対王国、戦闘開始
王城までの道は、大部分が舗装されているので馬車も走りやすい。逆に言えば、ルートが制限されているとも言えるが。ともあれ、私たちは順調なペースで王城へ近づいていた。
……ペースは、順調なんだけど。
「どう? カゲヤ」
御者台の彼に声をかけると、
「相変わらず、近づいてくる様子はありません」
「……そっか」
どうも、周囲に何者かが隠れていて、こちらを監視しているっぽいのだ。
馬車内では気配を察知しづらいうえに距離も遠いようで、私はまるで気づかなかったが、さすがのシュラノが発見してくれた。
おなじみの襲撃犯かもしれないが、連中はこんな真っ昼間からこちらに察知されるほど距離を詰めてくることはなかった。
「何度も襲撃を退けた私たちが王城へ戻るような進路であることを危惧しているか、もしくはカザン王子に対する監視かもしれません」
とはフリューネの推測。
馬車は細い山道を抜け、頑丈な橋を渡り、ひとつの分岐路に到着した。
片方は、平原を越えて城下町の南門へ辿り着く、最短ルート。
片方は、もうひとつ山を越えて村を2つ経由し、西門へ着く遠回りルート。
そしてその遠回りルートへ繋がる、これまた頑丈な橋が、崩れ落ちていた。
視界の遥か下方、深い崖の底に、橋の残骸が散乱している。
カザン王子の部下とリョウバが馬車から降りて、その場を検分し始めた。
この場で襲撃が来る可能性もあるので、馬車内ではそれぞれ非戦闘員組をガードするように警戒態勢。
「老朽化や自然災害ではないな」
こちらの馬車に近づき、カゲヤへ向けてリョウバが報告する。
「誰かの仕業ってこと?」
馬車から身を出さないようにしながら一緒に聞いた私が尋ねる。
「強力な獣が暴れたという可能性も考えられますが、高確率でレイラ姫のおっしゃる通りかと」
「ふむ」
背後、馬車の後部から外を見張っているエクスナに視線を向ける。
「連中の仕事にしては、なんだか妙な具合です。悟られずに目的を達するのが第一って考えですから。……正直、ちょっと嫌な予感がします」
振り向かず警戒したまま、返答が来る。
「カゲヤ、ここ任せる。リョウバ、ファガンさんたちのとこ行こう」
馬車から降りると、三方向からの気配。
……攻撃してくる予兆は、なさそう。
それすら消してくる連中もいるってエクスナから聞いているから、油断はしないように歩く。
王子一行の馬車の前では、戦士のひとりが地上から御者台へ報告しているところだった。
「おう、出向いてくれたか」
側面の小窓から、ファガンさんが顔をのぞかせる。
「どう見ます?」
「罠――といいたいが、こうも見え透いてるとなあ……」
「ちょっと、強引な感じしません?」
「ああ」
「なんでか、予想できませんか」
「ずっと幽閉されてたんだぞ。さすがに読めん」
「ですか。じゃあ――このまま行っちゃいましょうか?」
「まあ、引き返したところでなあ……。既に配備済みの可能性が高い」
うん、こういう場合に戻ろうとすると伏兵が待ってるパターンだよね。そいつら蹴散らした頃に背後――今で言う前方から増援が来るだろうか、結局たいして変わらない。
「一応、こっちの道を行く手もありますけど」
そう言って、壊された橋の向こうを指す。
崖の幅は、だいたい25メートルぐらいだろうか。学校のプールと同じぐらいに見えるので。
「どうやってだ?」
「私が馬車を担いで、ひとっ飛び」
「……」
なんとも言えない表情でこっちを見るファガンさん。
「あ、馬車は3台あるからそれを3回――いや、馬もいるから、2匹ずつ背負って、計6回? 壊れ物あったら出しといてくれれば」
「ああ、いや、そうだな……、わかった、それはやめておこう」
額に手を当て、なんだか嘆息しながらファガンさんは言った。
「だめですか?」
「その光景は見てみたいし、監視してる奴らに見せてやりたいし、そんときの奴らの顔も見たいがなあ……。数人を割いて二手に分かれることは想定してるだろ。となれば、あっちはまた山道で、植生も濃い。奇襲にはうってつけの場所を、馬車のままで無事には通れんだろう」
「なるほど。じゃあ、やっぱりこのまま行くってことで?」
「そうだな。……しかしお前さん、なんというか道理無用といった感じだなあ」
なんだろう、褒められたのかな?
