リョウバとエクスナも悟っているがゆえに
「とはいえ、あくまで『バストアク王国の現状を憂う立場』においての最悪ってことですよねー」
エクスナはのん気そうな口ぶりで言った。
「その通りですね。お姉さまや、あの御方にとっては些末な事柄です」
魔王様が、名前を言ってはいけないあの人的な感じになっている。
まあ、前方ちょっと先にカザン王子一行がいるからね。間に1台挟んだ馬車内の会話が漏れるとも思えないけど、念のためだ。
ていうか、
「その『憂うべき立場』にいるはずのファガンさんがなんでそういうことをちゃんと説明してくれないのかなあ」
フリューネが解説してくれなかったら、私がどう解釈したものか分かったもんじゃないのに。
なんなら兄・弟・甥で妄想ぐらいしてやってもよかったんだぞ(掛け算記号を使わない奥ゆかしさ)。
「おそらく、お姉さまを計っているのでしょう」
御者台にいるカゲヤのさらに先、リョウバたちの馬車に隠れて見えていない王子一行の方角を眺めながら、フリューネは言った。
「詳細な説明は、従順な相手の行動を制御しやすくなります。曖昧な説明は、二心ある者の意思を試すことが出来ます。さらにそのどちらにおいても、発言のどこまでが通じたか、どこをどう誤解されたか、そのうえでどう動くか、そうした予測を立て、後に起きた事実を把握し、相手への理解を深めるものです」
「……え、そんなことしてるの? それが王族の普通なの?」
「お姉さまも、誰もが、多かれ少なかれそうしたことをされていると思いますよ。意識しているかどうかという違いはあるかもしれませんけれど。言葉による交流とは、そういったものかと」
どうだろう、そんな高度なことはしてないと思うけど。
「ファガン様から見て、お姉さまをはじめとして我々一同は多くを隠しており、そのうえ個々においては、向こうよりも遥かに大きな戦力を有していることだけ明示されている状況です。まずは情報を小出しにしつつ、こちらがどう考えてどのような行動に出るのかを見定めていきたいのだと思われます」
「そっかあ。なんだか色々見透かされてるような気はするんだけどなー」
「いくらかの予想は立てているでしょうけれど、推測だけを足場にするわけにもいきません。本来は見透かされている、と察知されることも防ぐものですが……、あの方のご性分もあるのでしょうね」
「だよね。ああいう仄めかしとか悟ったふうとか、好きな人なんだろうね」
あと人をからかうのとか、マイペースに引き込むのとか。
「で、どうしましょうかレイラ姫?」エクスナがなんだか楽しそうに聞いてくる。「素直に王子様のお手伝いをするフリします?」
「んー、それって実は難しいよねえ。あの人、たぶんファガンさんと逆でしっかり説明してきちんとお願いしてくるタイプだろうから。それをやったフリだけするとか普通に怒られるか見切られると思う」
「ですね」
「まあ、お城に着くまで時間はあるから、もうちょっと話してから決めるよ」
「いっそ誘惑してしまうのもいいんじゃないでしょうか」
「もし外見で釣れても中身で即幻滅されると思うんだけど……」
「いえ、今のところまあまあ好印象だと思いますよ」
「私、暴れてるとこしか見せてないんだけど……」
山から平地に戻り、王城に向けてしばらく進む。出てくるときに多少荒れてしまった入り口のカモフラージュは、「もう隠すこともないだろう」というファガンさんの発言で、そのまま放置になった。
一番近くの村まででも、そこそこ距離がある。おまけにそこは本当に小さな村で、人数の増えた今の状況では宿もろくに確保できない。
というわけで、野宿である。
もちろん、ただの道端である。
ここをキャンプ地とする、という野太い声が聞こえてきそうな感じである。
カザン王子もファガンさんも、特に気にしている様子はない。ファガンさんはあの山奥でひとり暮らし続けていたのだから耐性はあるんだろうけど、王子様がキャンプに慣れているというのは意外である。
