰していた。

 今まで散々粘り強さを見せつけてきた敵勢のなか、最後のひとりだけは一瞬で決着がついた。


 拳を引き抜いても、男の死体は立ったままだった。

「……楽しそうに笑いやがって」

 最後に男が見せた笑顔を脳裏から振り払い、私は他の戦場へ目を移した。


 カゲヤは、今相手している奴も含めてあと3人。

 他のみんなが陣取っている零下砦周辺には、20人弱。

「――って、やばっ」

 相変わらずDPSの高いアルテナとナナシャさんの顔色が、なんだかどす黒い! 口の端とか耳とかからも黒っぽい血が流れてる! ナナシャさんは左腕がだらりと下がり、変な形に曲がってるし。……それでも右腕のガントレットで敵の頭を砕いたり、噛み締めた矢で敵の目や首を斬りつけたりしてるけど。

 他に氷の外に出ているカザン王子たちの部下も、満身創痍だし顔色悪いし傷口まわりが変色してたり。

 明らかに全員、毒に侵されていた。


 助けにいこうと足を踏みだそうとして、

「ごほっ……?」

 変な咳が出た。

 ぱっ、と血が舞った。私の口から。


「――っ!」

 とっさにその場から離れる。

「ぅぐ……、ごっふ……」

 何度も咳き込む。全身の力が抜けていき、地面に崩れ落ちる。

 皮膚の内側が痛痒い。視界が赤くなっている。どろりとした涙が出ている。

「くぅ……、ぅ、つ……」

 痛い。

 苦しい。

 地面が揺れる。

 助けにいかなきゃ、という思考が霧散していき、助けて、という意思で塗りつぶされていく。

 怖い。


 しまいには手足まで痙攣してくる。

 さらに、その痙攣につられるように体温が急激に上がっていく。


 ――が、その高熱だけは毒の症状ではなく、むしろ身体の抵抗だったらしい。

 熱を高めた身体が、内側から毒素を燃やしていくような感覚があった。

 徐々に、苦痛が引いていく。


 しばらく蹲ったまま我慢する。

 やがて痙攣が治まり、身体が焦げてしまうようだった熱が、湯船につかっているときぐらいの感覚まで下がってきたところで大きく息をついた。

「イオリ様っ」

 駆け寄ってくる足音と、焦りの濃厚な声。

「モカ!?」

 驚いて顔を上げた。その拍子に視界がくらつき、四つん這いから尻もちをついたような格好になってしまい、すぐ近くに来ていたモカの顔がさらに強張る。

「すぐに、治療をっ」

「待って、大丈夫、落ち着いて」

 片手をあげて制しながら、ゆっくり立ち上がった。

「お願いですから動かずに――」

「だいじょーぶだって」

 彼女の両肩に手を置いてなだめる。

「けっこうキツかったけど、持ちこたえたから」

「……わかりました。ですが念のため、失礼します」

 言いながら私の瞼を持ち上げたり口の中を見たり脈をとったり頬に伝っていた血の混じる涙を採取したりするモカ。

 私はされるがままに、最後に倒した敵のいる場所へ視線を向けた。

 立ったままの死体、その首筋と袖口から、細いストローみたいなものが少しだけ出ているのが見えた。そして死体の周辺が、全力で目を凝らさないとわからないぐらいだけど、少しだけ曇ったようになっていた。

 たぶん、かぎりなく無色透明に近い毒ガス。


 ……ったく、最後の最後まで油断ならない奴ら。

 どこまでが本音で、どこからが策だったのやら。


 そこで思い出した。

 毒にやられる直前まで、私はアルテナたちの心配をしていたことを。

 ――その事実に、殴られたような衝撃を覚えた。


「モカ! 私はもう平気だから他の――」

「あちらも平気です。全員助かります。イオ――レイラ姫、私たちの最優先事項はあなたの無事であるということをお忘れなく」

 てきぱきと診断を進めながらそう告げるモカ。

 言われてからあらためて零下砦の方を見る。


 敵は、全滅していた。


 そしてアルテナをはじめ、外で戦っていた仲間も倒れている。それをリョウバやカザン王子、ファガンさんまで外に出て回収しようとしていた。

「戦闘中は定期的に、あの氷壁に空けてもらった穴から解毒剤を散布していました。エクスナの予想が正しかったこともあり、適切な種類を使えました。今は体力を使い果たして倒れているだけです。致命的な症状について伝えておきましたので、リョウバたちから合図がないということは、そうした状態の方はいないということになります」

