手術の成果を見せてやる!
「バストアク王国特殊軍第一部隊、ニーザスだ。――ははっ、なかなか心地良いものだな、名乗り上げるという行為は」
カゲヤの正面に立ち、半身に構えながらその男は目を細めた。剥ぎ取った覆面に隠されていた口元も口角が上がっている。
「ニーザス、その名を記憶に刻もう。――いざ」
「応」
他の高レベル者が囲んで見守るなか、最初の一騎討ちが始まる。
――寸前、カゲヤの呼びかけに応じなかった残りの敵勢からふたり、陣を離れてカゲヤの背後に無音で忍び寄る。
……そりゃ、暗殺者集団だもんね。本来はそういう人たちのほうが多数派か。
ふたりで済んだだけ、戦場の熱とカゲヤの檄にあてられているということなんだろう。
しかし、そのふたりの刃がカゲヤに届くより早く、
「――っ!」
彼らの足元ギリギリの位置に、短刀が突き刺さっていた。
投げたのは、ニーザスと名乗った男たちの背後、順番待ちしている高レベル者たち。当のカゲヤは振り向きもせず、ニーザスに正対したまま。
奇襲をしかけようとしたふたりは諦めたように首を振り、元の敵陣へ戻っていった。
――よし、あそこはもう横槍無用の武人空間だ。ぜんぶカゲヤに任せよう。
と、観察している私や他の皆が陣取る氷の砦に対しても、残り90名弱の集団が威勢よく雄叫びを上げながら絶賛攻撃中である。
「この異常者がっ、死ねえ!」
大声とともに正面から振るわれる鉤爪。
ひらりと躱し、
「だーれが異常者だ!」
カウンターの右ストレート!
ひらりと躱される。
「ようやく聞ける、いったいなんなんだ貴様は!?」
別の敵が、顔に苛つきを露わにしながら短い槍で突いてくる。
「お、ひ、め、さ、まっ」
槍の柄を掴み、さらに勢いよく引き寄せながらボディブロー!
すかさず槍を放し、バックステップで避けられる。
「貴様のような姫がいるか! おい、王族監視の奴はいるかっ?」
「ここに」
「こちらもだ」
「他国の城なら数年いたぞ!」
周囲から声が上がる。
「――いたか?」
呼びかけた男が、なんか色々込めた感じで問いかける。
「いてたまるかぁ!」
「常識で考えろ!」
「もはや人かも疑わしいぞっ」
怒号のように返ってくる答え。
別の野郎が、はっとしたように声を上げる。
「かつて東の小国を滅ぼした、怪力無双の猿がいたと聞いた!」
「――っ、それかぁっ!」
「なわけあるかぁっ!」
一斉に私を見つめる野郎どもに、怒声で返す。
なんだろう、コルイ共和国で鉄腕女とか呼ばれてた傭兵ごっこの気分が蘇ってきたよ? あれはリョウバの案による演技だったはずなのに……っ。
「つーか避けすぎ! いい加減当たれ!」
「動き出しからすべて読める打撃に当たってやる筋合いはない! 貴様こそ防御だけ異様に察しが良すぎだ、この怪力雌猿が!」
「わあぁちょっとなに定着させようとしてんのバカー!」
新たなニックネームを授けようとしやがった男に慌てて殴りかかる。
ゴッ、
すかさず横にいた敵が地面スレスレに短槍を突き出し、見事に足が引っかかる私。
ベキィ、
引っ掛けた短槍がへし折れ、
ボグッ、
短槍の持ち主は肘やら肩やらの骨がイカれる。
そして縦回転しながら宙を舞う私。
しまった、慌てるあまり周囲への警戒が薄れてた!
敵が一斉に武器を構える。
「単純な手にかかったぞ!」
「やはり獣の類か!」
「仕留めろぉ!」
「皮剥ぎを呼んどけ、剥製にするぞっ」
――よし、殺す。
押し寄せる殺意の束が、薄れかけてた集中力を引き上げていく。
流れる景色が、遅くなっていく。
案1、大声を上げて、こいつらを吹き飛ばす。
……仲間にも被害がいくし、さっき零下砦もヒビ入れちゃったから却下。
案2、あえて攻撃を受け、回復力任せに蹴散らす。
……この身体にすら効く毒とかあるかもしれないので駄目。
案3、武装解放。
…………残念ながら採用。
向かってくる武器の群れを一瞬で眺め渡す。
一番先に届くのは、足を引っ掛けられたのと似たような槍。真ん中が細い別の部品になってるので、たぶん仕込み武器。もとは短槍を長く伸ばしてるみたい。
その穂先、刃の腹の部分へ右足を添える。
……よし、羞恥心を捨てろ私。
ぱちりと、左目を閉じる。
舌を軽く、ぺろりと上向けに出す。
こてん、と首を横に倒す。
――はい、問答無用にあざとい表情のできあがり!