「こういう訓練とかしてたんですか?」
馬車から炊事道具を下ろしているカザン王子の背中へ向けて試しに聞いてみると、
「え、ああ、いえ、そんなことは」
ちょっと慌てたように反応される。
――エクスナに言われた直後なので、勘ぐっちゃいそうになるなあ。
ま、しょせん私は違う世界の住人なのだ。文字通りに。
別のガワをかぶってこの世界で恋愛に興じるのは色々と無責任だろう。
「私は大荒野にしばらく身を置いていましたので、野営はよくありました」
とカザン王子は言った。
「え、王子がですか?」
「はい」
「それは、バストアクの慣例か何かで?」
「いえ、私が自発的にというか……、修行のようなものです」
あ、そういえばバストアク王はレベル1だったか。
「反対されなかったんですか? 危険でしょう」
「家臣には思いとどまるよう言われましたが、父には……。ああした性格ですから」
苦々しそうに言う王子の顔には、ちょっとだけ寂しさが滲んでいるようにも見えた。
総勢16名ともなると、夕食作りもひと苦労である。
カザン王子の配下のひとり、剣士のお兄さんがいつも炊事を仕切っているということだったので、そこにエクスナとターニャが加わり、見ていて気持ちいいぐらいの手際で調理が進んでいった。
大鍋いっぱいの肉と内臓の煮込み、フライパン2つ分の干魚と茸と野菜の炒めもの、小人が見たら森だと思いそうな量のサラダ、米と麺とパンの炭水化物トリオ、そして酒。
ファガンさんの住処から高品質の食材やお酒を持ち帰っていたので、かなりのご馳走である。
戦闘を繰り広げたメンバー中心に、すごい勢いでそれらが減っていく。
あ、この中でも私とエクスナが一番大食いのようでした。隣のフリューネが密かに嘆息していたのを見逃さないよお姉ちゃんは。
料理がきれいに片付いた後は、そのまま酒宴へとなだれ込んだ。
エクスナたち料理当番が軽いおつまみを追加で作り、ファガンさん秘蔵だという酒瓶が景気よく開けられていき、場は自然といくつかのグループに分かれていった。
一番賑やかなのはカザン王子配下の戦士たちとリョウバ、それにエクスナも混ざったグループ。焚き火の近くで笑い声が上がっている。
私は、フリューネとファガンさんとカザン王子という、いわゆる王族メンバーで固まっていた。
「治療と撤収であの場は慌ただしかったため遅くなってしまいましたが、改めて礼を述べさせて頂きたい」
とカザン王子が私とフリューネの並んでいる向かいに腰を下ろし、それを見たファガンさんも面白そうに近づいてきたのだ。
少し離れたところで、護衛を兼ねたカゲヤと、ターニャが静かに飲んでいた。……会話なさそうだなあ、あそこ。
「叔父上から手紙で聞いていた情報をもとに、今日はまず敵を実際に見てから判断するつもりでした。……おそらく、あなた方がいなかった場合でも、あの3匹相手なら私はそのまま攻撃を命じたことでしょう」
「どう見た? レイラ姫。こいつとあの連中だけで、最初の奴らを仕留められたと思うか」
ファガンさんが尋ねた。
私は、さっきの戦闘で見た彼らのレベルと戦いぶりを思い返してみる。
「あの弓使いのお姉さんは、カザン王子たちが相手したワーム、うまくいけば単独で始末できそうに見えました。なら残り2匹を、3人と2人で手分けして……、うーん、どうだろう、そこまで低い勝率じゃない気もしますけど。ただ確実に被害も大きかったと思います」
「ええ。半数が生き残れば幸運、といったところだったかと」
私の辛めな言葉に、カザン王子は嫌な顔を見せず、どころか同意を示した。
「で、後続の奴らに全滅させられていたな」
とファガンさんが言った。
「あれ、ほんとにファガンさんも予想外だったんですよね?」
と私は軽く睨んでみせる。
「ああ、本当だ。だからそう怒るなって」
「怒ってまーせーん。こっちも吹っかけましたから」
「ああ、あれなあ……」
人材確保に向けた取引条件のことだ。
「そういや、お前さんの恩寵も本物だったなあ」
