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夜のお散歩(感じ方には個人差があります)

「――では、方針もだいたい決まったところで、今日はお開きとしましょうか」

 司会交代したリョウバが、そういって場を締めにかかる。

「ええ、随分話し込んでしまいましたし、下へ降りて何か飲みたいですね」

 同じく司会補佐的な立場となっていたフリューネもやや疲れた様子ながら満足した表情である。


 バストアク王国攻略に向けて長々と話し合い、既に夜も遅い時刻になっていた。


「……次に私が料理するときは前回以上の激辛をお見舞いしてやりますからね……」

 充足感にひたっているリョウバとフリューネとは対象的に、エクスナは地の底から這い出るような声を出した。

 

 エクスナが最初に出した案について、このふたりから壮絶なダメ出しをくらい、最後の方はほんとに泣きそうになり、司会の座も奪われ、最後にはベッドに座っている私の背後に隠れて唸り続けるという哀れな有様になっていたのだった。


 なお、エクスナに次々と向かう論破の勢いに怯えたらしく、途中からモカも私の左隣にぴったりくっついていた。

 うん、頭良くて口も達者な人の理詰め攻撃って、実際怖いよね……。


「あれ以上の、辛味……」

 捨て台詞にも似たエクスナの言葉に、アルテナだけは妙な期待をしているようだった。……だんだん変な方向にキャラ立ってきてないかな?



 もちろん、初心者同士の模擬ディベートじゃないので、ガチでエクスナが凹んだり喧嘩じみた空気までにはなっていない。

 私の後ろで威嚇してるのか泣いてるのか微妙な唸り声を上げてるのも、そういう場のノリに合わせたポーズみたいなものでもあったし。……あったんだよね、そういうことにしていいよね?


 が、それはそれとして、ここ数日のエクスナはなんだか妙な雰囲気である。

 何か具体的に口に出してはいないが、もやもやしているというか、皆の様子を伺っているというか。


 なんとなく、早めになにか動いたほうがいい気がする。

 そうだ、私はリーダーなのだ。決してマスコットとか和ませ担当とかの立ち位置ではなく!



 宿の一階でお酒や夜食をとってから、それぞれ部屋に戻って寝支度を始めようとする。


 が、その前に

「エクスナ、着替えるのちょっと待って」

「はい?」

 私は彼女の肩を軽く叩き、笑いかけた。


「夜のお散歩しようか」

「はい?」


 ひょいっ、とエクスナの小柄な身体を小脇に抱える。

「……はい?」


 窓を開け、宿の3階から地上へジャンプ。

「のわぁっ」

 悲鳴を上げるエクスナ。

「イオリ様!?」

 慌てるモカに、

「ちょっとしたら戻るからー」

 そう声をかけながら着地。


 夜闇に包まれた周囲を見渡し、

「――やっぱあそこかな」

 村の近くにそびえる険しい岩山を見た。


「ちょっ、イオリ様、急になんですかっ?」

「あ、喋んないほうがいいよ、舌噛むから」

「へっ?」


 岩山へ向かって、ダッシュ!

 途端に風圧が襲いかかってくる。


「ぃぃいいいいいっ!?」

 くぐもった悲鳴を上げるエクスナ。


 みるみるうちにその麓までたどり着き、今度は大ジャンプ!


