ある種の防御無視攻撃
口の端に白い泡をこびりつけ、延々と所属する国家の情報を喋り続ける若い男。
「喋っている間は、手を止めてあげますからねー」
真っ暗な瞳で、口調だけは明るいエクスナ。
かちゃかちゃと動く、金属製の器具。
きれいに分解された、男の左脚。
そこへ集まってくる、小さな虫たち。
「――ぅあー……」
そこで目が覚めた。
最悪の寝起きだった。
「しばらくは夢に出続けそうだなこれ……」
馬車のなかでひとり、重たい息を吐いた。
でも、こんな様を仲間たちに見せるわけにはいかない。
特に、実際に手を汚させたエクスナには。
軽く両頬を叩いて、私は朝の身支度をはじめた。
襲撃犯たちについては、手足を縛り、目隠しに猿轡に耳栓までつけ、大樹の近くに転がしておいた。
4人とも、生きている。
その場所を示した地図をターニャが連絡用の鳥に結わえ、空へと放った。
「どこまで近くにいるかわかりませんが、この国の広さならば餓死する前に到着するものと思われます」
とアルテナが言った。
「たぶん間に合いますよ。こいつら、その手の訓練も積んでるはずですから。10日は水分すらなくても死にません」
エクスナが転がっている連中を見下ろした。
対立しているのは人族と魔族。
とは言うものの、人族の国家同士でも当然ながら色々ある。
故に、ラーナルト王国の間諜はこの国にも入り込んでいるということだった。逆もまたしかり、ではあるけれど。
私たちに必要な情報は昨晩のうちに収集したけれど、それで殺すのはもったいない――というフリューネの言葉によって、彼らの身柄はラーナルトへ引き渡すことにしていた。
それから、キャンプ場の後片付けを済ませ、馬車に乗り込み、ジュイメーヌ巨大樹林から帰路に立った。
片方の馬車に、私とエクスナ、フリューネとリョウバが集まった。御者台にはカゲヤ。
情報の整理を始めていく。
「王宮内の勢力図は私のいた頃と変わってませんね」
広げた何枚かの紙には、バストアク王国の役職図、組織図、人物相関図、構成人数、王城内の地図、特記事項などが記されている。
「今回の指示を下したのは、この中級官吏ということでしたが……」
役職図と人物相関図を示しながらフリューネが言う。
「間違いなく傀儡です。実際にレイラ姫を欲しがったのは……こいつでしょうね」
フリューネの示した位置からすっすっと指を動かしていき、ひとりの人物名をエクスナが指した。
「ステムナ大臣ですか」
「はい。簡単に言えば、加虐趣味の変態です」
……ゲームにはよくいるけど、リアルか……。あんまり会いたくないなあ。
役職図で言えば、王の次に偉い3人のうちに入っている。
組織図では、財政と人事を管轄。
「うわぁ、色々悪いことできそうな立場だね」
「……王族としては同意しづらいものがありますが、そのとおりです」
フリューネが微妙に眉をひそめる。
「はっきりいって、この国でこの位置にいる人間でこの手の趣味の持ち主なら、大抵の『遊び』はやり尽くしてます。並の美女ではそこまで食指をそそらないでしょう」エクスナはきらりと目を光らせた。「――ですが、レイラ姫は並の美形ではありませんし、あの会食で広めた情報、すなわち『どんな傷も治る恩寵』という特性は非常に魅力的に思われるはずです。いくらでも、何をしても、何度でも『新品同様に使える』のですから」
エクスナの説明に、御者台にいるカゲヤから微妙な気配が漂ってくる。
まあ、要するに、
私を餌にしているわけです。
釣りたいのは、この大臣だけじゃないけれど。
「……正直申し上げて、私はあまり高くない可能性だと思っておりましたけど、こうも早く動いてくるとは……」
フリューネがやや暗い声で言った。
「そんなもんですよ。他国の王族とはいえ遠く離れてますし、少数で危険もあり得る場所を巡るなんて、行方不明になったところでいくらでも誤魔化せます。ご承知の通り戦争になりにくい土地ですし、暗殺や諜報は名産品と呼べるぐらいの水準ですしね」
「……確かに、ラーナルトでも数名、そういった人材をこの国から買ったということは聞いております……」
そう、それがこの国の重要な『輸出』だという話だった。
さすがに中枢に関わるような場所には置けないが、問題のある領土へ送り込んだり魔王軍との前線で工作させたりといった用途では、各国で相当の実績を上げているのだとか。
そうした積み重ねで、バストアク王国の暗殺者や工作員は一種のブランド品となっているらしい。
「で、そういった連中の育成から派遣まで管理してるのが、このサレン局長という人物です」
エクスナはまた役職図の一箇所を指した。
続いて人物相関図に指先を移す。
「そしてサレン局長とステムナ大臣は、大の仲良しです」
「……なるほど」
お金と人員を掌握する大臣と、暗殺や裏工作専門の部隊を管理する局長がお友達。
「中盤辺りから顔見せしつつ嫌がらせしてきて、ラスダンぐらいまで引っ張るタイプの敵キャラみたいな立場っぽいね」
「またイオ――レイラ姫独特の意味不明な言葉が出ましたね」
もはやエクスナは慣れたものでスルーしている。
「とにかく、この2名がバストアク王国奪取に際して最大級の障害になると思います。まずは向こうが我々――というかレイラ姫に目をつけたようなので、しばらくは計画通り相手をしてやりましょう」
「了解」
「さっきからそこでニヤニヤしてるリョウバはなんか意見ありますか?」
馬車内の片隅に背を預けてこちらを見ている彼に、エクスナが口を尖らせた。
「ああ、実に麗しい光景だと見とれていた」
「本気で馬車から蹴り落としますよ?」
「冗談ではなく本気だ」
「こっちの台詞なんですが」
「そうだな、私もカゲヤと同じく、レイラ姫を敵の歯牙にかけさせるような計画は反対なのだが、ご本人が乗り気である以上は全力でお守りするのみだ。許されるならば我が身を呈して危険な一撃から庇い、致命傷を負ったところを膝枕され、美しい涙を受けながら永遠の眠りにつきたいと思っている」
「甘い声で気持ち悪いこと言うんじゃないですよ。そもそもあなたよりレイラ姫の方が何倍も頑丈なんですから盾になっても無駄死にです」
「そう、私が懸念しているのはそこだ」
「はい?」
「確かにレイラ姫のステータスは存じているが、昨日あったように苦手なところを突かれる可能性はある」
「うっ……」
なんだろう、頭が痛い、何も思い出せない。
「この人物は、早めに対処した方がいいのでは?」
身を乗り出したリョウバが示すのは、特記事項が書かれた紙。
箇条書きでいくつか並んでいるうちの1行には、こうあった。
『王城内に、昆虫の軍事利用を研究する変わり者がいる』