既にフラグは踏まれている
「とりあえずは去ってくれましたね」
ミゼットさんたちの爆走が巻き上げる土埃が見えなくなってから、モカが言った。
「そうだね」
私は力なく同意した。
「でもまたいずれ来そうですよね」
「そうだね……」
「ここに小さな神殿を建ててレイラ姫が彼らを迎えるのも一興では? いずれこの周辺だけ気温がいくらか上昇する神気あらたかな聖地になるかもしれませんよ」
明らかに面白がってる顔でエクスナが言う。
「……私の知る地域では、神殿建立の際には地面に人柱を埋める風習があってね?」
「さあ、次へ向かいましょうか」
気を取り直して、観光を続けました。
そこからさらに1回、もはやスキップ機能が欲しくなりつつある襲撃イベントを突破し、数日後に私達は小さな村へ到着した。
もうすぐで夕方、というぐらいの時間帯なのでまだ進むこともできたけど、今日はここで宿を取ることに。
名目は観光だけど、本質は釣りなので、あまり速いペースで進んでもしょうがないのだ。それにこうやって人のいる場所に立ち寄ることで、王城で色々企んでるだろう人たちに居場所を伝えるという意味もあった。
「失礼、ラーナルト王国の御一行とお見受け致しますが」
ほら、こんなふうに宿の一階で夕ごはんを済ませ、食後酒を飲んでいる最中にお客さんが来たりもする。
正面からは珍しいけど。
ミゼットさんたちは角度的に正面だったけど、不意打ちに近かったし。
「失礼ですが、貴方は?」
椅子から立ち上がり、カゲヤが応対する。
お客さんは、身なりのいい生真面目そうな男性だ。
宿のなかに入ってきたのは彼ひとりだけど、外に数人の気配。
「バストアク王国近衛隊のゼファンと申します。食後のひと時をお邪魔し、誠に申し訳ありません」
「構いません」
座ったまま声を投げるフリューネ。
「近衛隊ということは、わざわざ王城からいらしたのでしょう? お急ぎのお話が?」
「火急というわけではありませんが、我々にとって重要ではございます」
ゼファンと名乗った男は、左手に下げていたブリーフケースみたいな木箱を軽く持ち上げてみせ、カゲヤに目配せをした。
簡潔に頷いたカゲヤは、黙々と食後酒を飲んでいたシュラノとエクスナを立ち上がらせ、離れたテーブルに移ってから3名で木箱を検めた後に蓋を開けた。
「手紙ですね。――拝見しても?」
カゲヤがゼファンに尋ねる。
「どうぞ」
木箱の内側は布張りで、高価そうなペーパーナイフも入っていた。それを使って封を切り、透かしの入った1枚の手紙を読むカゲヤ。
その気配が少し引き締まるのを私は感じた。
「部屋に戻ってお話したほうが良さそうです。……ゼファン様、申し訳ありませんがここでお待ち頂けますでしょうか」
「ええ、もちろんです」
朗らかにゼファンは答え、宿屋の店員にお茶を頼んだ。
例によって大部屋に全員集合してから、カゲヤが口を開いた。
「手紙はバストアク王からです」
「あ、そっち?」
てっきり襲撃犯たちの親玉が手を変えてきたのかと思ったのだけど。
カゲヤは手紙を私とフリューネがよく見えるように机へ置いた。
私も人族の文字を読めはするのだが、細かい言い回しや文脈の裏に隠された意図なんかを探るのはまだまだ勉強が足りないのだ。
「要約すると、寄り道のお誘いですね」
フリューネが頬に手を当てながら言った。
そう、手紙に書かれていたのは、観光地ではないけど行くべき価値のある場所をお勧めしたい、という内容だった。
末尾にはサインと立派なハンコが押されていて、フリューネとターニャが仔細に確認した結果、「王の直筆、印章も本物です」ということだった。
「わかるの? そんなことまで」
「はい、各国の王や高位の官吏は専用の色と香りをもったインクを持っているのです。これは間違いなくバストアク王のものでした。ちなみにそれらのインクを盗むのは本人と関係者およびそれらの家族までに及ぶ罪となります」
