そこにいたのは王女的な何か
ファガンさんの横を通り過ぎ、さらに5歩。
虫たちの羽音が一際甲高くなり、こちらへ向けて飛びかかるような姿勢になる。
そして、さらに一歩。
瞬間、襲いかかってくる3匹の大型昆虫。
けれどそいつらの初動より、私の方が速い。
境界線を越えるまで律儀に待ってくれていたおかげで、こっちもすっかり戦闘モードだ。
踏みしめた一歩から、跳躍。
正面にいた羽ザリガニに向け、拳を放った。
――この速度でも反応するのか。
羽ザリガニは大盾めいた前腕2本を揃え、私のパンチをガードする。
ガゴンッ、と硬い衝撃音と共に、羽ザリガニは遥か彼方へと吹っ飛んでいった。
その手応えで悟る。
――やっぱり、相性が悪い。
吹っ飛んでいった羽ザリガニに、たぶんダメージはない。
相当に硬い甲殻、体高のわりに小さな羽、そもそもが虫、というあたりから、たぶん体重は軽いだろうなと思っていたけど、その通りだ。
言ってみれば、野球のノックみたいなもの。
宙に浮いている硬くて軽い敵は、吹っ飛びはするけど、壊れはしない。
さて、空中でパンチを見舞ったおかげで、着地までは無防備な私。
が、左右の2匹の攻撃が当たることはなかった。
左の蜂は、私めがけて伸ばしてきた鞭のような尻尾をカゲヤの槍で防がれ、次いでリョウバの弾幕に後退している。
弾幕によるダメージは、表面を削ってるだけだ。リョウバもまだ全力の射撃じゃないとはいえ、羽ザリガニ同様に防御力はそれなりか。あっちと違って甲殻はないので、皮膚自体が強靭なのかも。
ま、このふたり相手で倒せない敵はそういない。
むしろふたりがやられるレベルの戦力を持ってるとしたら、とっとと他の国へ逃げ出すところだ。
そしてもう一方。
右のワームは、同じく噛みつこうとしてきたところをまずシュラノの炎弾が迎え撃った。さすが、いい仕事してくれる。
数瞬遅れて、カザン王子率いる戦士たちも攻撃を開始する。
光弾を打つ術士、尻尾を切ろうとする戦斧使い、王子の前に立つ槍使いと剣士。
……あの長細い胴体に100パー精度で矢を当ててるお姉さんがさり気に凄い。
無事に着地した私は、羽ザリガニが戻ってくるまで左右の戦況を見守ることにした。
「なあ、俺に護衛は?」
「隅っこで流れ弾に注意しててください」
ファガンさんにそう返しながら。
「今のとんでもない攻撃はなんだ?」
「お見舞いされたくなかったら早く下がってくださいって」
で、戦況としては――優勢。
カゲヤとリョウバの近接&射撃コンビは流石の安定感。
蜂の身体はみるみるうちに刀傷と銃槍で塗れていき、徐々に動きが鈍りつつある。
というか、あれだけ攻撃を受けてもまだダメージが皮膚で留まっているのを称賛すべきか。
カザン王子一行も、見事な連携でワームを押している。
全身を覆う粘膜が物理ダメージを軽減しているようだけど、術士の光弾が命中して粘膜がいくらか弾けた箇所へ、すかさず他のメンバーが攻撃を当てていく。
……ていうかあのお姉さんマジで凄い。ワームの全身に矢を撃ちまくり、途中からは接近して両手のガントレットで刺さった矢を叩くことでさらに深くダメージを与えたり、逆に引き抜いた矢で斬りかかったりしている。明らかに他のメンバーよりDPSが高かった。
そんな左右の状況に感心しているうちに、吹っ飛んでいった羽ザリガニが猛烈な勢いで舞い戻ってきた。
うーん、さっきの手応え的に、あの速度にカウンターかましてもまだ足りなさそう。
幸い、私をターゲットにしているようで、後ろのフリューネたちを襲うような進路ではない。
なのでしっかりと両足を踏ん張り、上空から鋭角に突進してくる羽ザリガニを迎え撃つことにした。
さっきはガードに使っていた前脚を、今度はチャージの勢いそのままに振りかぶってくる羽ザリガニ。
いってみれば2本の鉄杭をくくりつけた自動車が全速で向かってくるようなもの。マッドマッ◯スとかでなきゃ体験できない攻撃力だ。
その攻撃を、私は両手でがしっと受け止めた。
ドンッ!! と鳴るのは受け止めた腕ではなく、踏みしめた地面。
硬い土に、すねの半ばまでが埋まる。
――よし、固定した。
受け止めた両前脚を、しっかりと掴んだ。
ビシリ、と甲殻にヒビ。
反射的に空へと逃げようとする羽ザリガニだが、そうはいかない。
これでダメージを与えられる。
「ジャビイィッ!」
気色の悪い鳴き声を上げる羽ザリガニ――って近い近い近い顔とか胴体とかが! 虫の腹側という超絶見たくない絵面が!!
