侵入、そして壊滅
何事もなく朝を迎え森の中特有の澄み切った空気を肺いっぱいに吸い込む。半年も冒険者をやっていると野営にも流石に慣れたが、外で迎える朝の気持ち良さはいつまで経っても新鮮だ。
干し肉などで簡単な朝食を済ませ、野営の片付けをする。男だけのパーティなので凝った朝食よりも手軽さやコスト面を重視した結果、毎度同じメニューだ。
「すでに何組かは入ってるみてぇだ。俺らもそろそろ行くぞ」
リーダーの言う通り、昨晩と比べるとダンジョンの入口の前にいる冒険者パーティは半分ほどになっている。深い階層まで潜る予定のパーティはその分出発も早いのだろうか。
重力のダンジョン。
なぜこのダンジョンがそう呼ばれているかすぐに痛感することとなった。
「チッ……噂通りみてぇだな」
「ああ、体が重いというか、ダルイというか」
「この状態で魔物とやることになるのか。すぐに5層までと思ってたが、慎重に行った方が良さそうだな」
どうやら昨日の妖精族のことは諦めていないらしい。
それにしても、確かに普段より体を動かし難いような違和感があるが、センパイたちが言うほどのダルさはないように感じるのだが……。
「おい、お前は一番レベルが低いんだ。無理すんなよ」
「はい、ありがとうございます」
レベルというのは、強さの基準のようなもので、誰しもが産まれたときには0レベルから始まり、生きていく上で何らかの経験を積むとレベルが上昇していく。
レベルの一の位が1になったとき、1、11、21など10レベル毎にスキルを得ることができ、スキルを習得してから10レベル毎にスキルレベルが上がる。
スキルというのは経験から蓄積された技術だったり、潜在的な能力だったりと様々だ。
ボクの場合は現在15レベルで火属性魔法レベル2と剣術レベル1を習得している。これはボクの親が火属性魔法を持っていたため潜在的に得ることができ、剣術は11レベルになるまでの特訓で覚えることが出来た。
ちなみにスキルは戦闘的なものばかりというわけではなく、家事や農業、算術や交渉術のようなものもあり、それぞれが活かせる職業に就くのが大多数だ。
そんなわけでボクは前衛・後衛どちらもこなせることを買われ、ルーキー同士で組んだ冒険者パーティではなく、センパイ冒険者のパーティに入れてもらうことが出来た。
ダンジョン内は石を積み上げたような壁や天井で、道幅は3メートルほど、天井までの高さは2.5メートルほどと剣を振り回すには狭く、また迷路のように入り組んでおりマッピングしながらでないと脱出することも難しそうだ。
壁や天井はどういう仕組みか薄っすら発光していて視界に困ることはない。この不思議な壁を削って持ち帰れば高値で売れそうなものだが、ダンジョンを形成する素材は総じて尋常ではない強度を誇り持ち帰ることは難しい。
ボクたちのパーティは前衛が3人、後衛が1人、中衛のボクの5人のパーティなのだが、現在は前から2・1・2の隊列で進んでおり、魔法スキルを持っている後衛のセンパイがマッピングしながらそれを前後で守っている形だ。
先頭を歩いている片方が左手を上げ、停止のサインを出す。何か発見したようだ。
「足音だ。裸足で歩いているような音がするから先行してる同業者じゃなく魔物だろう。次の曲がり角で出くわす」
「わかった。まずはこの体の重さでどんなもんか試す意味でも魔法は温存。接近主体でいくぞ」
「おう」
魔物が角を曲がってきたところで仕掛けるために待ち伏せをする。ひたひたという足音が段々とハッキリ聞こえ、数十秒後にそいつらは通路の角から姿を現した。
小鬼。背丈は人間の子供くらいで肌は緑色、鼻と耳が大きく頭髪はない。醜く非力で一匹なら人間の大人なら負けることはないが、こいつらは集団をなしていることがほとんどで最も弱っている対象から狙う狡猾さを持っている。多くのダンジョンで出現することが確認されていて数も最も多い。
その小鬼が三匹角から出てくると同時に前衛二人が攻撃を仕掛ける。手に粗悪な剣や棍棒を持ってはいるが、まともな防具はなく汚れた腰布を巻いているのみだ。
いつもなら小鬼程度、不意打ちに成功すれば問題なく一撃で沈められるが、この重力のダンジョンでは思うように体が動かせないためか、リーダーが攻撃した方は首を刎ね倒せたが、もう片方は想定よりも踏み込みが浅かったのか致命傷に至っていない。
攻撃された小鬼と無傷な状態の小鬼が反撃に移ってくる。こちらは通路が狭いため上手くフォローに回れずにいる。
傷を負った小鬼が棍棒を叩きつけてくるのを攻撃していた武器を引き戻しガードするも、もう一匹の小鬼の剣での斬りつけを太ももに喰らってしまう。
しかし流石に体格の差もあり小鬼からの一撃では致命傷にはならない。斬りつけられた足でそのまま蹴りを放ち距離を空ける。その隙に傷を負った小鬼をリーダーが横から剣で心臓を貫き、吹き飛ばした方をボクが距離を詰め体勢を整えられる前に踏みつけ、グェと鳴く喉に剣を刺し込み命を絶つ。
「後続来てません!」
「よし、魔石だけ回収して周囲を警戒。お前は傷の手当だ」
「悪い、小鬼相手に手間取った。しかし、重力のダンジョン厄介だぜ。感覚と実際の動きに差があってやりづれぇ」
「確かにな。慣れるまでは無理は禁物だ」