「へ?」
「後続の奴らと戦闘した時、怪我しただろ」
「ああ、あれですか」
羽ザリ亜種に足の裏を裂かれたことか。
「よく見てましたね」
「そりゃな。で、もう完全に治ってるのか?」
「はい、もう平気です」
「たいした恩寵だな……」
うん、私は嘘は言ってないよ、この会話においては。
「他に何人いるんだ? 恩寵持ちは」
さらりと何を聞くかなこのおじさんは。
「言うと思います?」
「酒が滑りを良くしてくれたかと期待してな」
「叔父上、非礼が過ぎます」
カザン王子がけっこう真剣に睨んだ。
「そうは言うがな、このお姫さんだって兄貴の恩寵を聞いてきたぞ」
「え……」
王子様、絶句。
そんな感じで夜は更けていきました。
「まったく油断できない方ですね……」
馬車の中で寝支度をしているときに、フリューネが言った。
「何が?」
外からは、まだしぶとく飲み続けているリョウバたちの笑い声やらが聞こえる。
フリューネにもそれは聞こえているようで、微苦笑を浮かべながらその方向を見た。
「お姉さまがうまく躱されましたが、危うく疑われるところでした」
「えっと……、何が?」
重ねて尋ねると、フリューネが目を見開いた。
そして、何事か納得したようで、今度は深い溜息をつく。
「危ない、ところでした……」
上半身が崩れ落ちていくフリューネ。
ターニャがすかさず抱きとめている。
「え、えっ? ちょっといったいどうしたの?」
身を乗り出すと、フリューネもこちらへ顔を近づけ、潜めた声で言う。
「リョウバ様の、右腕です」
「はぇ?」
「……日中の戦闘で、披露されたでしょう、その……、変形を」
ああ、あのロック○スター的なカッコいい右腕ね。
いわゆる魔族の戦闘モードね。
……魔族、の……
「――っ!!」
私が奇声を上げかけるのと、フリューネが両手で懸命に私の口を抑えるのとが同時だった。
しばらく、そのままの体勢で時が過ぎる。
「……落ち着きましたか? お姉さま」
こくこくと頷く。
フリューネが手を離した。
「え? もしかして、バレてる?」
私たちのパーティ、魔族がいるってこと。
私たちのパーティ、魔王の手先だってこと。
けれどフリューネは首を振った。
「ご安心ください。たしかに身体変化は、――特徴ではありますが」念のため、『魔族』という決定的ワードはお互い口に出さない。「そうした変化を及ぼす法術も少ないながらございますし、それこそ『恩寵』ともなればあのぐらいの変化はおとなしい部類になります」
「あ、そうなんだ……」
よかったぁ。
「そもそも、全員ではないとはいえ王城の審問を通過したことは王からファガン様へも伝わっていることでしょう。それでもなお、ああして共闘を経ても、客観的に見れば突拍子もない推測を立てる油断のなさを危惧したのです」
「なるほど、それは、たしかに……」
「あの場でお姉さまが『私以外に恩寵持ちはいません』とうっかり答えるか、それと悟られるような態度を片鱗でも見せていたら、ファガン様の疑いはより濃くなっていたことでしょう」
あ、フリューネのなかで私はうっかり言いそうなキャラになってるのね。
……否定できない。
「どなたかは存じませんし、もちろん詮索する気もございません。ですがお姉さまの他に恩寵持ちがいたことが、幸いしました。結果的には向こうの疑念を晴らすことができて良かったかと」
そう締めくくって、フリューネは姿勢を戻し、ターニャに髪を梳いてもらいだした。
「ねえ」
「はい」
気持ちよさそうに髪を梳かされながら、フリューネは応じる。
「至らない姉でごめん……」
するとフリューネは、くすくすと笑った。微笑じゃないのは、ちょっと珍しい。
「私の有用性を示し続けられるのであれば、そのままのお姉さまでいて頂けることも、いいのではないかと思うようになりました」
「ほんと?」
「作法のお勉強は続けさせて頂きますけれど」
楽しそうに話すフリューネは、これまた珍しく年相応の女の子に見えた。