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だからといって食べたりしない、そう絶対にだ!

 1匹落ちて、6匹。

 横一列になって飛んでくる巨大昆虫に対して、こっちも6組に分かれて迎撃態勢を整える。


 真ん中に位置する私が受け持つのは、さっき倒した羽ザリガニと同じようなやつだった。違うのは甲殻の色が黒とオレンジだってことと、全体的に二回りぐらい大きいこと。さっきのが普通自動車ぐらいだとしたら、今度のはワゴン車ぐらいだろうか。

 たぶん最初のより強い。

 二段構えのうえ、数を増やして、強さまで上げてるとかどんだけ性格悪いんだ。


 さっきの初手と同じように、とりあえず一回吹っ飛ばすことも考えたけど、奴らは魂が見えないので羽音や風の流れぐらいでしか視界の外は察知できない。となると、この数同士だと混戦になる可能性が高く、そのときに戻ってこられると気づかず不意をつかれてしまうかも。


 なので、やはり待ち構えて固定してからの強打しかない。

 私の精神安定上、できるだけ遠くから、できるだけ触らずに倒したいところだけれど。こう、天井付近にいるとこへスプレーをシュッとやって一件落着、みたいな。あとは数枚重ねの新聞紙で包んでポイッと。

 残念ながらそうはいかない。

 しかし幸い、さっきの戦いで良いヒントは得たのだ。


 そう、さきほど羽ザリガニを蹴り上げて破片が舞い散ったとき、

 もぎ取った両脚を放り投げたとき、

 この身体の高性能な嗅覚が感じとったのは、生臭さに紛れた香ばしさと旨味――すなわち、甲殻類特有の香りに近いものだったのだ。

 思えば、ヤツをザリガニと称したのも無意識に昆虫以外の何かとして認識したいという願望の現れだったのだろう。

 ならばそれを意識的にやってみせよう。さあ自己暗示タイムだ!


 間近に迫る羽ザリガニを薄目で捉えながら、低く素早く呪文を唱える。

「アレは虫じゃなくてエビそう海にいる寿司になるエビカニ甲殻類海産物のたぐい決して昆虫じゃないがんばってもシャコどまりザリガニだってフランス料理だしだから私は平気嫌いじゃない大丈夫――」


 より深く思い込むために日本語で呟いていたため、右隣のアルテナからは多少不審な目で見られた程度。

 右のカゲヤは「おいたわしや……」みたいな顔してるけど。


 さあ、来やがれ巨大甲殻類め!


「ジェビギイイイィッ」

 その濁った鳴き声はやめてほしいかな! あなた海にいるんだから鳴かないでしょ!

 

 急角度で飛来してくるG級羽ザリガニ亜種は、さっきのヤツ同様に振りかぶった両前脚での攻撃を仕掛けてきた。

 こちらも同じく、それをがしっと受け止める。 


 ズゴンッ、とさっき土を払ったばかりの足がまた地面に埋まり、その深さは膝の上まで達するぐらい。やっぱり攻撃力は増している。


 そして羽ザリ亜種はそこで終わらず、もとからくの字の身体をさらに曲げ、尻尾での追撃を繰り出してきた。

 先端は薄く強靭そうなヒレ、しかも左右に割れて真ん中だけ針のように1本鋭く尖っている。

 

 こちらは下半身が地面の下。


「あぶなっ」

 ちょっと焦りつつも、掴んでいる両前脚をぐいっと押し下げ、それで尻尾攻撃をガードする。

 ガキンッ、と硬いもの同士がぶつかり合う音が響き、強度で劣るらしい尻尾のヒレが僅かに破片を落とす。


 自分の脚で尻尾に触れている状態なので、羽ザリ亜種はほとんど輪を描いたような格好だ。おかげでまたも顔が近い近い近い! 

 いけない、暗示が切れそう。

「甲殻類甲殻類甲殻類!」

 流れ星に向けて願い事をするかのように超早口で詠唱。

 そうだ、脳天割ってえび味噌ラーメンの出汁にしてやろうか!


「おや?」

 上空に引っ張られる感覚。

 ずぼりと両足が地面から抜ける。


「ビジャアッ」

 なんと羽ザリ亜種のヤロウ、私ごとまた空へ上昇しやがった。

 前にレグナストライヴァ様の神鳥にも同じことされたような。

 やだ私ったら、そんなに軽い?


 ま、このぐらいじゃ慌てませんし離しませんよ。

 さっきよりだいぶ両手に力を込めると、ビシビシッと黒い甲殻にもヒビがはいってゆく。


 羽ザリ亜種は再び尻尾攻撃を見舞ってくる。

 前脚は、再びガードに使われるのを拒むように結構な力が入っている。宙に浮いて足場のない状態では動かせそうにない。

「甘いっ」

 私はさっきのガードで軽く砕けている箇所を狙って足の裏で防ぐ。

「った!?」

 それでも鋭利さは残っていたようで、靴底を切り裂かれ足の裏に激痛。

「――っの……っ!」

 痛みを堪えて、尻尾攻撃の勢いも利用し、掴んでいた両脚から頭部、頭部から首へと、羽ザリ亜種の身体をよじ登っていく。


『いいですか、イオリ様、痛みに慣れる必要はございません。それは覚悟と集中の度合いで感じ方も変わります。その場その場で、必要なだけの痛みは受けるべきです。でなければ敵の攻撃を容認する油断に繋がってしまいます。ですが、イオリ様の治癒力は凄まじいもの。通常、痛みは傷の大きさと回復までの困難不便や後遺症を想像して恐怖へと派生してしまいますが、そのご心配だけはイオリ様には無用のものです。痛いと感じられたのならば、それは治るものだとご安心くださいますよう。それだけで、並の戦士より数段上の立ち回りが可能となることでしょう』


 ――うん、サーシャ、あなたの教えは今も生きてるよ。


『ということで、不肖ながらこのサーシャが、そのご安心の一助となるよう【経験値】を溜めるお手伝いをさせて頂きます』


 ――だってあの戦闘訓練、超キツかったし超痛かったもん。

 ――魔王とバランが真っ青になって第2回は中止になったけど、1回で充分すぎたもん。


 若干、苦い回想を脳裏によぎらせながらも羽ザリ亜種の身体をよじ登ると、まずその背中周辺を見渡す。

 よし、共鳴蟲はいなさそう。


 それでは、部位破壊といきましょう。

 うまいぐあいに、脚も尾も、背中には届かない構造らしい。

 手を伸ばす先は、高速で羽ばたいているその付け根。

 

 もぎ取った。


 がくんっ、と羽ザリの身体が傾き、一瞬の浮遊感、そして、落下。


「ビイイイイイィィィッ!?」

 空気を切り裂く音に、羽ザリの悲鳴が混ざる。


 上空50メートルぐらいからの墜落かな。

 なら平気。魔王様にもっと高いとこから落とされたことあるし。


 もぎ取った側を下に、残った羽を上に向けた体勢で落ちていく羽ザリの胴体をさらに移動し、いわゆる馬乗り状態に。


 拳を握る。


 地面に激突する瞬間に、うまいことタイミングを合わせて――今!


 ドガゴシャアッ!!

 うわあ、気持ちいい音。


「地震! 今揺れましたよ凄く!」

 慌てているエクスナの声を聞きながら、ピクリとも動かなくなったモノから拳を引き抜く。

 何から? あれだよ、カニの甲羅的なものからだよ。

 だからこの手についたり顔にはねたりしたのもカニ味噌とか蟹肉とかだってば。


 さて、他の戦況は?

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