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バストアク王国 馬車でゆく名所巡りツアー


「ほんとに持ってたんですねー、恩寵」

 揺れる馬車の中で、エクスナは眼を丸くした。

「うん、噂通りだった」


 バストアクの王は、代々受け継がれる特殊な恩寵を有している。

 その噂自体は、バストアク国内のみならず周辺諸国にも知れ渡っているものだった。


 けれどその実態を知る者、見た者はいない。

 

 2百年以上前の王が発動したのが最後だという。

 そのときに何が起きたのかも、やはり噂止まりである。


 敵を瞬時に滅ぼしただとか、

 猛烈な災害を引き起こしただとか、

 あるいは王の威光が国内全てを覆ったのだという漠然とした話もあれば、

 恐ろしさに皆が目を背けたので誰も何も知らないという落ちもある。


 長い年月でだいぶ誇張されたんだろうけど、大規模な効果のある恩寵なのかもしれない。


「私たちは少数ですから、仮にその恩寵が広範囲に被害を齎すのだとしたら、周辺被害と天秤にかけて出し惜しんでくれないでしょうか」

 モカの問いに、エクスナは腕を組んで少し考える。

「……何代もの王が使わないまま後継した理由もそうなのだとしたら、可能性はあります。ですが我々はこの国を乗っ取ろうってわけですから、最後の最後には使われるものだと思ってたほうがいいですね」


 がたん、と馬車が大きく揺れた。


「申し訳ありません」

 御者台のカゲヤが謝る。


「平気。道、悪くなってる?」

「ええ、ですがもうすぐ到着します」



 ――冒険者も多く訪れるというこの国の名所を、巡らせて頂ければと。


 先日、バストアク王、セイブル27世との会談でフリューネがそう申し出ると、王は快く頷いてくれた。

 そして帰り際、官吏っぽい人から封書をもらった。

 宿に戻って開けてみると、私たちの訪問に対して融通を図るようにという王の一筆と、その書状が通用する場所、しない場所が列記された用紙が入っていた。


「こちらの一覧は、さすがに王の直筆ではありませんが――」そのリストを見ながらフリューネとエクスナが顔を突き合わせた。「相当な便宜を図って頂けるようです。それこそ並の商人や冒険者と呼ばれる者たちがよだれを垂らしそうな程度には」

「へー、まずは気に入ってもらえたのかな。フリューネがんばって話してくれてたし」

「……それは、何箇所かまわってみれば、分かるものかと思います」

 フリューネは曖昧に笑った。


 その意味は、私にもわかる。


 なお、王城でのパーティでは、貴族たちから後日また彼らの邸宅や庭での似たような催しをするからと誘われまくった。

 とりあえず、この国を観光してまわるからと、直近のものだけ招待を受けた。それでも昼と午後と夜、それが3日で計9回。

 

 気疲れしました。

 そりゃもう激しく。

 

 が、これで仕込みは完了。

 そうして私たちは4日目の朝に城下町を出て、各地の名所を順に見ていこうというわけで。



「――到着しました」

 カゲヤが馬をとめ、私たちは外へ降りた。


「おおー」

 そこは、森の入口だった。


 ただの森ではない。


 テーブルマウンテンというのだったか、周囲の地面からそこだけせり上がり、台形の山になっていて、その上に森ができている。

 

 その森が、とんでもない。

 木の1本1本が、とてつもなくぶっといのだ。

 ここからではまだ距離があるけど、それでもサイズがおかしいのがよくわかる。


 昔、旅行で見た屋久杉よりもずっと大きな、直径10メートルを越えていそうな巨木がそこかしこに天高く伸び、景気よく葉を茂らせ、根を張っているテーブルマウンテンの幅よりもずっと広く伸びている。


 わかりやすく言おう。


 超々巨大なブロッコリーみたいだった。


「ジュイメーヌ巨大樹林です。戦地になったことのないバストアク王国の象徴のひとつで、太古より成長し続ける樹々が広がっています。一説にはあの変わった山の内部に特殊な鉱物が眠っていて、その影響でここまで樹が育ったのだとか。ですが調査しようにも頑丈な根が邪魔でできないそうです」