それからも通路を進む度に小鬼に出くわし、前を進む二人は致命傷こそないものの少しずつダメージを蓄積させてしまっていた。かといって引き返すほどではなくダンジョン攻略は続行していた。
◆
ダンジョンに潜って1時間程経過した頃、通路ではなく開けた部屋に出た。四角い部屋には来た道の他に三方向に道が続いている。
「どこに進む?それとも今日はここで引き返しとくか?」
「いや、まだ小鬼の魔石が数個しか収穫がない。もう少し進んでおきたい」
「だな。予想外に傷を負っちゃいるが、体力的には余裕あるし、まだ魔法も温存できてる」
「っと、その前に正面の通路からまた小鬼だ」
「五匹か。前衛三人で抑える。二人は左右の通路を警戒してくれ」
「わかりました」
通路から小鬼が部屋に侵入しすぐに乱戦になる。それと同時に左右の通路からも小鬼が姿を現す。
「通路から小鬼三匹現れました!」
「こちらからは五匹だ!」
「もうすぐ片付く!魔法で先制しろ!フォローに回る!」
横目で確認すると最初の小鬼五匹はもうラスト一匹になっているところだった。
「《火の弾》」
火属性魔法の《火の弾》を新たにやってきた小鬼どもの顔面に向けて放つ。一匹はそれで絶命し、残りも密集していたため目や喉にダメージを与えることができ楽に追撃できそうだ。
「《氷の棘》」
もう片方の通路を警戒していた後衛のセンパイが魔法を放つ声が聞こえ、これなら問題なさそうだと思ったそのとき、
「な、なぜだ!?魔法が使えな……ぐわあ!」
なぜか魔法が使えず、後衛とはいえ普段なら小鬼の攻撃くらいならいなせるはずだが、魔法が発動しなかった焦りからか接近してきた五匹の小鬼になすすべもなく囲まれてしまった。
「お、おい!大丈夫か!?」
「まずい、通路からまた小鬼だ!」
「なんだって!?」
三方向の通路からそれぞれ追加で五匹ずつ、十五匹の小鬼が新たに出現し、倒せていない五匹と合わせ二十匹の小鬼が集まろうとしている。
「クソッ……撤退だ!」
「リーダー!?助けねぇのかよ!?」
「無理だ!全滅するぞ!急げ!」
すでに蹂躙が始まろうとしており、救出してから撤退していては全員が囲まれることになる。更に追加で小鬼が現れては目も当てられない。
「チッ……なんだってんだよ!」
ここまで来た通路に戻り走り出す。マッピングしていた地図はないため、大体の方角のみを頼りに分岐を曲がる。
「はぁはぁ……うわぁ!?」
最後尾を走っていた、最初に太ももに傷を負っていた前衛が倒れこむ。
「ちくしょう!矢だ!やつら弓を使ってくるのが…おい!待てよ!助けてくれ!」
助けを求め叫ぶが、引き返さず走る。こんな避けようがない通路で弓兵がいては、引き返せばそれこそ全滅もありえる。やがて叫ぶ声も悲鳴も聞こえなくなる。
「はぁはぁ、まだ1階層だぞ!?」
「仲間が二人も……嘘だろ……」
「はぁ、出口、こっちで合ってるかわからないので、ボクたちもまだ油断できません」
「わかってるよ!そんなこと!」
走りながら嘆く。数度目の角を曲がったとき、前を走っていたセンパイの片足が不意に宙に吹き飛んだ。
「あ?……ぐ、うわああああ」
バランスを崩し転倒し、痛みがやってきて絶叫する。角の先には肌が黒い小鬼がいた。今までの小鬼のように粗悪な武器に腰布ではなく、一目で業物だとわかるダガーを持ち、闇に溶け込むような黒い防具を身に纏っていた。
「なんだ!?変異種か!?」
黒い小鬼がリーダーに斬りかかる。なんとか腕でガードに成功した。そこに魔法を撃ち込む。
「《火の弾》!!」
直撃せず避けられてしまう。
「相手にすんな!逃げるぞ!」
「はい!」
魔法に怯んだのかすぐには追って来ずそのまま20分程走ると、不意にリーダーが倒れこんだ。
「リーダー!?大丈夫ですか!?」
「はあ……はあ……ったく、やっとDランクになってこれからだって時なのによ……お前一人にさせちまったな……」
「何を言ってるんです!まだ追いつかれてない!逃げ切れますよ!」
「さっきの、黒い小鬼に、やられた…たぶん、毒だろう……」
そういってリーダーは腕の防具を外すと、防具がほとんど防ぎ傷自体は大したことはなかったが、傷を中心に肌が紫色に変色していた。
「そんな……待ってください、今解毒薬を」
「走りながら飲んで、このザマだ……もう助からねえだろう」
「街まで戻れば治癒魔法で!」
「もう目が霞んできてる、走れそうもねえ。お前まで道連れにしちまいそうだ」
「もう小鬼も追ってきてません、今ならまだ逃げ切れます!」
「最期の言うことくらい、大人しく聞いとけ。少ねえが、何かの足しに使え」
そう言って金が入った小袋をボクに渡してきた。
「お前を一人前にする前に、悪りいな……」
「……パーティに誘ってくれて、感謝してます……」
「ああ。さあ、早く行け」
また走り出す。振り返らずに。
◆
どれくらい走っただろうか。ダンジョンに足を踏み入れたときと比べ、明らかに体が動くようになっている。
気が付くとすでにダンジョンの外に出ていた。まだ日は高く朝からダンジョンに潜って数時間しか経っていないことに驚いた。
そのまま街に戻りギルドに報告を終え、気が付いたらいつも使っている宿のベッドの上で気を失ったように寝ていた。
初の重力のダンジョンはパーティメンバー五人中、四人が離脱するという結果で終わった。