結果は割に合わない
パーティの仲間を失った喪失感と体験した恐怖が心を縛り付けていても、人間は生きている限り腹は減る。
纏わり付く無気力感に引き摺られながら宿から出て食料を調達に向かう。その途中で、
「あれ?キミは確か一昨日の冒険者の?」
「暗い顔をして一人でどうしたの?他のメンバーは?」
声をかけてきたのは、昨日センパイたちがナンパしていた妖精族の双子冒険者だ。
昨日は逃げ帰ってきた疲れとセンパイたちが死んでしまった悲しさで頭がいっぱいだったが、今こうしてボク一人でいるということを再確認させられ、見捨ててきたという後悔が今更津波のように押し寄せてきた。
「えっ、ちょっと急に泣き出してどうしたの?」
「何かあったの?」
ボクは情けなくも知り合いになったとも言えないような間柄の人たちに、昨日のダンジョンでの出来事を許しを請うかのように吐き出し誰にともなく謝罪の言葉を繰り返した。
目の前の二人は馬鹿にするのでもボクを責めるのでもなく話しに耳を傾けてくれていた。そしてボクが落ち着いてきたころ、
「そっか、でもキミだけでも生き残ることが出来たのは誇ってもいいことじゃない?」
「こう言っちゃあ何だけど、ダンジョンに挑んで全滅したって話しは珍しくないしね」
「それに、あそこの1層の部屋に小鬼が二十匹以上も押し寄せるなんて初めて聞いたわ」
「少なくとも私たちは経験したことない。あと、黒い小鬼も気になるわね」
「そうね、私たちも警戒の意味も込めて少し潜ってみようかしら?」
「ええ。キミも、休んだらまた挑戦するのでしょう?待っているわ」
「それじゃあ早速行きましょうか」
「キミも、またね」
異常事態が重なった不運な事故だった。それでも生き残ったのだ。
それに、再挑戦するのならあの有名冒険者の二人が先行しているのであれば安心感も強い。
(リーダーにも託された……一人前になることでこの恩は返そう……)
宿を出たときとは真逆の気分でボクは歩き出した。
◆◆◆
「まったく。また変なことさせないでよね?」
「立ち直させるなら最初から身の丈に合わないことさせなきゃよかったのに」
フードの男を前に二人は不満を隠そうとしない。しかしそれは指示されたことが嫌だったというよりは、意味もわからず大して知りもしない新米冒険者を励ますという意味不明なことをさせられたことに対する疑問が大きい。
「彼には、自身より実力が上のパーティメンバーが命を落とす事態に遭遇したにも関わらず自分だけ生き残ったという体験から、もしかしたら自分は特別なのかもしれないと思わせたかったんだよ」
「ふーん?まあ、なんでもいいけど」
「それより、今回は一緒にご飯食べる時間くらいはあるんでしょ?」
「それで許してあげるわ」
「そうだね、お礼も兼ねてご馳走させてもらうよ。リクエストはあるかい?」
「やった!新鮮な野菜と脂身の少ないお肉がいいわ」
「それと美味しいお酒とフルーツをふんだんに使ったデザートを希望するわ」
「やれやれ、いつもと一緒じゃないか。それじゃあ早速向かいますか」
「だって紹介してくれたお店の中で一番気に入ったんだもの」
「こんな美人二人連れて行けるなんて男冥利に尽きるのではなくて?」
「はは、それもそうだね。しっかりエスコートさせてもらうよ」
三人は連れ立って行きつけの店へと向かった。
◆◆◆
再びダンジョンへ潜るための準備を進める。
パーティ募集はせず、また募集を掛けているところにも入らず単身で挑むつもりだ。
理由としては、またパーティメンバーを失うかもしれないという恐怖と、逃げる際に一人のほうが動きやすいという判断からだ。
重力のダンジョンの入口に立つ。まだ恐怖で足が震えているが、みんなの無念を晴らすため、それに自分は異常事態に見舞われながらも生還しているのだという自信を持って一歩踏み込む。
(やっぱり、体が軽い……?)
