なんだかキナ臭い国へ
大陸の東半分――正確には6割強を占める人族の領土。その中央部には6つの国がひしめいている。
西の大国ローザストや、その先の戦線に沿う3国に比べて軍事にかける比率は少ないものの、それらの国への支援や東国との物流の架け橋、および文化の交流地点としてどの国も栄えていた。
その6国のうち南に位置するのが、バストアク王国である。
外部との出入りが多いようで、国境を越える際には厳重ながらも手慣れた審査を受け、私たちは国内へと足を踏み入れた。
「おおっ」
思わず声が出る絶景である。
国境門は低いながらも長く続く山脈の頂上にあり、門を抜けた先の景色はバストアク王国を一望できるものだった。
峻険な山や深い崖、霧に包まれた森に激流の大河など厳しい地形が多く、自然も豊かで緑がグラデーションをつくり、ところどころに鮮やかな花の群生した場所もある。砂漠や暗黒地帯を除いて、王道ファンタジーの主要なフィールドがだいたい揃っている印象である。
街や村も点在しているが数は少なく、険しい土地のなかで比較的住みやすい場所に寄り添っているように見えた。
「未だに未踏の地もありますからね、東国の冒険者っていわれる人たちはよくこの国を訪れたりするんですよ」
そう解説してくれたのはエクスナだ。
ここは彼女の故郷である。
「馬車で移動するには少々苦労しそうですね」
リョウバが遠くを見ながら言う。
「まあ、最悪私が運ぶからいいよ」
「荷物をじゃなくて、馬車をですよね、イオリ様の場合……」
エクスナは胡乱な眼でこちらを見上げた。
夕方が近いので、国境門を抜けたすぐ先の宿場町で一泊することにした。
宿を選ぶのに少し迷うぐらいに、それぞれの価格帯で複数の宿屋が営業しており、酒場や食事処も賑わっている。既にほとんどが店じまいをしているものの、市場もわりと大きめだ。
治安も悪くはないようで、通りには陽気に笑う人々が行き交っている。
「前に、ろくでもない国だって言ってたけど」宿を決め、エクスナの鼻に任せた酒場に落ち着いてから、私は口を開いた。「そんな感じには見えないよ?」
「王城から遠い場所は、まあこんなもんなんですけどね」エクスナは骨付き肉を齧りながら眉をひそめる。「要するに、王族とか中央貴族とかが腐ってるんですよ。そこらへん、フリューネ姫ならご存知なんじゃ?」
「ええ、まあ、よろしくない話は聞こえてきますね」こちらはナイフを上手に扱って骨から身を切り離している。「ただ、あくまで噂として、です。直接の交流はほとんどありませんし、私自身も社交場にはまだ数度しか出ていないもので」
「具体的にどんな噂? ていうかエクスナは実際のとこ知ってるの?」
「んー、そうですねー」エクスナはむしゃむしゃと肉を食べきってから、ちょっと目を伏せた。「まあ、食事中にするような内容じゃないというのは確かです。ていうか、できればイオリ様には私の前情報に左右されず、素の状態で連中を見てもらいたいとこですね」
ワインを一息で干し、エクスナは息をついた。
「なにしろ、この国の存亡がかかってますから」
翌日から、王城に向けての移動を開始した。
「起伏が激しく、橋の数も多いとは言えず、補給地になる町村も少ないです。人口は下から3番めぐらいの小国ですが、その大半は王城とその城下町に密集しています」
エクスナの説明を聞きながら進んでいく。
「それでも人族領土のほぼ中央にありますから、この国自体を迂回するより、こうして決められた道を進むほうが流通は早いです。ですから、商人の行き来も多く、一部の豪商へは密かに関税免除なんかもしているとか」
言葉の通り、王城への道はほぼ特定のルートでしか向かうことができず、その街道では様々な馬車や商隊とすれ違った。
「それから、この変化に富んだ土地からは希少な産出物もあり、それらは国家の下にかなり厳しく管理され、高価な輸出物になっています。――そしてモノだけではなく、少数ながら優秀だと評判の兵士『など』も、前線へ送り込まれています」
エクスナの口調には、なんだか微妙な感情が込められているように思えた。
好き嫌いというより、なんというか、「どうしたものかなあ」みたいな、途方に暮れているような。
旅路自体は順調で、獣や盗賊に襲われることもなく、私が馬車を持ち上げて移動する羽目にもならず、多少の時間はかかったものの無事に王城から一番近い村までたどり着いた。
国境門のそばにあった宿場町よりは、ずいぶん小さな村だ。宿屋は2軒あり、明らかに片方は「屋根があればいいのだ」みたいな人向けだったので、もう片方へ泊まることにした。
窓から王城を眺める。
国境門からより、ずっとはっきりその様が見える。
なんだかどこかの世界遺産みたいだなあ、というのが第一印象だ。
色々と、密集している。
まず特徴的なのは、蟻の巣にも似た奇妙な形の岩があちこちで地面から突き出していることだ。無数の穴が空いていて、生理的に苦手な人もいそうな感じの奇岩。そしてその岩同士の隙間を埋めるように、堅牢な壁が巡らされている。
壁の内側に街が広がり、中央に向かって徐々に上り坂になっている。街中にも奇岩は点在し、それを利用するように建物が階層を重ね、まるで迷路のようになっていた。
そして坂を登っていった先、手前のものよりずっと高く、厚く、頑丈な壁が円を描き、その中に王城がそびえ立っていた。
「ご覧の通り、天然の要塞と呼べる地形をさらに補強しています。国境からここへ来るだけでも一苦労な上に、あの堅牢な王城。――最前線でもないのに、あれだけの防御を誇っているのは王族の猜疑心の現れとも言えますね」
エクスナの声は皮肉げである。
「ですが、確かに攻めづらい」
とカゲヤが言った。
「はい。実際、建国から600年ぐらいという話ですが、その歴史上で他国との戦争はおろか、ちょっとした小競り合いすら片手に収まるそうです。要するに、割に合わないんですよ、この国を落とすのは」
エクスナは、曖昧な笑みを浮かべながら私に尋ねた。
「さあ、どうやってこの国を占領するつもりですか? イオリ様」