透明な空
その問いに、きっと深い意味なんてなかったんだろう。
ただそれが、いまの私にとってどんなに痛かったかというだけで。
◇◇◇
大嫌いなひとがいた。
やること全てが気にくわない。
視界に入れるのも体が震える。
そんな、ひと。
美濃に旅行に行った時、一目惚れして買った和紙のレターセット。その封を切りながら、私はため息をついた。これを最初に使うのが、よりによって大嫌いな相手だなんて。
少しざらついた手触りのそれを一枚抜いて、ペンをとる。でもいざ書こうとすると、今まで頭を回っていた言葉は、ぱっと蜘蛛の子を散らすように消えてしまった。手元に残ったのはたったひとつ。嘘つきな私が、ついぞ口にすることのなかった一言。
それを便箋の真ん中に刻み込み、半分に折って庭に出た。
空は快晴だった。
手放した手紙の上から、火のついたマッチを落とす。オレンジの火がゆっくりと広がり、程なくして手紙は燃えつきた。これは火葬だ。素直になれなかった、過去の私の。
細い煙が上へと伸び、とけていく。それを追うように顔を上げると、ふいに空がこぼれ落ちた。雲ひとつない青は、頬を伝う間に透き通ってはらり、はらりとこぼれ落ちた。
──大嫌いなひとがいた。
やること全てが気になって仕方がない。
視界に入れるのも胸が苦しい。
ひとはそれを、恋だといった。
◇◇◇
『恋は何色か』
いつものおしゃべりの延長で、そんな問いがふいに落とされた。ピンクだ赤だ、いや紫だと言い合っていた友達たちが、こちらにも問いかける。ねえ、どう思う?
正解も間違いもない問いに、できるだけ表情を殺した。瞼の裏に浮かぶのは、白と、青と、それから。
「……私はね、」
──恋は、黒だと思うよ。
まるで、あの日灰となった手紙のような。
あるいは、故人を偲ぶ喪服のような。