表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/285

再び向こう側へ

 金曜の夕方。

 私はまた、あの廃ビルの二階にいた。


 例のスライムは相変わらず部屋の中でぷるぷるしており、傍らに置いた金の延べ棒もそのままである。

 何も知らない人が見たらどう思うかな、この場所。


 金の延べ棒は、あと19本ある。

 

 一昨日の換金率を元にすると、ざっと4,800万円。


 4,800万……。


 就活という言葉が私から遠ざかっていくのを感じるが、あくまでこれは一時の稼ぎで生涯年収には程遠いと、何度も自らを諌めたものだ。


 けれど、まあ、これだけ貰ってしまっては、あの妙な世界にまた行くということぐらいの義理、軽いものである。

 私は胸元に下げているネックレスのトップを持ち上げ、三角形のそれを、蓋を開けるように捻った。


 カチリと、三角形の銀細工が表裏で逆回転し、六角形になる。

 中央の小さな赤い宝石が、うっすらと輝きを増した。


 すぐに、部屋の一角が歪み、あの黒い穴ができる。ただ前回のバスケットボール大よりも、かなり小さい。手のひらに収まりそうな、ピンポン球ぐらいの大きさだった。


 そしてスライムの揺れがぴたりと止まり、急激に形を変えはじめた。

 縦に伸び、一部がくぼみ、一部はさらに伸び、色を変え、質感を変え……。

 あの説明ベタな靄のことを思い出すような動きだった。


「――長い。もう来ないかと思った」


 魔王が、再びスーツ姿で目の前に降臨した。


 こちらではまだ2日しか経ってないのだけれど。やはりあちらの方が、時間の流れが早いらしい。


「あの、これ、一応持ってきたんですけど」


 そう言って、私はカバンから乾電池のパックをいくつか取り出した。


 魔王は嬉しそうな表情になる。


「おお、有り難い。なくなりそうだったが……、しかしながら言わないで持って帰るとバランがうるさいんだ……。私は欲しいんですだが」


 ずいぶん日本語が流暢になっていた。最後だけちょっと敬語が残っているが、口調も随分と『らしく』なってきている。


「じゃあ、いったんここに残して、向こうに行ってから次んとき持ち込んでいいか聞きましょう。……けっこう電池も渡してあったと思うんですけど、もう残り少ないんですか?」


 どんだけゲームやってるんだ魔王様。そういえば渡したとき電源の入れ方とか、最低限のことすら教えてなかったんだけど、大丈夫だったのだろうか。

 ……うん、大丈夫だろう。説明書は絵が豊富だし、緑髪の男は最後の方ひらがなカタカナは普通に読めるようになってたし。使い方がわからずゲームの前で悶々とする男2名の絵面なんて想像したくないし。


 未練がましく電池に眼をやっていた魔王は、じきに諦めたらしく、私に向けて手をかざした。


「あ、ちょっと待ってください」


 私も手で制しながら、部屋の角に銀マットを敷いてそこに寝そべり、ブランケットを身体にかけた。


 前回はいきなりだったが、この場所に私の抜け殻が放置されるとわかっている今、最低限の保温対策はしておかなければならない。

 ……野良猫とか野鳥とか虫とか虫とか虫とか、そういうのは気にしない。気にしたら向こうへ行けなくなる。


「じゃあ、お願いします」

 

 魔王は頷き、再び私に手をかざした。


 例の引っ張られる感覚が押し寄せてくる。


 今、私はこの人間の身体から魂を引っこ抜かれているのだと、三回目にして自覚する余裕が生まれた。


 魂だけの私は、魔王の魂へと吸い込まれ、あの巨大な銀河のような渦――魔王の魂に内包されている力の坩堝――に混ざってしまわないよう、手前で制御される。

 そして魂だけとなった魔王と私は黒い穴を越え、向こうの世界へと渡り、私の魂は魔王から抜け出て――、


 3日ぶりの、顔はエルフで首から下はオートマタみたいな身体に乗り移った。


 例の遺跡みたいな転送装置が置かれた部屋の、壁際にあるポッドに私は横たわっていた。


「お待ちしていました、イオリ様」


 緑髪の男――バランザインがうやうやしく礼をする。


「あ、こんにちは。いやえっと、待たせるつもりはなかったんですけど、こっちの方が時間が早いみたいで」

「ええ、前回、魔王のお戻りが遅かった際に予想はしておりました」


 こちらも実にこなれた日本語である。

 しかし、


「あの、魔王って、いいんですか?こないだ私がそう翻訳しちゃっただけですし、失礼じゃないですかね?」

「私は気にいっているぞ」


 その魔王自身がこちらに歩いてきた。


「さっそく、イオリ、教えてくれ。どうしても途中で全滅してしまう」


 そう言って魔王は私に携帯ゲーム機を見せてくる。


 幸いというか、私もこないだクリアしたばかりのRPGなので、それがどの場面でどういう状況なのかは見てすぐにわかる。

 ゲーム機を受け取り、メニュー画面を開いてステータスやアイテムをざっと確認する。


「……いや、なんでMPゼロなんですか。あとレベル低すぎ。……そして、現実でこの言葉を使うとは思いませんでしたが……、いいですか、武器は装備しないと意味がありません」

「待て、そう一気に言うな。少しずつ分かれるように教えてほしいのだが」


 別れる?――ああ、わかるように、か。

 日本語が上達した分、ちょっとの間違いで誤訳してしまうな。


「――魔王様、まずはお部屋へ……」


 どこか呆れたようにこちらを見るバランザインだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