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森の隠者の掌で

 一瞬だけ鋭い眼差しで私を見据えたおじさん――ファガンさんは、すぐに目元を和らげ、私たち4人を均等に捉えるよう視線を戻した。


「と、まあ、言ってはみたが――詳しく訊く気はない」


 それは、臨戦態勢からほとんど攻撃の予備動作にまで入り込んでいたカゲヤの機先を制するタイミングでの言葉だった。


「妹の方は繕った内容になるだろうし、姉は姉でこっちが危なくなるような発言を迂闊にしちまいそうだ」


 どこまで見透かしているのか、ファガンさんはのんびりした笑みを浮かべたまま話を続ける。そこに緊張した様子はない。


「だから、そうだな――お前さんたちが何を欲しているのか、それだけ聞いとこうか」

「……恐れ入りますが、答える前にひとつよろしいでしょうか」

 またもフリューネが口を開いた。

「なんだ?」

 フリューネは小さく息を吸う。

「不敬であることは重々承知しておりますが、私はバストアク王国の王弟殿下について、ご尊顔はおろかお名前すらも存じておりませんでした。……その、無知を上塗りするばかりか礼を失したお願いではございますが……」

 面白そうに、ファガンさんはフリューネを見て口を開いた。

「身分の保証か。私が、間違いなく王の弟であることの」

「……はい、誠に恐れながら……」

「できた妹だな」

 フリューネから私に視線を移すファガンさん。

「なあ、レイラ姫」

「はい」

 軽く首の角度を変え、まばたきを一度、口元は微笑になる寸前ぐらいに留めて――とフリューネから指導されている物腰を頑張っていると、

「話すのは苦手だと手紙にあったが」ファガンさんは椅子の背もたれに体重を預け、お茶のカップを手にした。中身がこぼれない程度にカップを揺らしながら、くつろいだ調子で話しかけてくる。「礼儀作法を気にしないならどうだ? ちょっとは喋れないか」


 ……どうやらそれもバレているようだ。


 フリューネが、音にならない微かなため息を漏らした。

 その頭を、ぽんと叩く。


「自慢の妹です」

「だろうな」

 ファガンさんは楽しげに目を細め、ぐびりとお茶を飲み干した。

「で、俺の身分だが――どうやって保証すればいい? 言っとくが印章やインクの類は持ってないぞ」

「うーん」

 さすがにこの眼も、血の繋がりを見抜くような機能はないし。

 ……あ、そうだ。


「お城でバストアク王とお会いした時、私の恩寵について尋ねられまして」

「――ああ、素直に答えるとは思わなかったと兄貴も言っていた」

 そこに、疑うような気配はなかった。

 私の自動回復機能自体は嘘じゃないので、恩寵だと吹聴した点はカバーできたらしい。


 では、ちょっと風向きを変えにいってみよう。


「なので、お返しにお兄さんの恩寵が何か教えてくれませんか? 兄弟なら知ってるでしょう?」


 ファガンさんどころか、左右の仲間からも視線が刺さってきた。――妹よ、『今こいつ何ほざいた?』的な視線はやめて。


「度胸がいいな」

「それはどうも」

「だが、告げ口は良くないと言われて育ったもんでな」

「そんなことはありません。告げ口文化は犯罪の抑制になりますよ」

 ネットにはそういう面もなくはないって大学で教授が言ってたからね。

 逆もまた然り、らしいけど。


 ファガンさんの目元が、ちょっと緩んだ。

「でまかせを言うことも簡単だぞ?」

「あとで嘘だって分かったら、ぶっ飛ばしに来ます」


 ――ちょっと妹、呆れ返らないでお願い、お姉ちゃん今がんばってお話してるんだから。


「……引っ張り出す気か? 兄貴の恩寵を」

「あ、さっきの質問ですけど」

「ん?」

「私たちが欲しているもの――そうならないような未来は、望んでます」

 