すると右足に蓄えられた魔力が昂り、ひとつの術式を生み出す。
「なっ?」
敵がどよめく。
ふわりと、突き出された槍を蹴って跳躍し、私は敵集団の輪よりも外に脱出してみせた。
普通だったら、蹴った槍が弾かれるか折れるかで、たいした飛距離も出ずに落下するところ。それがなんということでしょう、まるでミ○ージュと仮称したあのロンゲ師匠の軽気功みたいに自重を感じさせない動きを披露できたではありませんか!
これこそサーシャの発案でロゼルに改造手術された私の追加兵装その1。
足裏に刻まれた魔法陣が、埋め込まれた魔石の補助で作動する。
その効果は、蹴られた側が受ける衝撃――すなわち『作用』を大幅に低減し、蹴った私の足が受ける負荷――『反作用』を上乗せする。つまり10の力で蹴っても相手は1ダメージしか負わず、蹴った私が19の反動を受けるというもの
さらに追加バフとして摩擦力の上昇、刹那の一瞬だけ空間固定および粘性付与まで行ってくれる。
これを使えば、向かってくる敵の武器、私よりパワーのない相手が支える細長い槍という不安定な物体を足場に跳躍することなど軽いもの。
そう、たとえば崩れ行く足場でも全力疾走のち大ジャンプして対岸へ着地できる、物理法則を大幅に無視した挙動を可能にする移動用術式――名付けて【ララの誓い】!
なお、両手にも同じ機構を組み込まれているため、たとえば断崖の小さな突起や折れそうな枝なんかにも指先をひっかけて身体を保持し、そこからさらに腕の力だけで垂直ジャンプなども可能となっております。そちらは通称【ネイサンの誇り】。ちなみに名前は手足で互換性があります。
多少の反作用増加など負担にもならない身体だからこそ使える機構。まさに私にうってつけなのだけど、発動にはさっきのあざとい表情をしなければならないという、まことに手痛い代償がある。
だって魔石を埋め込まれていようと、私にはそれを操る能力がないんですもの。MPゼロかつ魔道具も使えないんですもの。ハッ○ンだって炎の爪からメ○ミ撃てるのに!
『イオリ様が魔術を扱えない以上、発動する機構自体も体内に埋め込む必要がありますね』
『どっかにボタンとかつける?』
『論外です。そもそもこれはイオリ様を人族に見せかけるのが大目的。妙な突起などあり得ません。それ以前にこの優美なお姿に変形を施すことは認めません』
『うーん、そっかー。まあ両手足使うんだからボタンでの運用はキレイじゃないしなあ。なら発動は顔面で制御かなあ。普段はしないような動作の組み合わせで。うん、瞼で手足の判断、舌の向きで左右を、首の傾けで出力を制御できるようにしよっか。3つ揃ってから発動準備するようにして。――うわそれってどうやるんだろ? わかんない! 考える! さぁみんな楽しく徹夜だひゃっほう!』
などという会話が手術中に繰り広げられたそうである。
それに巻き込まれたモカたちロゼル班のみんながお風呂にも入れず突貫作業で作り上げたこの機構、おかげで無防備な宙空から被弾することなく敵陣の外に脱出することができた。
うまいこと背後も取れた、と思ったがそこまで甘くはない。着地した瞬間には、敵はこちらへ向き直っている。
「今の動き――やはり猿か!」
「その外見、まさか人の皮を……?」
「跳ぶ寸前に奇妙な顔をしぞ、ふざけやがって」
くそっ、見られた!
ふざけてないし、私だって不本意だよ!
言い返しながら攻撃したいとこだけど、正面からだとまた避けられたり小技で不利な状況にされたりする可能性がある。
ララの誓いは何度も連発できない――というかしたくないし。私のSP(羞恥ポイント)が限界突破して恥ずか死にしてしまう。
ていうかマジで回避率高すぎだっての。
もはや回避というか見切りを閃いて極意化して仲間内で共有されてる感じである。
ステータスはこっちの方が圧倒的に高いんだから、相手が反応できないような速度で、某霊界探偵みたいに『真っすぐいって右ストレートでぶっとばす』で鮮やかに倒したいところなんだけど……、
こっそり後ろ足に荷重して、軽く腰を捻って、肩を引いて、
――ってところで既に攻撃予定の進路からざあっと人が消えてるんだもん。
そうだよね、あの彼はもともとケンカ強いしがっつり修行してるし何度も死闘を繰り広げてたんだもんね、予備動作ぐらい消せてたよね。
むしろあのマンガなら私の性能的に目指すべきキャラは、女子としてどうかとは思うけど、グラサンの似合うあの方なのだ。ジャンプ2大100%のいちごじゃない方なのだ。
しかし残念ながら、パンチの風圧とか、まして指弾なんて実際にはできなかったのだ。うん、試してはみたんだけどね。
たしかに風は起きるんだけど、せいぜい春一番とかそんな感じで、むしろ撃ったこっちの袖とかが衝撃波でボロボロになってしまうというオチだった。あれたぶん妖気もいっしょに放ってたんだよ。
結論。私の格闘レベルでは、こいつらには通用しない。
手足を振り回す以外の、攻撃手段がいる。
……くそう、やはりSPを代償にするしかない。
他の兵装も解禁だ!