VOICE >ON
以前、魔王様と戦場を視察したことがあった。
あのときは、地球に帰ってから散々吐きたおしたものだった。
今、私はその戦場に立ち、敵を殺し続けている。
しかもその戦場を作った原因は、考えてみれば私自身だ。
私がこの国に仕掛けて、バストアク王、ステムナ大臣とサレン局長、ファガンさんとカザン王子――そうした力のある人と接触して、動かして、動かされて、その結果としてこの戦いが起きている。
地球に帰ったら、罪悪感で自殺するかもなあ。
そんな考えが浮かぶ。
そんな考えをしながらも、身体は動く。今も両肩が砕けた敵の胴体を蹴り飛ばし、千切れた上半身がむき出しの長い背骨を揺らしながら吹き飛んでいく。
相変わらず敵は、静かだ。
音もなく接近し、技名も叫ばず攻撃し、断末魔もあげずに息絶えていく。
BGM OFF
SE ON
VOICE OFF
みたいな感じ。
イベ周回中のときはそんな設定にすることもあるけど、今はバストアク王国というステージの最終局面である。よく晴れた平原での大乱闘、紫電○霜とかUncontr○llableとか疾走感あるBGMでもかけたいところだ。
モカにプレイヤーとイヤホンとか開発してもらおうかなあ。でも戦闘中に音楽聞くのってハチ○ンの彼とかバイオレンス○クションの彼とか、ヤバいキャラしかいなくてイメージ的にどうだろうなあ。
……そんなくだらない考えも浮かぶ。
それらと並行して、次々と死んでいく敵から昇りゆく魂を眺め、綺麗だと感動する自分もいる。
そしてまた身体は動き、またひとりが死ぬ。
人格が分かれているとか、思考を分割できるようになった、という感じではない。
むしろ、地球にいた頃から、普段から、色々と考えてはいたのだ。どれだけひとつのことに集中していても、不意に雑念が湧いたりするし、急に気分が浮き沈みしたりする。
人は、無意識に複数の思考をしているのだろう。
今は、それを意識できている、というニュアンスが近い。
だから、自殺する未来を考えつつ、同時に魅惑のゲーム空間を手に入れる未来を思ったりもできる。
そしてひとりニヤニヤしながら奇妙な形の短剣を躱し、肘を叩いて破壊し、後ろ回し蹴りを手刀で迎えて足首を切り落としたりする。
思考がとっちらかっていくなあ、心身がバラバラな感じだなあ、と思っているうちに、脳内で冷たく透明な泉が湧き出るような感覚が起き、頭がすっきりする。身体は適度に熱いまま、直前より視界が広くなっているのがわかる。
おそらく、この世界のこの身体では、私は病んだり狂ったりできないんだろう。
第三陣、総勢70人ほど。
――全滅。
そして第四陣。
ざっと100人。
初めにシュラノが索敵した範囲より遠い位置からも、増援が来ているらしい。
それでも、今見えている連中の他には、ほとんど気配が残っていない。
たぶんこれが最終WAVE。
戦場は、私が手近な位置にあった奇岩をほとんど破壊したせいで瓦礫の散らばった平地になっている。大きな破片の後ろに数人ずつは隠れたりできるだろうけど、それが限界。高所の有利も取れないし、大量に伏兵を忍ばせることも無理だろう。
地形効果の少ない、真っ向勝負。
対暗殺者という点では、相手側のメリットを相当に削いだ状況だ。
一方で、100人の敵に対してこっちの戦闘メンバーは9人。私、カゲヤ、リョウバ、アルテナ、カザン王子の部下5名。
シュラノは零下砦の維持で手一杯だし、カザン王子は掠り傷ひとつ負えない敵相手に出陣させるわけにはいかない。実は第二陣あたりで自分も出るとゴネていたのだが、ナナシャさんが背後からチョークスリーパーを決めておとなしくさせていた。……おいおい、と思ったが他の部下もファガンさんも見事にタイミングよく目を逸らしていたので事なきを得ている。
敵は円を描くように広がり、私たちを包囲している。
けど、すぐには攻め上がってこなかった。
二陣、三陣のときはこっちが「よし終わったぁ」などと一息つき、「さあ次!」と呼吸をする一瞬前に攻めてきてこっちは噎せるみたいな、実にいやらしいタイミングだったんだけど。
なのに四陣の彼らは姿を見せた後、そこでじっとしていた。
彼らが描く円の外で、サレン局長と補佐官っぽい人が何か喋っていたが、今は諦めたように岩にもたれかけ、腕を組んでいた。
私はいったん氷の近くへ戻り、みんなに説明する。
「レベルは20から30が多いけど、こいつら素をだいぶ鍛えてる」
もとより暗殺者や工作員の集団だ。魔族や魔獣より、自他の国内で人族を殺すほうが多かった手合だろう。
そのためにレベルはあまり高くないけど、心身を鍛え技術を学び、毒や暗器を駆使する。
「レベル50以上も、10人いる。うち2人が100越え」
「見分けられますか」
カゲヤが鋭い目をさらにギラつかせる。
「1時と7時の方角、手ぶら、見た目の特徴なし。指差していい?」
敵はどいつもこいつも、似たような服装に覆面、装備も弓や槍など目立つ武装はある程度固まっており、言葉で外見を特定するのは困難だった。
「いえ、それが分かると悟られるのは危険です。……彼らの気配はどのような具合でしょうか」
私は、周囲に充満する様々な気配の混合を、どうにか読み取ってみる。
「そうだね、えっと……、怒っていて、悲しんでいて、なんでかちょっとだけ嬉しさも混じりつつ――それらを抑え込んでる。全体的にはとても静か。でもその下で色々煮えているような」
「なるほど」
カゲヤは重々しく頷いた。
「なんていうか……、津波の前みたい」
「よくわかりました。――イオリ様」
私にだけ聞こえる大きさで、カゲヤは久しぶりに私の本名を呼んだ。
「なに」
「少々、勝手をお許し願えないでしょうか」
カゲヤの顔を見上げる。
「……なんかいつもより気合入ってるみたいだから、許す、好きなようにやって」
「ありがとうございます」
――その瞬間、刹那に消えた表情を私の動体視力は捉えた。
「え、うそ、カゲヤ今ちょっと微笑んだ!? やだなにレアすぎっ、ねえちゃんとこっち見て見せて!」
顔を逸らして前へ進んでいくカゲヤ。くそっ、カメラがあったら!
