狂信者をひとり見つけたら……
「えー、そのー、ミゼットガゼットさん?」
「はっ!」
「それが短名ですか?」
「いえ! 短名はミゼットになります! しかし女神の御使いたる貴方様にそのような略式の名乗りでは失礼に当たりますので!」
……よし、まずはこれだけお願いしないと。
「では、ミゼットさん」
「はっ!」
「すみませんが声、小さめでお願いします」
出会い頭に失礼極まりないとはわかってるけど!
さっきから耳キンキンするんだよ!
「……そもそもの事の発端を思えばよく言えるものですねと感心します……」
うるさいよ、エクスナ。
「――それで、どうやって私のところまでたどり着いたんですか?」
「もちろん、初めはあのご降臨です。あれを察知した我々は遅ればせながら現地へ赴き、そこに残った正しく神々しい御力と熱気の残滓を十二分に堪能し、そこから細く伸びた残り香を追ってここまで参った次第です」
警察犬か何かかこの人。
「……ねえ、同じことできる人だれかいる?」
パーティメンバーへ尋ねてみるが、全員首を振った。
「特定の神を強く信奉する者は、各地に残る降臨の跡を巡礼すると聞きます。そうした場所を数多く訪れるうちに、共通する何かを感じ取れるように精神が研ぎ澄まされていくとか、あるいは神が信仰心への見返りとして自身の痕跡へと導く見えない糸を信奉者へ結びつけるとか、諸説ありますが実例は存在します」
フリューネがそう説明する。
「そういうことなんですか?」
ミゼットに訊くと、
「そのとおりでございます!」
「すいません、声」
「はっ! 申し訳ございません!」
ボリュームのデフォルト値がそもそも大きいんだなこの人。
「つまりレグナストライヴァ様の力の残滓を追ってここまで来たと」
「はい。あの林の奥はまさに熱を司る女神の御威光明らかなる場所でございました。そしてそこから伸びていく大いなる御力の残滓! 初めは聖遺物を持った方があの場を去ったのだと思っておりましたが、こうして辿り着いてみればなんとなんと女神の御力をその身に宿された方がおわすことに気づき、ああまさかここで女神の眷属たる方へお目にかかることができるのかと! 我々一同歓喜のあまり溢れる熱意そのままに駆け寄ってしまい、お騒がせしたことまことに申し訳なく!」
喋りながらどんどん上がっていくボルテージとボリューム。
駄目だ、会話するだけでどんどん疲れるタイプの人だ。
手早く話を進めてしまおう。
「ええと、それで、私達に何かご用が?」
「いえ、我々は貴方様にお会いできただけで光栄至極にあれば! それ以上何も望みませぬ! むしろ我々の微力を捧げられるご機会でも賜ることができればと!」
ふむ、できることがあれば手伝ってくれると。
……どうしよう。
ぶっちゃけ、別にいらない。
いや確かに私達はこの国を奪うために協力者を求めていたわけだけど。
それはあくまでこの国の内情とか王城の構造とか政治工作とかに詳しい人らを探してたわけで。
見たところミゼットはレベル30ぐらい。他の人も10から20。一般市民に比べれば高いといえば高いけれど、今のパーティメンバーに比べちゃうと正直厳しいし。
あと、率直に言って、この人達とうまく協力できる気がしない。
だって絶対どっかで暴走するタイプだもん!
コントロールできそうにないんだよ!
あー、でも、こういう突発イベントで思いがけない情報とかヒントとか手に入ったりすることもあるよね……。
実はこの人がバストアク王国内での重要人物だったり。
「あの、ミゼットさんたちはこの国の生まれですか?」
「いえ、我々はコッド王国出身です」
「バストアクへは、私達を追って?」
「はい」
「この国へ来られたのは初めてですか?」
「ええ」
「どなたか、この国の伝手を辿られたのでしょうか?」
「いえ、まったく。おかげで入国には苦労しましたよ」
そう言って快活に笑うミゼットさん。
……情報源にはならなそう。
「コッド王国といえば、ラーナルトの東に隣接する国ですね。見たところ乗り物もないようですが、よくここまで……」
フリューネが多少の呆れを混じえた口調で言う。
「はい、それは辛く苦しい道程でした。ラーナルト南部は比較的平坦な地ですが、ローザスト北部やここバストアクは起伏が激しく特殊な地形も多く、はじめは200人以上いた仲間もひとりふたりと遅れてゆき、ついには我々5名まで減ってしまいました……」
「200!?」
そんなにいるの? この集団!
