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断章:選択肢のその後で

「やっぱり、ああいった腹芸は苦手だ」

 前を歩くグラウスが、頭をかきながらそう言った。


「以前よりはだいぶ慣れてきたように見えるわよ」

 とレアスは笑う。

「囮なりに、か?」

 あまり信じていないように、グラウスはこちらを横目で見る。

「そう卑下しないの。おかげで私はだいぶ助かってるんだから」


 囮。

 まさしくその通りではある。


「それで、どうなんだ?」

「ラーナルト王国のセルザス侯爵家は、たしかに存在するわ。ミモルトという名前だったかは定かじゃないけど、娘もいたはず。あまり目立った功績を聞かないけれど、軍との繋がりはあまり強くないから、ああして私兵を集めて増強に務めるというのはおかしくはないかな。令嬢様がそんなことを直々にしているのは妙だけどね」

「あのお嬢様の趣味だといっていたな」

「……正直、あの子はなかなか読めないわ。本心なのかどうか。私よりずっと上手ね。そういった意味では、貴族らしいともいえるけれど」

「そうか」

「でも、あの集団の最上位は、あの子じゃないってことはわかったわ」


 グラウスがあの公爵令嬢と会話している間、レアスは周囲の様子をずっと観察していた。

 囮というのは、そういうことだ。

 戦歴が裏付ける風格を漂わせ、饒舌ではないけれど誠実そうな口調のグラウスは周囲の眼を引きつけてくれる。

 その背中で、レアスは一種の諜報を行っているのが最近の常であった。


 そして、先程の奇妙な集団。


 あの侯爵令嬢の左右に控えていた2人の女は、たぶん普段から仕えているのだろう。常に令嬢を気にかけていた。

 しかし当の令嬢自身は、あの場で一番偉いはずの立場にいる者とは思えない素振りを微かに漂わせていた。

 どこか、誰かの眼を気にしているような。

 そして、それ以外の面子――ずいぶんと個性豊かに見えた連中――が気を配っていた方向にいたのは。


「この馬鹿と戦った子、イオリっていってたよね、あの子が頭だと思う」

「……ミモルト嬢が彼らを雇ったと言っていた。その傭兵集団内での頭というだけじゃなくてか?」

「うん。あの子は、なんていうのか自由に見えた。自分の上に誰かがいることを想定していないっていうのかな。ちょっと浮世離れしてる感じもあるけど、少なくとも雇い主の目の前にいるとは思えなかったわ」

「それは、言われてみればそうだったな……」

「でしょ。それに最後、あなたが辞去したいっていったとき、侯爵令嬢じゃなくて、イオリって子のほうが『行っていい』って返してた。ごく自然に。だれにお伺いたてることもなくね」

「なるほど」


 グラウスは考え込みだした。

 その補助をするように、レアスは声を滑り込ませる。


「実在する貴族を名乗る以上、本物でも偽りでもそれなりの背景を持つ少女。その子を従える、異常な身体能力を見せた女の子と、底の知れない戦士の集団。なぜか軍事基地で暴れ、洞窟の魔獣を退治し、これは推測だけど、基地手前の山でも傭兵たちにちょっかいをかけていた。……何がしたいんだろうね?」


 そう、あれは異常だった。

 レアスも十代前半から大荒野で戦争に加わっていた身、術士とはいえ、肉弾戦の『程度』は知っている。

 斧でも杭でも槍でもなく、拳で地面を穿つだけでも相当だと言うのに、あのイオリという子は、地面を炸裂させた。

 地表で何かを爆発させるのではなく、地中まで達する衝撃と風圧で岩土を掘り起こし、その余波で人を吹き飛ばすほどの威力を出したのだ。


 ――あの一撃は、それこそ死門の黒獣にすら届きそうだと、レアスは感じていた。


「おまけに、あれでまだ全力じゃなかった」

 こちらの思考を読んだように、グラウスが言った。


 実際、レアスに対しては、ある程度読めているのだろう。彼の部隊に配属されて既に十年近い。副官になってからは、それこそ親よりも長い時間を共に過ごしているのだ。この洞察力を他者にも発揮できればもっと出世できるのに、とレアスは何度となく思っている。

 ……いや、だからこそ最前線を退いた今でも自分は彼の側で役立てている事実を踏まえれば、このままでいいのかもしれない。……もうちょっと別方面でも察しが良くなればとは切に願うが……。

 

 脱線した。


 グラウスが言った内容は、レアスもなんとなく疑っていたことだ。

「でも……ほんとに? あれ以上って、どこの国でも英雄扱いだよ。なのに全然知れ渡ってないのっておかしくないかな」

「まあ、似たようなのが今、そこに浮かんでるしなあ……」

「ああ……」

 レアスも振り返る。


 そこには薄緑の箱に閉じ込められたスタンが相変わらず暴れていた。


「テム、まだがんばれる?」

「はい……、だんだん、慣れてきました……」


 苦しそうな顔ながらも、テムはまだ笑みを浮かべてそう答えた。


 ローザスト王国の希望、6人の新星。

 テムを含め、『神の恩寵』を授かった同世代の6名。

 王の期待を背負い、基地内に閉じこもって訓練に明け暮れているところを連れ出したのはグラウスの案だった。

『大事にするのはいいんだが、このまま初陣に出すのは不安だからな。せめて周辺国の空気でも吸わせたほうがいい』

 そう言って司令官に掛け合い、こっそりとテムを連れ出したときはレアスも頭を抱えたものだが、出発時より明らかに表情の豊かになった彼を見ていると、正解だったという気になっていた。


 そして、そのテムが恩寵を用いて必死で抑え込んでいる男。


 スタン。


 たまたま滞在していた村で出会い、グラウスを見るなり試合を申し込み、恐ろしいほどの技量を見せた謎の剣士。


 危険だ、とレアスは感じた。

 その強さ自体よりも、それに至る過程が。


 魔族や魔獣を倒すことなく、これだけの強さを身につけたという実例。

 これが知れれば、大荒野の端で比較的弱い魔族を倒すのにも苦労する新兵たちはこぞって弟子入りを願うだろう。

 そして、今現在も前線を張っている兵士たちも、さらなる強さを願って。


 仮にスタンがそうした相手を受け入れていけば、強大な一派が誕生しかねない。

 戦争に行かず、損耗することなく、力量を溜めていく集団。

 それは最悪の場合、戦線からの兵力の大量流出や、大荒野から遠い東の国々の増強に繋がる恐れすらある。



 戦争に興味がなく過剰な技量を持つ男と、目的が不明の異常な腕力を持つ女。

 

 この2人の決闘を止めたことは、もしかしてこの先の戦況に大きな変化を与えてしまったのではないか。


 そんな漠然とした不安を、レアスは抱いていた。

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