暗部の本領
多少の拷問シーンがあるため、苦手な方はスキップ推奨です
左奥歯に被さっているのは、毒の結晶を挟んだ硬い詰め物。少し噛み合わせをずらさないと砕けないようになっているらしい。
右手の爪は鋭く研がれ、そのうち2本はこれも有毒の液体が塗られており、
左手の小指は作り物で、空洞の内には針が。
右目も義眼で、中には謎の薬が3種類6粒。
二の腕の皮膚を強く押すと埋め込まれていた極薄の刃物が飛び出てきて、
「――え、足の指も?」
靴を脱がせているエクスナは、こともなげに頷く。
「この靴自体に刃物が仕込まれてますので、足の爪先は主に自害用です。だから苦痛の少ない即死毒を塗ってます」
「足の爪で?」
「私もできますよ。つま先を曲げて足の裏をつつけます」
「嘘でしょ!?」
「できるようになるまでが地獄の特訓でした……」
どこの地黒中国拳法家ですか。
と、まあ、こんな感じで、
装備と服を剥いだうえでなお、これだけの殺傷力を秘めている襲撃犯たちだった。
男が3人、女が1人。
全員、別々の巨木に縛りつけてある。
お互いが見えないよう、位置を離して。
やがて、ひとりひとりが気絶から覚めていく。
すごいのは、全員目を開けないし、ひとりを除いてぴくりとも身体を動かさなかったこと。
普通の人なら、まだ気絶したままだと思うことだろう。
彼らにとっては残念なことに、私は普通の眼球じゃないし、エクスナは普通の洞察力じゃない。
しかし、早々に候補者が出てしまった。
「念のため、ひとりずつ確認しますよ?」
「……うん」
エクスナは小刀を抜いた。
例の防御無視特性をもった針ではない、普通の小刀である。
魔王城から出発する際に、各自がもともと持っていた装備とは別に、ある程度の武具を融通してもらっている。そのなかの一振りだ。だから正確には普通ではない、だいぶ上等の小刀ではある。
まず、最初に私を襲ってきた男の前に立つ。
あのとき私の首を締めたのは、細いが頑丈な紐だった。
細いといっても、どこぞの仕事人が使うような皮膚を裂くほどの細さではない。つまり、私を殺すのが目的ではなかった可能性が高い。
……が、ギルティであることは変わらない。
エクスナは口を開かず、無造作に小刀を振るった。
ぺとり、と男の左耳が落ちた。
「――――」
男は反応しない。
鮮血が飛び散る。
私は目を背けず、その様子をじいっと眺めていた。
「どうです?」
エクスナが尋ねる。
男の気配は、乱れなかった。
冷たく、硬く、引き締まっている。
たぶんこれは、覚悟と呼ばれるものなんだろう。
「うん、わかった。次に行こう」
と私は答えた。
2人目、3人目も同様に。
3つの耳が落ちた。
そして4人目。
気絶から覚めたとき、わずかに身体を動かした男。
まだ若い、たぶん私よりいくつか下。浅葱色の髪を坊主に近い短さまで刈っていて、細身だが筋肉質で日焼けした見た目は、どこかの高校球児とかみたい。
私たちが目の前に立った時点で、男の気配は乱れ始めていた。
エクスナの腕が振るわれる。
「――――っ!」
悲鳴に近い、息が漏れた。
私もエクスナも、その様子を観察している。
「演技ではないように見えます」
「……うん。すごく乱れてる」
かろうじて無表情を保っている男の発する気配は、たぶん警戒とか敵意とか後悔などと呼ばれるもの、そしてそれらよりずっと大きな、恐怖の色をしていた。
「……では、こいつで決まりですね?」
「そうだね」
エクスナは、胴体とは別のロープで縛っていた男の右腕だけを解放した。
気絶したふりは諦めたらしく目を開き、疑念にあふれる眼差しでこちらを睨む男。
「こんばんは」
エクスナは、ほがらかな声でそう言った。
「…………」
男は、黙り込んでいる。
「ああ、耳が聴こえないんですね。じゃあ反対のも切り落としちゃいましょうか」
ぴくり、と男の肩が動く。
「……聞こえている」
かすれたような低い声が流れ出た。
「よかった。ではあらためて、こんばんは」
「ああ……」
さく、
と小刀が男のふくらはぎに刺さった。
「くっ……!」
「こ、ん、ば、ん、は」
ぐりぐりと小刀をねじりながら、エクスナは3回目の挨拶をする。
「こっ、こんばん、は……」
額にうっすらと汗を滲ませ、男は言葉を返した。
「はい、挨拶ができたところで、初対面ですし握手でもしましょうか」
と言ってエクスナは右手を――小刀を持ったままの右手を、男へと差し出した。
つばを飲み込むかすかな音が、男の喉から聞こえてきた。
「あれ? 握手できないんですか? じゃあせっかく自由にしたその腕を――」
「っ……!」
歯を食いしばり、男は右手を伸ばした。
エクスナが差し出した小刀の、半ばあたりを掴む。
「えー? なんか力弱いですね」
その言葉に、男の額に青筋が浮かぶ。
そして、ぐっ、と刃を掴む手に力が込められた。
「そうそう、力あるじゃないですか。ではよろしくお願いします」
そう言って、エクスナは握手した腕をぶんぶんと振った。
「くぅ……」
男はどうにか刃を離さないでいるが、今の拍子に皮膚が裂け、ぽたぽたと血が流れだしていた。
そのまま、エクスナは会話を続ける。
「あなたは、まだ見習いですか? それとも単なる落ちこぼれ?」
「……実地訓練中だ」
「他国の王女誘拐なんて重大任務に?」
「…………」
男は押し黙る。
「ふうん」
ひゅっ、とエクスナは小刀を引き抜いた。
「っぁあああああっ!」
ぼとぼとと、男の指が落ちた。親指を除いた4本。
血に濡れた刃を男の頬でていねいに拭いながら、エクスナは質問を続ける。
「人手不足? 準備不足? それとも、たいした任務じゃないと上が考えている?」
「じっ……、時間が、無かったっ……。山小屋から、知らせが来て、近くにいたのがこの4人しか……」
「なるほど、準備不足でしたか。おかげでこちらは情報を手に入れられるわけですが」
「……っ、は、はやっ、早く殺せ!」
青ざめた顔で男は言う。
「はいはい、よくがんばって言えましたねー。でもただの挨拶でその言葉を出す時点で、程度が知れちゃってますよ」
小刀を脇に置いたエクスナは、背中に斜めがけしていたバッグを外した。
厚手の布を巻物のようにしたそのバッグは、くるくると地面に解かれ、中身を男の眼前に広げた。
薬品。
包帯。
火種。
そして様々な、金属製の器具。
男の歯が、かちかちと鳴り始める。
「ちなみに、仲間にはもっと色々薬を持ってて詳しい方とか、回復術を使える方もいますからね。長い夜になりますよ。おはようございます、が言えるまでがんばれますかねー?」
エクスナは、表情筋だけで笑顔をつくってみせた。