「……そっか、よかったぁ……」

 肩の力が抜ける。

「ちなみに、レイラ姫が倒れたのに気づいた途端、リョウバが恐ろしいほどの勢いで攻撃を行い、カザン王子も制止を振り切って外へ出てしまい、その怒涛の勢いに釣られたアルテナさんたちが自覚を越えて体力を絞り尽くしてしまったという結果がアレです」

「……あ、そうなんだ……」

 そういえば、毒にやられていたときに遠くから激しい怒声が聞こえてきたような……。

「よし、と。はい、仰るとおり毒は抜けたようですね」

 にこりと笑うモカ。

「あれ? そういえば、モカはここまでひとりで?」

 向こうの戦場からここまで、300メートルぐらい離れていた。私の攻撃は零下砦に破損を与える恐れがあったので、かなり距離をとっていたのだ。

「ええ、そうですよ」

「……え? 敵が全滅してから?」

 でもそれだと、さすがに到着タイミングが速すぎるような。

「あ、いえ、まだ戦闘中でしたが、こっそりと」

 緊張しました、と微笑むモカ。


 全滅間際の死闘中とはいえ、あの抜け目ない暗殺者共の間をこっそりと……?


「班長に引きずられて何度も泣きながら大荒野を往復してきましたけど、少しはその甲斐があったみたいで嬉しいです」

「ご苦労さま……っ」

 思わずがばっと彼女を抱きしめる。なんて健気で苦労症の子。

「あはは、あの、苦しいです、骨が軋んできてますっ……!」

 慌てて解放する。

 前もこんなんあったな。

「あ、カゲヤも、終わりますね」

 腕をさすりながらモカが言う。


 その言葉に視線を動かす。


 カゲヤの相手も、最後のひとり。

 その敵は手にしている武器――半ばから折れた剣を見つめていた。

 そして、ひゅんひゅんと回転しながら、折られた剣先が空から落ちてきて、地面へ突き刺さる。


 対するカゲヤは、十文字槍を油断なく構えている。


 敵は、折れた剣をそのまま拾い上げ、握りしめる。刃を掴んだ手から、ぽたぽたと鮮血が伝ってゆく。

 そして、空気を震わす気合を上げ、カゲヤに向かっていった。


 その間合いに入らせることなく、カゲヤの槍が敵を貫く。


 敵は、自身に刺さった槍の柄に軽く触れ、満足そうに笑い、何かをカゲヤに告げてガクリと首を垂らした。

 カゲヤは槍を引き抜くと、崩れ落ちた男のそばへかがみ込み、何か囁いてからその場を後にした。

 太陽を背にこちらへ歩いてくるその顔は、逆光になってよくわからない。


 ……なにあれかっこいい。

 私が相手した最後のひとりも途中だけ似たような感じだったけど、その前の会話は散々だったし、その後はイタチの最後っ屁みたいな毒ガス攻撃だったのに。この差は何?


「ねえ、私とカゲヤの違いってなんだろう?」

 その問いに、何かを察したのか、モカはさりげに目をそらしつつ答える。

「そ、そうですね……、レイラ姫のほうがずっと表情豊かだと思いますよ?」

「他には?」

「あの、えっと、個性、いえ、その、空気を独特――ではなく、そう、和らげて頂けるといいますか、はい、安心できますっ、私は、ええ」

「まず異常者って言われて、途中から伝説の猿扱いされたんだけど私」

「え、それは、あのすごく酷いですねまったく!」

「今の間はなに?」

「なにも思ってません本当ですっ!」


 カゲヤが合流するまで、私はモカに八つ当たりのような絡み方をしていた。

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