流れるように歩み、やがて立ち止まったのは私たちと敵の中間ぐらい。円周状の敵勢に対して半径÷2ってところだ。
そして、手にしている十文字槍が緩やかに動く。
まるで演舞のようにゆったりと振るわれる槍は、恐ろしいほど滑らかな軌跡を描き、同時に凄まじい力が込められていることを伺わせるものだった。そのゆっくりとした刃筋をどれだけ頑丈な盾で受け止めようとしても、豆腐より抵抗なく切り捨てられるだろうという予感。
その演舞が行われたのはものの数秒、たった3振り。でも体感時間はひどく長かった。
私だけじゃなく敵勢の意識も、吸い寄せられている。
そしてカゲヤの大木みたいな安定感ある姿勢が、ふと軽さを帯びたかと思うと、
ズドンッ
と大地が揺れた。
レベル1000越えの、震脚。
全員が、はっと我に返ったように目を見開く。
槍を地面に突き刺し、両足を踏みしめ、カゲヤは口を開いた。
「ラーナルト王国第二王女、レイラリュート様の忠実なる矛、カゲヤミトスである!」
その声は戦場に響き渡った。
「バストアク王国の戦士たちよ、死地へ駆り出されたことへの憤懣、しかしてなお命を遂行する気概、先をゆく同胞を失った悲憤、それらは察するに余りある。その心情を火勢そのままに、あらゆる手管をもって我々を攻めるのであれば、断じて迎えるに異存はない! だが、もしもそれらの意を押し殺し、この死線において組織の命よりも自身の命を燃やし尽くすことを、練り上げた業をを正面から絞り尽くしたいという願いを秘める者あらば、そのことごとくに応ずる所存である! 無数の一騎討ちすべてを破り、最後のひとりまで私が立ちはだかることを誓おう!」
その言葉は、戦場に染み込むように広がっていった。
答える声は、返ってこない。
けれど戦場に充満する気配のなか、私が感じ取ったそれらのうちから、強まっていくものがあった。
とても強い恐怖、はね上がる高揚、芽吹くように広がる嬉しさ――
すべてを引っくるめて例えるなら、それは戦意と呼ぶものになるのだろう。
やがて、円を描く敵勢の数カ所から、前に進む足が出てくる。
それぞれが単独で、周りを見渡しはしない。
周囲も、それを止めたりはしない。
カゲヤの前に立ったのは、12名。
そのうち8名が、レベル50超え、うちひとりが100超えだった。
強敵を集める策略――なんだろうけど、あのレアな微笑みはそれだけじゃないよね。
なんだかこっちも楽しくなってくる。戦場に広がった熱が、私にも染みていく。
あのカゲヤが、全体のムードを引っ張り上げるなんて。
私は軽く跳躍し、シュラノが築いた氷砦の上に立った。
周囲の意識が、今度はこっちに向かってくる。それが充満しきるタイミングで、口を開く。
……気配を察するこの能力、こういう使い方のほうが便利かも。扇動者って呼ばれる人たちも、こんな力があるのかもしれない。
「この状況を作った諸悪の根源、レイラリュートです!」
――ピシリ。
声を張りすぎたようで、足元の氷に軽くヒビが入った。
急いで修復してるシュラノ、ごめん。
敵さんも耳を痛めたか何人か身じろぎしてるし。
声量を抑え、言葉を継ぐ。
「他の皆さんは、私たちが全力で相手します。全部迎え撃ちます。皆さんは、ここでおしまいです。――だから最後ぐらい、思い切り雄叫びでもあげてかかってこい!」
その瞬間、戦場に大音声が響き渡った。
最終WAVE開始!