前回走って逃げていたときにも感じたことだが、明らかに重力のダンジョンに入った直後よりも体の重さや動きの鈍さが和らいでいる。
(体が重力に慣れたのか……?それともボクがこのダンジョンの影響を受け難い体質なのか?)
ともあれ、自身でマッピングしながら慎重に進んでいると、進入から10分後くらいに二匹の小鬼と遭遇した。
(センパイが魔法を発動できないという事故もあった。出し惜しみせずいこう)
「《火の弾》!!」
小鬼が近づく前に魔法で先制する。魔法は問題なく発動した。一匹はその一撃で吹き飛び絶命させ、もう一匹の前進の邪魔をしている隙に距離を詰めて剣でとどめを刺す。
(よし、問題なく倒せた。しかし油断せず進もう)
それから時間をかけて進み、例の大部屋の手前まで辿り着いた。
(小鬼はいないようだな。あの二人が言っていたように、前回が異常事態だっただけで、これが普通なのかな?)
慎重にいつでも引き返せるように部屋の中に入る。しばらく様子を見ていても拍子抜けすることに一匹も小鬼は現れなかった。
何もこの部屋でわざわざ小鬼が出てくるまで待つ必要もないので中央の通路へと進む。
その後も一定の距離を進むごとに部屋があり、中には三~五匹の小鬼がいることもあったが魔法で先制攻撃を仕掛け問題なく突破。
ダンジョンに進入してから5~6時間経ったころに、ついに下層へ降りるための階段を発見した。
(やった!ボク一人でもここまで来れたんだ!今日の探索はここまでにして、帰り道はマッピング出来てない通路を入口から階段までの最短を目指してみよう)
◆
「へぇ~もう地下二階への階段まで行ったの?」
「二回目、それも一人でだなんてすごいわね」
街へ戻るとたまたま鉢合わせた妖精族の二人にも褒めてもらえた。
翌日には地価二層への階段まで最短距離を行くことで1時間くらいで着くようになり、二層目に出てくる魔物は変わらず小鬼のみで一週間ほどで地下三層への階段まで辿り着いた。
(初日以来、十匹を超えるような大軍にも黒い固体にも遭遇していない。あれはすごく運が悪かったんだな……)
◆
地下三層からは魔物の種類が変わり、人間の男の大人くらいの体格で豚に似た頭部を持つ豚頭族や小柄で犬に似た頭部を持つ犬頭族が出てくるようになった。
これらは獣の耳と尻尾を持つ人、獣人とは違い列記とした魔物だ。
犬頭族は小鬼と同じように非力だが、嗅覚が鋭く先にこちらが発見されてしまうものの鳴声や足音が聞こえてくるので不意打ちされることはなく対処でき、豚頭族は力はあるが動きが緩慢で、多くても一度の遭遇では三匹くらいまでなので距離を取って魔法で先制攻撃できれば何とかなった。
一人でダンジョンに挑んでいるためかレベルの上がりも早く、重力のダンジョンに入るようになってから一ヶ月ほどで10レベルも上がり、現在25レベルになっていた。
冒険者のレベルは一般的に、20までが新人、21で新しいスキルを覚えてから30までが一人前、更にレベルを上げていき50までが熟練者、51を超えると英雄と呼ばれることもある。
レベルは高くなるにつれ次のレベルアップまで必要な経験地が多く必要で、50レベル以上まで戦い続け生き残れるのはほんの一握りだ。
ボクはレベルだけで言えば一人前、このペースでレベルが上がればもうすぐ熟練者の仲間入りをする31レベルだ。
ダンジョン内の部屋に稀に設置されていることがある宝箱からそこそこの武器を手に入れることもできた。
だからだろうか。
自分は特別だと思い込み実力以上の冒険をしてしまっていたのだ。
調子に乗っていた。
センパイたちのレベルを超え、完全に一人で何でも出来ると勘違いしていたのだ。
◆
それは地下五階層まで辿り着き、31レベルになり有頂天になっていたのだ。
今ならソロで鬼を倒し、あの妖精族の二人と共にダンジョンに潜ることができるのではないかと欲が出てしまった。
このダンジョンの地下五階層には次の階段へと続く通路の前にボス部屋と呼ばれる広い部屋があり、そこで侵入者を阻む強い魔物がいる。それが鬼だ。体長は2メートルを超える強靭な肉体を持ち、弱い威力の刃物での斬り付けや魔法は阻んでしまう皮膚そのものが鎧のような強敵。
体調と整え準備を万全にし、いざボス部屋へと入り込んだ。
鬼に近づかれる前に《火の弾》で先制し顔に直撃させる。
流石に小鬼や犬頭族なんかとは違い、その一発で決着をつけることはできなかったが片目を潰すことができた。
(よし!後は死角に潜り込んで着実に攻める!)