先へ進む前に、この後の展開予想をパターン分けして、それぞれの対策や方針や陣形などをミーティングしておく。
そして私の乗る馬車を先頭にして、壊されていない近道ルートへ。
相変わらず監視されながらも、順調に道を踏破していき、ついにバストアク王城が遠くに見えるところまで辿り着いた。
そこは城壁の一部にもなっている穴ぼこらけの奇岩、それと同じものが大小様々に転がっている平原である。
そして、一際大きな奇岩の前に人影が5つ。
「250名ほど」
同じ馬車内のシュラノが、索敵結果を教えてくれる。
「真ん中に立ってるの、ありゃサレンだなぁ」
ファガンさんがこの世界では貴重品の望遠鏡で報告する。
サレン――サレン局長、この国の暗殺者や工作員を統括している、ステムナ大臣と双璧の悪人か。
「了解。3番その2でお願いしまーす!」
御者台のカゲヤと、後方の馬車にも届くよう声を張る。
事前想定した展開のうち、3番目――包囲戦、相手は奇襲予定、だが交渉相手あり、おまけに重要人物のパターン。
3台の馬車を三角形の頂点になるよう停め、これも決めておいたメンバーが降り立つ。
正面は私とカゲヤ、ファガンさんにカザン王子。……王子には馬車で待機しておいて欲しかったんだけど、本人の強い希望でこうなった。
右翼はリョウバ、左翼はアルテナとナナシャさん。
後尾はカザン王子の配下4名。
正面の私たちだけで、前に進む。
対するのは、5名。雰囲気は今までの襲撃犯たちに似ている気がするけど、それよりずっと深くて暗い気配だ。
「久しぶりだな、サレン」
ファガンさんが声を投げた。
「お久しぶりでございます、ファガン様」
真ん中に立っている、背が高くて顔色の悪いおじさんがうやうやしく礼をした。
この人が、サレン局長か。
ぱっと見は普通のおじさんに見えてしまうけど、既に研ぎ澄まされた殺意がこっちに流れてきている。
「少し痩せたか?」
「ええ、何かと多忙でして」
「あちこち手を広げ過ぎだ、もっと休め」
「お気遣い痛み入ります。あとひとつ、重要な仕事を終えましたら、少々休暇を取らせて頂こうかと」
「この歓迎が、それか?」
「ええ」サレン局長はひっそりとした笑みを浮かべた。「率直に申し上げさせて頂きます。ジガティスが少々危険なものを作っていたことがわかりました。そして、それを城内に放っていたと。つまりは衛兵も気づかないような類だということになります」
ジガティス――あの昆虫たちを作った研究者の名か。
「おい……」
ファガンさんが低い声を出す。
「結果として、城内における方々の体内には、高確率で奴の作った虫が寄生しております。そこには、カザン王子殿下をはじめ王族の皆様も含まれます」
「……っ!」
驚きを飲み込んだように、首筋に血管が浮くカザン王子。
「その虫は、何をしでかす?」
押し殺した声で尋ねるファガンさん。
「ジガティスの命令、もしくは奴の死を条件に、寄生主の体内を食い散らかします。寄生している数次第ですが、致死率は非常に高いものと」
「確かか」
「私の部下と、大臣の私兵が身を以て」
「そうか」
ファガンさんは、深い吐息をついた。
「で、要求は?」
「貴方様を解放された要因――例の虫共を仕留めた者たちの首を頂ければと」
「だそうだが?」
問われたのは、体内に虫が巣食っていると告げられたばかりの王子様。
が、
「答えるまでもありません」その声は確固たるものだった。「ここを抜け、ジガティスを拘束し、治療法を聞き出します」
「ということらしいが――」ファガンさんは殊更に軽い口調になる。「せっかく出迎えてくれたんだ。一緒に行くか?」
サレン局長は、またも薄く笑った。
既に本人以外の左右に控えている連中や、周囲に潜んでいる奴らからも押し殺した敵意が溢れ出ている。
「ざんね――」
「開始!」
その声に被せるように、私は声を上げた。
カゲヤがファガンさんとカザン王子のベルトを掴み、後方へ放り投げる。
リョウバが右翼から正面へ、その穴は後尾から2人が移動して埋める。
飛んできたふたりをリョウバが受け止め、すかさずシュラノが準備していた魔術を発動。
冷たい空気が四方に吹き出し、輝く粒子が舞い、硬質な音を立て――あっという間に、3台の馬車を包み込む巨大な氷塊が誕生した。
氷の外に姿を見せているのは、私とカゲヤだけ。
目の前のサレンたちと潜んでいる周囲から驚愕する気配が漂うが、それも一瞬。即座に攻撃が開始された。
奇岩の裏から、20人が飛び出し、16人が弓矢を放ち、地中から4人が槍を突き出してくる。
――その人数を瞬間で把握できるぐらいに、こちらもとっくに戦闘モード。
おまけに質量ともに膨大な殺意は、それに引きずられるように私の意識を塗り替えていった。
……うん、こいつらなら、殺せる。