「へえー。じゃあフリューネたちはそれを全部覚えてるんだ」
「官吏については全員とまでいきませんが、王については。……お姉様にも覚えていただかなくてはなりませんよ?」
にっこりと笑うフリューネに、私は目をそらすことしかできなかった。
「ここからだと、3日ほどの距離になります」
手早く地図を確認したリョウバが言う。
「山地の、中腹ですね。確かに周囲はこれといった名所はないようです。大きな町も、貴族の別荘や軍事施設なども見当たりません」
「何があるんでしょう?」
首をかしげるモカに、
「何が――ではなく、罠かどうか、という点が大事です」
エクスナが手紙をじっと見つめながら言った。
「これは根拠のない、私の感想ですが、あの連中なら王の名を借りた手紙の偽造や近衛兵の派遣ぐらいは、やります。……ただ、自分たちの趣味、玩具を手に入れるためにそこまでするかと言えば、否定的です」
「レイラ姫および我々に、遊び以上の価値を見出しているということか?」
リョウバの問いに、
「それはまだないと思います……」と首を振るエクスナ。「襲撃犯たちの背後で観察していた連中も、漏らさず捕獲してきました。私だけでなくシュラノやレイラ姫にも手伝ってもらいましたから、『漏らさず捕獲したつもり』ではないと言い切ってしまいたいところです」
「では、彼らの罠ではないと?」
今度はカゲヤが口を開いた。
「んー、そんなふうに見えるんですけど……、でも『あの』バストアク王が動くほど私達が目立っているかと言うと、それもちょっと……」
今のバストアク王に関する周辺国の評価は、ざっくりまとめてしまえば『お飾り』という話だ。
実務面はすべて配下の人たちが行っている。
国民に強く慕われているとも言い難い。
なにか目覚ましい活躍をしたことも、素晴らしい能力があるという評価もない。
あるのは代々続く謎の恩寵に関する噂程度。
実際、目の前で会ったときも、率直な感想は「やる気なさそうな人だなー」だったし。
その後もしばらく話し合ってみたが、みんな意見は出しつつも元情報が少なくて決定打がない、という感じだった。
こうなると、視線は私に集まる。
ふっ、もはや慣れた展開ですよ。
最近ではこうした話し合いのとき、わからないことは聞くけども途中で意見は出さず、最後にみんなの考えを踏まえたうえで方針を伝える、というまさに上司っぽいことをするようになっています。
私は口を開く。
「手紙はあくまで『おすすめ』だから断って当初の進路をとってもいいけど、それだって事前に行ってみたいって言った場所とここまでの進路を踏まえれば、向こうにはほぼ筒抜けだよね?」
「そうですね」
エクスナが相槌を打つ。
「ならそっちに罠を張る可能性だってある、というかこれまで何度も刺客を放たれてるわけだし」
「そのとおりです」
「だったら、こっちはもとから餌を撒いて誘ってるわけだから、向こうがどういうつもりかわからないけど、たとえ罠でも手紙の場所にいったところで現状より悪くなりようがない、むしろ新しい展開に進める可能性が増えると思う」
「……ということは」
「うん、行きます」
フリューネに返答の手紙を書いてもらい、下で待っていたゼファンに渡す。
ちなみに彼女はまだ自分専用のインクは持っていないとのことだった。
「中にご返答は書いていますけれど、口頭でもお伝えしたほうがよろしいかしら?」
フリューネがゼファンに尋ねる。
ただのお使いではなく、断られた場合の説得や理由の誰何ぐらいは任されているはず――という気遣いである。
「そうして頂ければ有り難く」
「では、是非伺わせて頂きます、とお伝えくださいませ」
「承知致しました、必ず」
丁寧に礼を述べ、既に夜も更けているけれどもゼファンは外で待っていた人たちと馬に乗り、駆け去っていった。