どこにでもあるような酒場でのナンパの話
死の気配が直ぐ目の前までやってきて今更になってやっと気付く。
ああ、ボクは特別なんかじゃなかった。
みんなと変わらない、ありふれた存在でしかなかった。
夢半ばで力尽きるどこにでも転がっているような、数日後には酒場でそういえばあいつくたばったらしいと噂されるような、そんな人生だったと。
◆◆◆
「はぁ……パーティメンバーなら間に合ってるわ」
「他を当たって頂戴」
うんざりしたように微塵も興味がなさそうな表情でそう言ったのは妖精族の美人双子冒険者として有名なお二人だ。
「見たところ二人みたいだしよ。俺らはDランクになったばっかでやっと重力のダンジョンに入れるようになったんだ」
「あんたらはそこで何度も成果を上げてるって言うじゃねぇか。後輩に教えると思って同行してくれよ」
そして相手にされていないにも関わらずめげずにその妖精族の双子に、教えを請おうとはとても思えない態度で話しかけてるのは恥ずかしながらボクのパーティメンバーだ。
パーティメンバーとは大体が冒険者のグループのことを指して使われる。
ではその冒険者とは何を生業とする人を指すのかといえば、先ほど話しに出ていたようにダンジョンという超古代文明の遺産とも未来の技術で作られたとも言われる迷宮を攻略し一攫千金や名声を求める人たちの総称だ。
その冒険者にはパーティランクがあり、ダンジョンに寄ってはそのランクに応じて進入を制限している場所もある。
「二人よりも俺らと行くほうが実入りも多くなるだろ?付き合ってくれよ」
尚もしつこく誘うメンバーに嫌気が差したのか妖精族の片方の眼がスッと細められ、手が腰に挿したダガーに伸びそうになるのを見て慌てて口を挿む。
「せ、センパイ!日を改めるか、ボクらも成果を出してからまたお誘いしましょうよ!」
「あん!?そうか?まあ野次馬も集まっちまってるしな」
今ボクたちがいるのは冒険者の仕事の管理や手続き、ランクの昇格など様々なことを行なっている冒険者ギルドの建物の中に併設されている食事処だ。
そこでたまたま居合わせた見目麗しい同業者に、パーティランクが上がったばかりで気が大きくなっているメンバーがナンパ行為に出て悪目立ちしているといった状況だ。
「……ん?ええ、わかったわ」
「ねえ、あなたたち。そうね……重力のダンジョンの地下5層まで辿り着けたら同行してあげてもいいわ」
何事か二人で相談でもしたのか、小声で話したあと今までの態度とは一変してこちらの誘いに乗ってきた。
「マジか!?絶対だからな!」
「ええ、いいわよ」
「5層から鬼が出現するから、その素材を持ち帰ることで証明して」
「ああ!明日にでも帰ってきてやるよ」
「準備してすぐ出るぞお前ら」
「おう」
ガヤガヤと冒険者ギルドから出て行くメンバーを尻目に、妖精族の二人に迷惑をかけた謝罪も込めて一礼してから後を追いかける。その去り際に
「気をつけてね」
と男女問わず見惚れるような微笑を向けられ一瞬呼吸を忘れてしまう。
「は、はい!」
何とか返事をして空回る足取りでメンバーを追いかけた。
◆◆◆
先ほどの美女二人はギルドを出て路地裏に入り誰もいない空間に向かってつぶやく。
「これで良かったかしら?」
「全く、変な役回りさせた埋め合わせはしてもらうわよ?」
「ああ、助かったよ。この礼はいずれ」
今まで誰もいなかったはずの路地裏にフードを目深に被ったローブを着た男が現れ返事をした。
「ええーせっかく街まで来たのに?」
「もう戻るの?」
「そのためにしてもらったんだ。それに、直ぐまた来るさ」
「そうね。あいつらじゃダメそう」
「なのにあいつらでよかったの?」
「パーティ内で一人だけ歳が離れた人がいただろ?あの人に少し手伝ってもらおうかと思ってさ」
「ああ、私がダガーを抜くのを止めたやつね」
「けど、それだけ。実力はまだまだよ?」
「だからこそ、だよ。試していることがあってね。楽しみにしててくれていいよ」
「そういうなら待つわ」
「でもなるべく早くね?」
「わかってるって。ではまた会おう」
ローブの男はそれだけ言い残すと唐突に姿を消した。
◆◆◆
重力のダンジョンはさっきまでいた街から徒歩で2時間程とそう遠くない位置に存在する。
森の中にある切り立った崖に不自然に石で舗装された洞窟が口を開けており、それがこのダンジョンの入口だ。
入口の前の木は伐採されちょっとした広場があり、そこにボクたち同様にダンジョン攻略を目的とした冒険者パーティが数組野営の準備を始めている。
「よし、俺らもさっさと野営の準備を始めるか」
リーダーの合図で各々野営の準備を始める。一番新参のボクがパーティに加入してから半年ほど、誰が何をするかは自然と決まっていてボクの分担は焚火に使う枯れ枝集めだ。
十分な量を集め野営地に戻ると、テントの設置は終わっていて夜間の見張りの順番を決めているところだった。
「おお、戻ったな。今夜の見張り役だが、ダンジョンのすぐ前だから魔物が出てくる危険もあるが、他のパーティもいる。一人ずつで2時間経ったら交代だ」
魔物。モンスターとも呼ばれるそいつらはダンジョン内部で生まれ、侵入者を発見すると襲い掛かってくる。
ダンジョンの最深部にはコアと呼ばれる物があるらしく、それを破壊するとダンジョンは機能を停止し攻略となる。
そのコアを守るためにダンジョンは魔物を生み出すのではないかと言われている。
魔物には体内に魔石という宝石のようなものが存在し、魔物の素材や魔石を回収しギルドに売ることがボクたち冒険者の主な目的だ。
魔石には魔法を込めることが可能で、それにより魔法を日常生活に、または戦う術として簡易的に使うことを可能とさせた。
魔石を加工し生活魔法の一種、灯りを込めれば魔法を唱えずとも周囲を照らし、着火を込めれば誰でも火をつけることが可能になる。魔石を使って加工した道具は魔道具といい、魔道具は魔石の中の魔力が無くなるまで効果が続き、また魔法を込めれば再利用できる。
今では人々の生活に魔石は欠かすことの出来ないものとなっている。
そんな便利な魔石を生み出すダンジョンをなぜ攻略してしまうのかというと、理由は大まかに二つ。
一つは、単純に魔物が人々の脅威となるためだ。なにも魔物はダンジョン内を徘徊するだけではなく、侵入者が現れず生まれた魔物が間引かれずにダンジョンの許容量を超えると外へ溢れ出してきてしまう。それにより滅んでしまった国も実際にあったと聞いたことがある。
もう一つの理由は、コアというのは魔石を巨大に、強力にしたものらしく、魔石では耐えられないような魔法も込めることができ、それにより飛空挺を飛ばすことや都市を守る結界を張ったりできるらしい。もしダンジョンを攻略しコアを持ち帰ることが出来れば、数世代先の子孫まで遊んで暮らせる金が手に入る。
冒険者たちは魔物に殺されてしまうかもしれない危険を犯しながら、それでもいつの日かダンジョンを攻略する。そんな夢を見ながらダンジョンに潜っているのだ。
三話で一区切りです。
そこまでは連日投稿します。