「ぎゃあああああぁぁっ」

 一瞬で地表が遥か下方へ遠ざかり、さっきより真剣味を増すエクスナの悲鳴。


 何度かの連続ジャンプで、私たちは岩山の頂上へと到着した。

 ゴツゴツとしたむき出しの岩場で、そんなに広くはない。平らな場所だけならさっきまでいた宿の部屋より狭いぐらいだ。


「……い、イオリ様……、いったい、なにを……」

 私が解放した途端、ぐったりとその場に両手をついて崩れ落ちるエクスナ。

「だから、深夜のお散歩」

「いまのアレが、散歩だと……?」

「あ、酔っちゃわなかった?」

「命の危険を感じていたので、とてもそれどころでは……」

「そっか、よかった」

「……今私たち、同じ言葉で会話してますよね?」

「まあまあ」


 エクスナの両脇に手を差し入れ、ふたたびひょいっと持ち上げる。

「ひぃっ」

 怯えるエクスナ。

 私は手頃な岩に背を預け、彼女を降ろして、私によりかからせるように、後ろから両手で軽く抱きしめた。


「え?……お?」

「へへー、すごいなかよしな感じだよね」


 夜の山頂で、ふたりきりで密着状態である。


「えっ、ちょっと……え?」

 どうやら、だいぶ混乱している模様。

 スキンシップに慣れてないのかな。

 そういえば、普段からよく笑うしよく話すけど、こうやって触れてきたりはしないしな。白嶺で暖を取るために抱き合って眠った時ぐらいか。あの時も私が実際やるって言ったときは、自分から申し出てたのになんだか慌ててたし。


 至近距離から彼女を見下ろす。


 私より頭ひとつ低い身長。

 星あかりにうっすら光る金髪。

 細い身体。ちょっと高めの体温。


「――うん、ここからだとよく見えるね」

 そう言って、私は眼下に広がる景色を指で示した。


 この世界はコンビニどころか街灯も要所々々にしかないので、夜はほんとうに暗い。雲が出ていると指先が見えなくなるぐらいのことだってある。


 けれど、私が指した方向、まわりが闇に沈むなか、そこだけ明かりの密集した一角があった。


 バストアク城。

 不寝番もいるのだろう、篝火があちこちに焚かれ、いくつかの窓はまだ内側の光を漏らしている。


 村の宿からは高くそびえる様が見物できたが、さすがにここからだと随分下の方に見える。


 エクスナもそちらを見る。

 特になにも言わず、ただじっと眺めて、しばらくしてから彼女は肩の力を抜いた。

 私の方に、体重を預けてくる。


「……なんだか、落ち着きますね、この格好」

「でしょ? 私も小さい頃、近所のお姉さんにこうやってもらったことが何度かあってね」

「私、そこまで幼くはないんですが……」

「まあまあ、こうやってする側になるの、ちょっと憧れてたんだよねー」


 そのまま、ふたりでじっとして、お城を眺め続けた。

 しばらく、無言の時間が流れる。


 やがて、エクスナは再び口を開いた。


「別に、反対とかはしてませんよ」

「うん」

「イオリ様が国を奪うっていったとき、手頃なところがありますよって言ったのは私ですし」

「うん」

「私はこの国を裏切って、捨ててますから」

「うん」

「私がここでしたこととされたこと、説明しましょうか?」

「お願いしてもいい?」

「――親に売られて、あの城内で暗殺者としての訓練を受けました。訓練過程で、売った親を殺しました。訓練仲間も何人か殺しました。その仲間の親や兄弟姉妹を殺したこともありました。訓練を終えて正規の暗殺者となってからは、その何倍も。――拷問技術も学びましたし、実践もしました。苦痛や薬物への耐性をつけさせられました。実を言えば私は子供を産めませんし、視界からいくつか色が落ちてますし、人工物と交換している身体部位もあります」

 顔は見えなくても、色々と伝わってくるものはある。

「そう」

「まだ続けられますけど?」

「うん、でもまた今度ね」

「……わかりました」


 また少し彼女は黙り込む。


 それから、小さな声で、

「……いい国にしてくださいね」

 と口にした。


 私は、返事の代わりにちょっと腕に力を込めた。

「苦しいですよ」

 全然そんな感じではない声をあげるエクスナ。

「ふっふーん」

「妙な笑いをしないでください」

「覚悟を決めろとかいうより、今みたいに言ってくれたほうがずっと気合が入るよ。他のみんなにも言ってみれば?」

「いやです」

「うん、それじゃ、任せて。難易度天帝で4条件どれもいけるぐらい頑張るから」

「たまにイオリ様が言う意味わからないのにやたら自信あふれてる台詞、実はけっこう好きですよ」

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