 王様の恩寵を見ることになった場合、ほぼ間違いなく真っ向から敵対してることになるから。

 その場合、暗部の襲撃犯どころか正規軍も動いてる事態に陥っている可能性が非常に高い。

 大勢死ぬ。

 そういうのは、できれば避けたい。


「そうか」

 ファガンさんは軽く頷くと、

「なら、俺の身分保証についてだが――」

 そう言葉を継いだが、途中で窓の外に目をやった。

 そしてにやりと笑う。


「どうやら、機は掴めるようだな」


 遅れて私も気づいた。

 ファガンさんとの話に集中していせいだ。ほとんど敵地に近い場所でこれは駄目だろうと密かに反省する。


 席を立ったエクスナが窓の外を見て口を開く。

「ご立派な馬車がやって来ました」


「そういうところが甘いんだ」

 頭をかくファガンさん。


 私もエクスナの隣に立つと、たしかに絢爛な装飾を纏った馬車が1台、坂を登ってきていた。

 御者台に座る男の人も、明らかに軍事経験ありって感じの風貌である。


 そして馬車は広場の一角に停まり、御者台にいた男の人は私たちの馬車から降り立ったリョウバと何やら話している。若干、不穏なムード。


「変な誤解が出る前に迎えてやるか」

 そう言ってファガンさんも立ち上がった。




「バストアク王国第一王子のカザンだ」

 そう名乗ったのは、凛々しい、という表現がぴったりな男子だった。

 意志の強そうな目つきに、引き締まった表情、長い髪をぎゅっとひっつめて縛り、きびきびした声で話す。


 彼はやってきた馬車から降り立ち、御者や従者を残してひとり、出迎えたファガンさんと家の中へ入ってきた。

 今はファガンさんの隣、私たちの対面に座っている。


 ご丁寧に、カザン王子は自分の印章をこちらに提示してくれた。

 またもフリューネが確かめ、この国の王子のものである、とお墨付きである。

 そのカザン王子がファガンさんのことを「叔父上」と呼ぶので、連鎖的にファガンさんの身分保障も済んでしまった。


 ファガンさんは、自分自身が私たちを招いたのだと説明した。王様が仲介したことは隠したい様子。

 一方のカザン王子も、誰かの指示とか使いではなく、自ら用事があってここへ来たのだという。


「ラーナルトからの賓客は聞いていたが、私は若年ゆえ公的な場に参列できぬ身、挨拶が遅れ失礼した」

 頭を下げずに謝罪するのは、王族の礼儀だとフリューネから教わっている。

 第三王女のフリューネに対して向こうは第一王子、おまけに年上ということで、口調もけっこうラフだ。堅物系先輩キャラみたいな感じ。生徒会あたりにいそうな。

「こちらこそ、不躾ながら予告もなく訪れた身ですから」

 そのフリューネがにこやかに返す。


 それを眺めるファガンさんは、続いてこちらを見ると意味ありげに笑った。

 ――私に相手しろってことなんだろうなあ。


「あの、カザン王子」

「はい」

 私には敬語か。

 カザン王子は、たぶん十代後半、いっても18ぐらいかな。

 一方の私のガワは、20前後ぐらいに見えるらしい。


「私たち、ついさっきファガンさんに質問を受けてたところでして」

「それは、間の悪いところにお邪魔してしまいましたか」

「あ、いえいえ、そうではなくてですね。――あの、カザン王子は、私たちの近況とかお耳に入ったりしてますか?」

「それは、我が国を観光されていると」


 ふむ。

 大臣とかの悪行はキャッチしてないか。

 知らないふりしてるだけかもしれないけど。


「ステムナに関心を持たれているそうだ。幾度か襲撃を受けている」

 大臣を呼び捨てにするファガンさん。

 っていうか、あっさりと襲撃犯の親玉を口にしちゃってるよ。こっちがとっくに承知の上だと、例によって察してるのだろうけど爆弾発言すぎない?

 ほら、カザン王子が一瞬ぽかんとした後、歯噛みするような表情になってるし。


 ……しかしこの王子様は、ファガンさんと真逆で顔に出るタイプだな。これは、ほんとに知らなかったパターンか。


「公的に、謝罪できないことを私個人としてお詫びしたい」

 そう言って、カザン王子が今度は頭を下げた。


 焦るフリューネが反応するより早く、

「謝ることはない、かもしれんぞ」

 とファガンさんが口を挟む。


「どういう意味でしょう?」

 訝しげな王子に、

「それを聞こうとしていたところだ」

 と王弟閣下は口角を上げる。


「お前さん方――いや、レイラ姫、あんたは何が欲しい?」

 視線が集まる。

「権力か、財力か、人か、物か、繋がりか、断絶か――普通なら、どれだ? って聞くところだけどな」


 断絶以外ぜんぶ、って言いたいけどそれじゃ納得しなさそうだな、この人。

 一言一言に、私の反応を確かめてたし。

 しょうがない、ある程度正直にぶっちゃけるか。


「遊び場」

 と、私は答えた。

「遊び場が欲しいです、私は」 


 実に楽しそうに、ファガンさんは笑った。


「この国の中にか?」

「まずは」

 そう返すとさらに笑う。


 そしてファガンさんは、隣に座るカザン王子の肩を叩いた。


「この甥っ子は、父であり、俺の兄であり、この国の王である男を殺すつもりだ」

「叔父上!?」

 愕然とするカザン王子。

「そして自分が王になり、腐った連中を一掃する気だ」

 ぱくぱくと口を開け閉めする王子。


「喜べ、カザン」ファガンさんは言った。「仲間が増えたぞ」

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