「ああ、もちろん遅れてはいるものの誰一人脱落してはいないと信じております! いずれは全員、貴方様の御許へ馳せ参じることでしょう!」
いらない!
――思わず口に出かかった言葉をがんばって飲み込みました。
……え? マジで? この暑苦しい人たちが、あと200人来るの?
やだ、そんなの御免こうむる!
よし、必死で彼らの矛先を変えるんだ私。今こそ回転せよ我が脳みそ!
「――女神レグナストライヴァが降臨されたとき」
そう口にすると、ミゼットはじめ5人の瞳がぎらりと輝いた。
「最後に、『面白い降臨だったぞ』とご評価頂きました」
おおっ――と5人がざわめく。
「どこが女神のお気に召したのかと考えるに、いくつか珍しきものを披露させて頂いたことが要因だったかと」
私自身の存在の珍しさとか、
シアを短名で呼んだこととか、
レベルアップ可能になるまでのやり取りと、その後の神獣戦とか。
「そして、『また機会があればその顔を見たいものだ』とも、仰って頂きました」
「なんと……!」
ちょっとミゼットさん、涙腺ゆるむの早くない!?
「またの機会、これがどのような意味を持つかは明白でしょう。かの女神は、珍しきものを所望されております」
「つまり、我々も何か珍重たる物品を入手すれば、それを献上できる機会が!?」
よしっ!
私は心のなかでガッツポーズを取りつつ、「なにも物品に限ったものではありません」と言った。そして隣にいるカゲヤに小声でお願い事をする。
すぐに、カゲヤは馬車から目的のものを取ってきてくれた。
薄いオレンジ色の石で作られた小箱である。
「これは、女神が降臨された地の遺物です」
うん、嘘はいってないよ。
レグナストライヴァには無関係な代物ってだけで、たしかにあそこで見つけたものだから。金色の狼がね。
箱から、例の紙を取り出す。
地図と似顔絵と文の書かれた紙である。
まさしく穴でも空けそうな眼力でそれを凝視するミゼットたち。
「ここに書かれているものは、明らかに何かを見つけ出すための手がかりです。あなた達がこの手がかりから目的のものを探り当てることができれば、女神レグナストライヴァのお気に召すかもしれません」
「――委細承知致しました!!」
万感の思いを込めたように、力の入った声がまた響き渡った。うるさい。
「我々『熱を司る女神レグナストライヴァ様を崇め奉り身も心も熱く滾らせることに余念のない者たちの集い』、必ずやここに記された情報から女神の求められるものを見つけ出してご覧に入れましょう!」
いや別にあの女神様が求めてるわけじゃないけど、それは言わないお約束。
万が一ほんとにこの人達がなにか見つけちゃったら、レグナストライヴァからもらった髪の毛をあげることにしよう。神獣の羽だっておまけでつけちゃう。
私はにっこりと微笑んでみせた。
「ええ、がんばってください。そうそう、ミゼットさんたちはまずここから引き返して、私達の居場所をめがけているという他の皆さんにもこのことを教えてあげてくださいね。しょせん私はただの眷属。私ごときを見るために全力疾走するよりも、女神のご意向に沿うべく人海戦術で各地を探される方が良いでしょう」
「承知しました! 貴方様を蔑ろにするわけでは決してありませんが! 確かに我々はまず何よりも女神様を優先すべき! では成果を持ち帰った暁には、あらためて総勢にてお目にかかります! それまで暫しお暇を!」
くそう、当面は回避できそうだけど、いずれは発生するイベントなのか!