たとえ戦闘中でも会話の絶えない職場です
「あっ、露骨な意図の配置をしてくれたレイラ姫!」
二首ワームの攻撃を避けながら口を尖らせるエクスナ。
「ごめんて。だって他に適役いなかったから」
なにしろ瞬間的なスピードや反応速度はカゲヤを越えているのだ。
レベルが1桁台で紙装甲とはいえ、ブレイブ100の白刃取り持ちみたいなものである。
「適役の相方が役目を放棄しつつあるんですが!」
「え?」
相方のシュラノを見る。
エクスナが囮をしている間に魔力を溜め、今まさに魔術を放とうとしているところである。
そして行使されたのは、氷の弾丸を生成する魔術。
シュラノの掲げた右手の周辺に、球状、円錐状、剣山状、計3つの氷の塊が作られ、一斉にワームへと飛び立つ。
感知したワームが一番速度のある円錐の氷塊を避けるものの、残り2つは命中。躱された円錐も空中でUターンし、背後からワームへと突き刺さる。
「ギュチャァッ」
相変わらずキモい悲鳴を上げるワームだが、どれも致命傷にはならず。一番深く刺さった円錐状の氷塊も自重でずるりと抜け落ちていく。
――白嶺で同じ術を見たときは、でかい獣の胴体を貫通してたのに。あのワームが高防御というだけじゃなく、術自体の威力が、あのときより低い。
そしてそれを見たシュラノは、
「…………」
なるほど、みたいな感じに頷いて、また黙々と魔力を練り始める。そこに焦りの色はなかった。
「見ましたよね! 明らかに仕留める気ないですよあの男! 完全に好奇心に身を任せやがってます!」
「あー、うん」
ワームの全身を覆う粘液は、火炎だけでなく打撲や刺突にもある程度の耐性があるらしい。たぶん他にも色々。
エクスナの言う通り、シュラノはちょっと研究モードに入ってるなあ。どの魔術が効果的か調べているような、あるいは単に優秀なサンドバッグを見つけたかのような。
「シュラノ、そろそろエクスナの体力も危ないし、決めにいこう」
「……了解」
多少の間があったものの、さっきまでより段違いに強い魔力を練り始めるシュラノ。
けれど普段より、発動までに時間がかかっている。さすがにこれは手加減ではなく、純粋に残りの魔力や疲労の問題だと思う。
この国に入ってから、しょっちゅう襲撃犯が来るので、それこそ白嶺なみに索敵術を使いまくってもらってるからなあ……。
あとでなにかねぎらわないと。
ともあれ、
「これで大丈夫だね」
「ありがとうございます! ではついでにせっかく来たんですから囮も交代しましょう、さあもっと近くに!」
「んー、でも今の私エクスナより回避力低いよ?」
「なぜに」
「だってこいつ直視したくないから」
そう、ワームなのだ。
釣り好きな父親に見せられたことのある生き餌だって駄目なのに、こんな映画に出てくるアナコンダみたいなサイズのワームを間近で見られるわけないじゃないの。
「どこまで虫嫌いなんですか!?」
「どこまでも、果てしなく」
「その嫌悪を押して助けに来てくれたのはありがたいですけど何する気だったんですかっ」
「目を閉じても攻撃避けるだけならできないかなって」
「出ましたよ常識外の自信!」
「でもさすがにエクスナほどは避けきれないかなって」
「ほんと何しに来たんですかー!」
大声で話しながらワームの攻撃を躱し続けているのもあって、そろそろエクスナの体力もやばそう。
「んー、まあちょっと交代できるか試してみよっか」
そう言って目を閉じ、集中する。
捉えるのは音、匂い、空気の流れ、地面の震動、温度、湿度、その他無意識下で感じているような無数の情報――
そして感じとったのは、
「あ、さっきの奴こっち着きそう」
開幕寸前にシュラノとリョウバが落としてくれたカブトムシ的な敵。
それが木々をなぎ倒しながら広場のすぐ近くまで来ている。
他のメンバーは、まだ戦闘中。
「ごめんエクスナ、私最後の一匹相手しなきゃ」
「嘘でしょう!?」
「シュラノもそろそろ次の術撃てそうだから、もうちょっとの我慢!」
「ああもうわかりましたよ頑張りますよいってらっしゃい!」
いってきました。
「ねえねえ、これなんか素材に使えないかなあ?」
もはや通常攻撃のようになっている『部位もぎ取り』で入手したのは2メートル近い大角。
うん、カブトムシ系はどうにか耐えられる形状でした。絶対にひっくり返してお腹の側が見えたりしないように戦いました。
私が仕留めている間に、他のメンバーもそれぞれの戦闘を完了させた模様。
さすがム○キングだけあって頑丈だったから、それなりに時間がかかったのです。
「うっわー、また大層な戦利品を……」
エクスナが引いている。
少し離れたところで、カザン王子たちも引いている気がする。
「加工する職人を探すのに手間取りそうではありますけど」
と言いながら興味深そうに見ているのは、ファガンさんの家から出てきたモカ。けれどすぐに「あ、いえいえ、まずは治療ですよね」と怪我人たちの方へ。
ちなみに無傷だったのはカゲヤとシュラノ、そして体力を使い果たして地面に寝転んでいるエクスナ。
私も、足の裏を切り裂かれたけど今はもう治癒してるので似たようなもの。
リョウバはいくらかの軽傷を、アルテナは回復術で補いきれなかった傷を、カザン王子たちもあちこち血を流しているけれど、誰も大怪我はせずに済んだ。もちろん死亡者もゼロ。
まずはひと安心である。
モカだけでなくターニャも、そしてフリューネも怪我の手当にまわり、カザン王子一行から感心したような視線を受けている。そうだよね、お姫様が自ら家臣の怪我をみるなんて珍しいよね。私、いつまでお姫様だって偽装できるか不安になるよね。
「レイラ姫、怪我はしていないようだな」
ファガンさんが声をかけてくる。
「はい、どうにか」
「色々、本当に色々聞きたいところではあるんだが……」苦笑しながらファガンさんは言う。「ま、今の戦闘は置いといて、今後の話を少ししときたいんだ。すまんがちょっと付き合ってくれるか」
そして家の方を指さす。
「――叔父上、姫君と室内にふたりきりなど」
少し離れたところで治療を受けていたカザン王子が、目ざとく口を尖らせる。
「おっ、お前もそういう気がまわる歳か」
にやにやするファガンさん。楽しそうである。
「年齢の問題ではないでしょう」
微かに顔を赤くするカザン王子。
「私も軽傷です、同席を――」
「いや、まずはお前抜きで話をしておきたい」
「何を話されるおつもりですか」
不安そうな顔になる王子。
「お前との縁談はどうかと薦めたりな」
「なっ!?」
「はあ?」
一気に赤面する王子と、ぽかんとする私。
「冗談だ、まあ、内緒話を詮索するならバレないような術を学べ」ひらひらと手を振ってカザン王子を背にし、「で、甥っ子が厳しいんでな、護衛をひとりつけといてくれ」と私に言う。
いつのまにか密談をすることになっている。私はまだ返事してないんだけど、このおじさん自分のペースで運ぶの得意そうだなあ……。
「えっと、疲れてるとこ悪いんだけど、カゲヤ」
「疲労など」
問題ないと言わんばかりにすっと隣に立つカゲヤ。
「一番おっかない兄さんが来たな……」
頭をかきながら家に入っていくファガンさんだった。