「あっちいけえっ!」
グボリと土を掘り返しながら右足を振り上げ、羽ザリガニのボディを蹴り上げる。
昆虫は頭より胴体に弱点があるってテ◯フォーマーズで見た気がする!
固定しているおかげで、今度は手応えあり。っていうかパラパラと甲殻の破片とか謎の液とかが落ちてくる。やだ汚い!
ともあれ、上下左右どっちでも180度開脚可能な身体での蹴り上げは、羽ザリガニを今度は天高く吹っ飛ばした。
――そして私は、ヤツの両前脚をしっかりと掴んだまま。
ふっ、カルシウムが足りないようだな。
肩口からもぎ取れていた2本の脚をぺいっとそこら辺に投げ捨て、蹴りの反動でさらに深く地面にめり込んでいた軸足を引き抜く。
とんとん、と足についた土を払い落としていると、右方向から視線。
見れば瀕死のワームにトドメの一撃を狙っている前衛ふたり以外の王子組が、ぽかんとした様子で私を眺めていた。
……そういえば私、今は王女の肩書でしたね。
巨大昆虫の突進を受け止め、天空へ蹴り飛ばし、脚をもぎとる系の王女。
いかん、また不本意なあだ名とかつけられかねん。
などと危惧しているうちに戦斧使いがワームの頭部らしき箇所を両断する。
それでもなお、ビタビタと暴れまわる胴体。
うげぇ、やっぱり頭がなくても動くんだアレ。
すると弓のお姉さんが、失った頭部のすぐ下あたりに突き刺さっている矢をガッと踏んづけた。
貫通して地面に縫い留められるワーム。
さらにお姉さんは、踏んづけた矢の近くに刺さっていた別の矢をがしっと掴み、まるでジッパーを下ろすみたいにワームの胴体を切り裂いていった。
……わあ、なんだかウナギの串打ちと捌きを思い出したよ。
地球帰る前に忘れたい絵面である。
さすがに動かなくなるワーム。魂が見えないので判断しづらいが、アレはもう死に体だろう。
そして背後でも裂帛の気配。
振り返ればカゲヤの槍が蜂を串刺しにしていた。
どうやらどちらも終わったらしい。
そして、天からも羽ザリガニが落ちてくる。
ドグシャァッ、と小気味いい音とともに地面へ激突。
よし、完りょ――
「ギイイイイイイィィィッ!!」
……おや?
聞き覚えのある鳴き声がしますよ?
発信源は、ファガンさんに貼り付いた虫――ではなく、うつ伏せに倒れ伏している羽ザリガニの、背中。
今まで正面しか向けていなかったので初めて見るその甲殻に、貼り付いているのは――共鳴蟲。
まさかの、隙を生じぬ二段構え!?
ばっ、と周囲を見渡せば、再び山頂の方から向かってくる何かが。
しかも、増えてる。
倍以上の、7体。
――呆然としている場合じゃない!
そうだ、私が魔王城から出発するまでの間、戦闘訓練や一般常識にとどまらず、戦場での心構えから戦前戦後の交渉術まで、誰に習ったと思っている。
1秒未満で戦意を立て直し、地面が爆発したかのような速度で移動、向かうのはもちろん――
「取引といきましょう、ファガンさん」
後方に控えていた王弟殿下に、にっこりと笑いかけた。