時折鬼が振り回した丸太のような腕を喰らってしまい危険な場面もあったが、足の腱や太もも、わき腹や首筋にダメージを与え、そろそろ倒せそうだというころだった。
先へ通じる通路とここまで来るのに通ってきた通路から、あの時の小鬼のようにわらわらと鬼が姿を現した。
「うそだろ……」
気を取られた隙に鬼に殴り飛ばされる。
「~~~~~~~~~~っ!!」
床に何バウンドもして壁に激突する。
まともに喰らった左腕は本来曲がるはずのない方向を向いていた。
すぐに立ち上がって逃げなければと思うも立ち上がれず、上下左右の判断もままならない。
(頭を強く打ったのか……早く逃げ……)
立ち上がれないでいるボクを鬼たちは取り囲み袋叩きにされる。
四肢は砕け、内臓は破裂し、片目は開けることも出来ず、肺も無事ではないのか悲鳴すら上げられない。
死んだと思ったときだった。鬼たちは攻撃を止めボクから離れていく。
(なんだ……?目が見えないが、誰かが近づいてくる……?)
「え?なに?どうするのこれ?」
「育てていたのに、どういうこと?」
(聞き覚えのある声……あの妖精族の二人が助けに来てくれたのか!?)
「この子は今28レベルでね。レベル上げを手伝ってもらおうと思ってさ。ほら、自分よりレベルの高いモノを倒したほうが経験値が多くもらえるでしょ?」
(男の声……?なんだ?なんの話しをしている……?)
「そうだけど、そのためにわざわざ?」
「30レベルなんてそんなに珍しくないわよ?」
「うん、そうだね。けど、大体がパーティを組んでいたりするし、人目があるところで襲って目撃者がいても面倒でしょ?まあ、攫ってきてもいいけど、ここに連れて来ちゃったらレベルは1になっちゃうし、実験も兼ねてね」
「ふーん。まあ、特に文句があるわけでもないけど」
「それで、その実験とやらは上手くいったの?」
「うーん、君たちの励ましがなかったら心が折れてたかもしれないし、手間の割には微妙かなぁ」
「えー、なによそれー」
「せっかく協力したのに?」
(なにを……言って……)
「ちゃんと改めてお礼はするからさ。それより早くしないと事切れてしまいそうだ。さあ、経験値にしてごらん」
「このひとは、ごしゅじんさまのてき?」
「そうだね、ここを攻略するのが目的だとしたら俺の敵だね」
「じゃあね……あーっと、名前なんだっけ?」
「そういえば聞いてなかったわね」
(ボクの、な、まえ……は)
グシャっという人間だったモノが潰れる音がした。
◆◆◆
少女は姿を人間に戻すと、手の平に付いた血を無造作に払った。
「てき、たおした。えらい?」
「うん、よく出来たね」
男は少女の頭を撫でると、少女は嬉しそうに目を細めた。
「まったく。親馬鹿というかなんというか」
「でも気持ちはわかるわよね。私たちみたいな存在に分け隔てなく接してくれるもの」
「そうね。今度久しぶりに思いっきり甘えようかしら」
「いいわね。そうしましょう」
今回は謀られ経験値にされた青年視点でのお話しでした。
経験値冒険者パーティには特に名前はありません。
主人公はフードの男です。