 エクスナの解説を聞きながら、馬車を降りた私たちは道の端へと向かった。

 ジュイメーヌ巨大樹林へと続く一本道の途中には、堅牢な門が設えてある。道の左右は荒れた岩場や沼地が点在していて、とても馬車では進めない。

 門の脇に見張り台と小屋が並んでいて、小屋の壁には受付らしき小窓とカウンターがついていた。


「いらっしゃい。通行料はひとり700カラル。この門から以外の出入りは危険だからお勧めしないよ。明日の夜までに戻ってくれば出ていくのはタダだけど、それ以上かかるなら1日ごとに400カラル追加だ」

 いかにも山男という感じのおじさんが言う。

 

「えーと、こんなんあるんですけど……」

 王からの書状を見せる

「ん? ……なぁっ!?」

 おじさんはえらく驚いていた。

「ちょっ、おい、これ見ろ!」

 その背後、小屋の中で書類仕事をしていた他の職員に見せびらかすおじさん。

 見せられたその人達も目を丸くし、「いや何してんだ! 早く早く対応!」とそのうちひとりが慌てておじさんを追い返した。


 我に返ったおじさんも急いで窓口に戻り、

「こりゃあ、失礼しました!」

 と頭を下げ、書状を私の手に戻し、そのまま小屋を飛び出て門へと突っ走っていった。


「……すごいね、これ」

「レイラお姉様、せめて見せる前にひとことふたこと、身分と目的、それに書状について説明するのが礼儀というものです」

「……ごめんなさい」


 妹に叱られる姉。

 ちなみにこの国にいる間は、念のため姉妹モードを崩さないことにしていた。


 だからなのか、フリューネの王族マナー講習、今までよりだいぶ厳しくなってきています。


「もしかして、なんですけれど、会食や夜会で無言を通し続けられたせいで、このまま言葉遣いに関する礼法を不要だと切り捨ててしまわれるおつもりでしょうか? ねえ、お姉様?」


 怖い! うちの妹が怖い!


「やだなあ、そんなことあるわけないじゃない?」

 フリューネは目を細め、声を潜めた。

「……レイラお姉様の仮面を被り続けるのなら、せめて人目のあるところでは無言を貫くか、よく吟味した言葉を発するようにして頂けますでしょうか。今、完全にイオリ様の口調ですよっ」

「ど、努力します……」



「今は中に5組もおりませんから、ゆっくりできると思います。どうぞお気をつけて!」

 再び馬車に乗り、門を抜けていく私たちをおじさんは威勢よく見送ってくれた。


 門の先は一本道で、そのまま山道へと続き、そしてあの巨大な森へと入れるようになっている。

「ここって、他の人達は観光をしに?」

 エクスナに尋ねる。

「そうですね、一般人はこの舗装道が続くところまで見て回り、おしまいです。終点は断崖になっていて、そこからの景色もなかなかですよ。でも一部の人は舗装がなくなった森の奥まで行ったりします」

「あ、なんかあるんだ?」

「せっかくなので教えません。どうせですから素直に観光しましょう」


 平坦な道を抜け、さほど急ではない山道をゆく。リョウバとカゲヤは御者台から降り、馬の隣を歩いている。

 2頭立てとはいえ、馬の息は荒くなっている。

 もうだいぶ長旅なので、馬たちにも愛着が湧いている私である。


「私も降りて馬車引けば早いと思うけど」

「お姉様?」

「冗談ですことよ、かわいい妹」


「あー、先日の恐怖が蘇ります……」

 エクスナが遠い目になった。

「楽しかったじゃん、あの夜のお散歩」

「たしかに山頂ではだいぶ気が休まりましてお礼を言うべきだったんでしょうけれど、帰りもあるってことを忘れてましたよあのときの私……」

 

 あの日。

 夜の山頂でエクスナとなかよくお話した帰り。

 行きと同じようにエクスナを小脇に抱えた私は、標高200メートルぐらいの断崖から軽々とジャンプしたのだった。

 フリーフォールとか目じゃないレベルのアトラクションだったと思う。

 

 エクスナはまるでギャグ漫画のキャラかのような悲鳴を上げていた。

 

 そして宿に帰るなりモカのベッドに潜り込み、「死ぬかと思いました死ぬかと思いました……」と呪文のようにつぶやき続けていた。


「はあ、今日は平和ですねえ……」

 馬車の外、穏やかな午前中の陽光を浴びる風景を眺めながら、

「レイラ姫、森の奥に何があるか、楽しみにしていてくださいね」

 ニヤリと笑った。

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