パニックのち襲撃
どうにかこうにか、シュラノやフリューネたちが留守番していた馬車のところまで戻ってこれた。
そこまでになにがあったのかは思い出したくありません。
「ちょ、レイラ姫これなんですか!? なんかすごいじわじわと来るんですけど! じりじりするんですけど! こんなの耐拷問訓練にもなかったですよ!?」
なにがあったのか思い出せないけど、とりあえずエクスナには日本の作法である正座というものを体験してもらっています。
「少し手前に川がありましたね。ひとまず、色々と汚れを落としましょう」
さすがに疲労の滲んだ声でリョウバが言う。
「うえぇ、髪に羽とか脚とか絡まって……」
モカもうんざりした顔をしている。
私も似たようなもので、鱗粉とか体液とか破片とかが身体のあちこちにこびりついていた。
特に左右の手がひどい。
蚊でも叩いたのかな?
うん、たぶんそうなんだろうね。
「あの、何やら凄まじい物音がしていたのですが……、そんなに凶暴な獣が?」
フリューネの言葉に、
「――――」
おや? なんだかみんなからの視線を感じますよ?
「ああ、それはレイラ姫が泣きわめきながら大暴れされたからですね。というのも姫の頭上に――」
「ていっ」
「いいいいいいぃぃぃぃっ!?」
正座しているエクスナのふくらはぎを軽く蹴ると、彼女は悶絶した。
「なっ……、なんっ、これ……! しびれ……」
「え? どうなってるんですか?」
研究者としての好奇心か、モカが興味深そうに彼女の側にしゃがみ込む。
「モカっ? いやちょっと待ってくださいとりあえず今は触らないで――」
「脚? この座り方に何が?」
ふに、と彼女の脚を掴むモカ。
「――――――っ!!」
もはや言葉にならない悲鳴を上げ、酸欠でぱくぱくと口を動かすエクスナだった。
女性陣から先に川で身体を洗い、舗装道の終点にある崖沿いの広場でキャンプを張った。
もはや慣れたものである。
意外と器用なシュラノがかまどを作って火を焚き、エクスナとターニャが料理の準備をし、カゲヤとリョウバがテントを設営する。
テントは大中小の3つ。小にカゲヤ、中にシュラノとリョウバ、大にモカ・エクスナ・アルテナ・ターニャ。私とフリューネはそれぞれ馬車で眠る。馬車の方がマットレス等が完璧で寝心地がいいのである。
はじめのうち、フリューネはテントで十分だと恐縮していたのが、リョウバをはじめ魔王軍の誰も嫌な顔をせず、遠慮するなと言ったので最近はずっとこの割り振りである。
――地球にいた頃、学校行事や友達との旅行で何度かキャンプしたことはあるけど、正直言ってあまり好きではなかった。暑いし、煙いし、意外と夜は虫や鳥がうるさいし、誰かがいびきかいたり、なによりゲームやる時間が減るし。
けど、この世界で宿屋に泊まる時以外は基本的にキャンプな生活をしているわけで、大変だろうなあと出発前に想像していたものだが、これが意外と楽しかった。
仲間たちの手際がいいというのももちろん大きいけど、この身体の性能にも支えられている。
キャンプには体力がいるのだと、実感していた。
さて、体力のもととなるのは食事だ。
かまどの隣で下準備しているエクスナの近くへ行く。
「今日は何つくるの?」
「さっきの収穫で、鍋をつくります」
「――さっき?」
「はい、コレとかコレとか」
そう言ってエクスナが麻袋の口を開けたその中には、
大量の――
「ねえエクスナ、さっきの正座にはギザギザにした板の上で行うっていう上級者版があってね?」
「なんですか急に!?」
――その後、話を聞いたところ、どうやら昆虫食は一般的なことらしい。
「生きてるのは苦手でも、食べるのは平気だと思ってました……」
うん、食文化の違いって重たいよね。
「というか、今までの食事でも姿そのままのはなかったにしろ、材料としては何度か――」
「ストップ」
私の記憶に、また欠落が生じてしまった。
どうにか無難なメニューも用意してもらった夕食を終え、私はひとり夜の森の中を散歩していた。
記憶にないナニかが潜む森の奥ではなく、手前の崖沿いをである。
バストアク城は既に遠いので街明かりは少ないが、月と星が出ているので見下ろす景色はなかなか雄大できれいだった。
樹の形、岩の形、道の舗装の仕方、街道沿いの柵の形、点在する建物――それらがそれぞれ、微妙に地球のものとは違いを出していて、外国ではなくやはり異世界にいるんだなという気分にさせられる。
立ち止まり、そんな眺めを鑑賞していると、
しゅるりと、
首に何かが巻き付いてきた。
そのまま、一瞬で締め上げられる。
「ふっ」
が、即座に首に力を込め、前転するように身体を丸めた。
――崖の方向へ。
「っ!?」
動転する気配が背後に広がり、そしてその気配の持ち主が私の背中を越えて崖へと投げ飛ばされた。
余計に首が締まったが、背後の人物が私の頭上を越えたあたりでその力も弱まった。
「ほっ」
崖下へ落下する前に、その人物の腕を掴む。
まるでリ○DのCMみたいな構図になった。
しかし相手をよく見ようとする暇もなく、また背後から別の気配――ごくごくひっそりとしたものだが――3人分の敵意が襲ってくる。
私は慌てずタイミングを計り、
掴んでいた宙吊りの相手を、背後へフルスイングした。
――鈍い衝撃音。
まとめて巨大樹に激突した連中と、私が掴んだままの相手、計4人からの気配は、すっかり消え失せた。
……よし、誰も死んでない。
気絶しただけだ。
「お見事です」
すっ、とエクスナが姿を見せた。
気絶した連中と違い、こちらは微かな気配すら察知できなかった。
例の恩寵を使っていたためだ。
「どれどれ、お顔を拝見」
手際よくロープで拘束してから、ひとりずつ髪を掴んでその顔を確認していくエクスナ。
「……んー、知らない顔ばっかですね。まあ、消耗激しいですから……。それじゃ、レイラ姫」
「うん」
「尋問のお時間です。――戻ってもいいんですよ?」
「大丈夫」
と私は首を振った。
「私が見聞きしないといけないことだから」