(逆)待遇交渉
隣に座って魔王のゲームプレイを眺め、そこからほぼ半日ぶっ続けで、延々と指導していたのだが。
どうやらこの魔王様、ゲームセンスが致命的にない。
ものすごいポンコツだった。
シンプルなコマンド式RPGに上手い下手はない、レベルを上げれば進む、などという極論は持っていないけれど、「普通このぐらいできるだろう」という私の想像を、魔王は軽々と越えていった。下方に。
なぜ雑魚戦で全力を尽くす。
なぜそのタイミングでそのバフをかける。
ターン制なんだから焦ってボタンガチャ押ししなくていいの
フィールドのなにもない床を意味もなく調べてまわるんじゃない。
ていうかいいかげん操作を覚えて。
……唯一の救いは、魔王自身はとても楽しそうにプレイしているということだった。
「魔王様、そろそろ、時間も頃合いですし、というかいい加減にしてください」
「……今いいところなのだが……、ああ、わかったわかった、そう睨むな、セーブするから待て」
バランの五回目の注意で、ようやく魔王はゲームを中断した。
「イオリ様、今回はどのぐらいご滞在頂けるのでしょうか?」
彼の質問に、私は考えながら答える。
「向こうの世界で、まる1日は大丈夫です。でもこっちとどのぐらい時間の流れに差があるのか……」
「そうですね、魔王様はここまでに4回、イオリ様の世界へ渡られていますが、お戻りになるまでの時間と魔王様ご自身の体感では、やはり大きくずれがありました。ただ、ずれ幅があるようで、1度目は19倍、2度目は15倍、3度目は26倍、4度目――つまり今回が16倍という結果でした」
「うーん、増えたり減ったりなんですね」
「はい。滞在時間の長さで指数関数的に増大するわけでもないようです」
もうそんな用語まで覚えたんですかあなた。
「可能性としては」とバランは続けた。「魂だけでなく、質量のあるものを運んだ場合に、時間の差が大きくなるというものです」
「――ああ、3回目でやけにずれが大きいのって」
「ええ、行きにイオリ様にお贈りした金を、帰りにイオリ様から頂いたゲーム機や書籍を、それぞれ移送していました」
「ええと、じゃあ1回目ってやっぱり何か持ってきたんですか?地球に」
「はい。魔王様の身体を構成するための、スライムを」
ああ、あれか。
よかった、地球産じゃなかった、あんな生物は私の世界にいなかった。
「なら、私を連れてきた2回目が、ベースというか、魂だけ渡った場合の時差になるんですかね」
「そうですね、およそ15倍――ふむ、そうなると――魔王様?」
バランが、にこやかに魔王へと振り向いた。
「……なんだ?」
魔王はゲーム機を大切そうにチェストへと収めているところだった。黒と灰の艷やかな木材を組み合わせた、これまた高級そうな家具である。
「今回は16倍のずれがございました。魔王様の体内時計は、非常に正確だと承知しております。2度目より微妙に大きなずれ、誤差かもしれません。しかし私はより明確な原因があると考えます」
バランは微笑みを保ちながら魔王を見つめる。
「……」
魔王は腕を組み、しばらくバランを見返してから、ため息をついた。
「――これだけ持ってきた」
そう言って懐から出したのは、
「あ、乾電池」
私が買ってきたものだった。
こちらへ来る前、バランが反対しそうだからいったん置いておこうと話していたのに。
「こっそり持ってきたんですか。いつの間に」
私は多少呆れながら言う。
「こちらは魔王様の遊興費を充てますので」
確定事項だというように告げるバランに、魔王はむっつりと頷いた。
……世界を渡るのにどのぐらいコストがいるのか聞こうと思ってたけど、怖くなってきたな。
「さて、イオリ様が元の世界で1日分を割いてくださったのなら、ベースを15倍と仮置きして、こちらの世界で12日というところでしょうか」
「えっと――はい、そういう計算ですね」
この世界では1日が地球時間で30時間ぐらいということだった。つまり地球の1日が、まず15倍されて15日、360時間。それを30で割って12日になる。
ちなみにこちらでは1日を10で割ったものが、いわゆる『時』になり、さらにそれを100で割ると『分』に相当する値になり、さらに100で割れば『秒』。なので地球での3時間がこちらでの1『時間』。さらに世界間のずれがあるため、私がこの世界で体感する1『時間』は、地球では12分、1時間なら4分ということになる。
……なる、よね?
たぶん計算合ってるはず。
「もちろん、お帰りになられる際にはまた金か、もしくは他の宝石をお持ちになって頂くので、向こうではまる1日よりももう少し短い時間になるものと思われます」
「えっ」
今回もあんな大金支払う気なんですかあなた。
「いやいやいや、前回のだって地球じゃ凄い金額なんですよ。あれだけで十分ですって」
「いえ、そういうわけには参りません。それに――」
バランはそこで、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「今回、魔王様が電池を持ち帰られるのにかかったコストに比べれば、些細なものです」
……ますます金額聞くのが怖くなったよ。
ひとまず、報酬は受け取るがいったんこの世界に保管してもらうことにした。
そして、前回は契約金として多めに、超多めに頂いたが、ここからはもっと控えめに、たとえば1年間働いて金の延べ棒1本でどうですか?と打診してみたところ、
「そんな額ではとうてい決裁できません」
「ああ、許さん」
ふたり揃ってノーを突きつけられた。
「1日1本でいいだろう」
そんなことをのたまう魔王様。
いや、日給250万オーバーって、どこのメジャーリーガーですか私は。
金額の大きさが期待の大きさになってるみたいで怖いんですって。
最終的に、日給で5万円というところに落とし込んだ。頑張った私。超頑張った。自分の給料を値切る交渉なんて、人生でこの先ありえない努力だけど。
そしてバランからは、事あるごとにボーナスは惜しみません、などと言われたけれども。