欠陥の力
伏せた床はざらざらで、寝心地が悪い。
「……」
戦闘の音が遠くで聞こえる。
負け犬には参加資格がない戦いだ。
(限界突破が、応えてくれない)
ジュアにやられた所為か?
(それとも、あの怪物に叩きのめされたから)
確かにショックではあったけどな、ここまでの差があるとは。クッションは存在したが。
(とにかく使用不可)
それが使えない俺は、普通より少し強い程度の男。ダメダメ野郎だ。落ちこぼれの、くず野郎になってしまう。
(足手まといになるだけなら)
俺は動かない。それが目的を達成するための最善なら、大人しく身を引こう。事態を悪化させるよりマシだ。
ロインには熱血熱血言われるが、そこら辺は冷静なんだよな。俺って。
(肉体だけじゃなく、頭まで平均以下の身じゃ)
こつこつこそこそ生きていくしかなく、そこら辺の線引きだけは上手くなった。自分に合った生き方ってやつだ。身の程を知ろうぜ。
(小物は小物らしく、大人しくしてよう)
後はロイン達に任せるしかない。
それが本来の俺なんだから。
(しょうがないんだ)
色んなもんが普通より劣った人間。
かといって、揺るがない強靱な心があるわけでもない。そんな野郎に大したことが出来るわけはなく。
【良いじゃん、良いじゃん。あそぼーぜ!楽しいことしてよ!】
【こ、困りますっ。そんな】
チンピラ達に囲まれた女の子がいても、ぎこちなく歩いてスルー。罪悪感を感じながら、きっと誰かが助けるさ。と、いつかの絵本のような希望を抱く。
(あれは、限界突破が使える前。……だったら、仕方ないか)
普通はスルーするのに。普通にすら劣る俺が助けるわけない。られるわけない。
助ける理由・力は皆無。
(結論、なにもしない)
何度だって見てきて、どれだけ経験を積もうと変化なし。
結局、自分に出来るのは――。
(頼れる力も今はなし)
せっかく、もう少し調子に乗れると思ったのによ。そりゃないぜ運命さんよ。
(……悔しいなっ)
自分が無様な存在であることは、分かっているが。
それでも、歯軋りせずにいられない。
みんな戦ってる。のによ。
「――ロインッ!前に出過ぎッ!」
「僕が一番強いんだからッ!!当然――ろうがッ!」
ロインとメイは互いをフォローしながら、怪物に向かっている。流石は幼馴染みと言うか、息の合いまくったコンビだ。
「くらえっ――どわァッ!?」
「おいらがとどめを――ぐわ!!」
「おめぇらッ!!そろそろ――まといだ!」
ゴンザレス、ケビン、ジョージの三人も奮戦中。ゴンザレスはともかく、他二人はそろそろ限界を迎えようとしている。
「ボクの拳――止めてみせる!」
制服が破れ見える、強靱な右腕を振るう男・気合充分のマルスさん。両拳に纏った雷光は鋭く輝き、果敢に敵の懐へと飛び込んでいく。斧を裏拳でいなして、顔面に正拳をぶち込む。
「クルトォ!しつ――ぜっ」
「本当ね!――わよっ!」
「そうだ――後で、ぶん殴る!」
他の戦士団員たちも、動きは落ちている。しかし、気迫は凄まじく燃え盛っていた。
みんな、服も体もボロボロだ。
頬は切れ、頭から流血し、息は乱れ。
粉塵まみれで切り刻まれた服を纏い、不格好。
(何の為に)
理由は様々なんだろう。
責務のためか、己のプライドのためか、大切な人のためか。人それぞれの理由と感情と信念を抱いて、戦い続ける。
「……」
「あっ、ああ、あっ」
体や心を折られて、再起不能の者もいる様だが。
まだ、頑張っている者達もいる。
あんなに必死になって、戦ってるんだ。
(――俺は何をやっている?)
簡単に言えば、でこぼこの床の上で寝転がっている。完全なる堕落の体勢っ。道端の小石と間違えられて、蹴られる可能性すら秘めた状態っ。
控えめに言って社会のゴミだ。フィルに蔑んだ目で見られる存在・底辺。
(――それは元からか)
……ともかくっ。役に立たないのは事実だが、もう少し足掻いてみせろよ。この野郎ッ!
「おおおアッ!!」
通常以上の力を発揮して、血反吐を吐きながら戦う友がいる。
あの修練苦痛の中で、同じもんを見た。
(失いたくない、絶対守る!と。己の体を傷付けながら、それ以上に大切なものの盾となる男)
辛いだろう、苦しいだろう、流れる涙が訴えている・されど、それ以上に辛い結果を壊す為。
(あいつの原動力はそれ。ただ単純に大切な人を想う)
俺には持てない、その強大な意志。それだけなら、あいつは誰にも負けないだろう。
守る者が多ければ、あいつはその分強くなる。
【――あの時から、心を満たして離れないんだ】
(それほどの想いを持ってしても、勝てない怪物に)
何度も挑んでいる。
死力を尽くして、決して譲れない想いを支えに、頑張っている奴がいる。
無様にも見えるだろう姿を晒して、真剣に今を生きているあいつがいるっ。
【――うわっ、だっせー!】
(なあ、ロイン)
随分と苦戦してんな。流石のお前でも、一人じゃ無理そうだな。
(なら)
血まみれの指先と腹に力を入れ。
足掻くために、体を動かす。
(少し、力が戻ったからよ)
お前が、諦めないと立ち向かうんなら。
目的に向かって、突き進むっていうんならっ。
【よろよろで格好付けやがって!ヒーロー気取りがっ】
【さっさと、諦めろや!】
【あんっ!?誰だ!お前ッ!こいつの仲間かっ!?】
(――喜んで力を貸すぜっ。ロインッ!!)
「熱、血ッ……再起ッ!!」
鳴り響く体の警告を無視し、痛む頭を抑えながら立った。
最初の一歩は重く、鈍い。
(安定、しねぇがッ!!)
それでも一歩を、確実に踏み出していく。
まだ、可能性はあるんだッ!!
「――諸共ッ!!」
復活した意志を砕こうとする、残酷な言葉。
悪夢のスペル・チャージッ!!
戦士達はふらふらで、止められない。だが、しかしっ。
「あッ、あたしに任せてッ!!」
メリッサが叫んだ。しゃがみこんで震えていた少女が。両膝を着けて、その両腕で弓矢を構え。
放たれるは十字の一矢、特定のものに対して絶大な効果を発揮する一撃っ!
(――が、外れ)
矢は当然の如く外れ、背後の古ぼけた玉座を崩すのみ。
「そんなッッ!?」
悲痛な声も届かない。事態は進行していく。
「吹き飛べッ!!」
俺は前に進んでいく。勝機の光は、まだ。
(消えちゃいないッ!!)
「――塵芥ァッ!!」
遂に放たれる恐怖の霧。
不安定な状態で立ち向かう俺と、呼ぶ声。
感じる死の恐怖は、過ぎ去った忘却を刺激した。
(死幻死――ま死た、会いたい死な・死霧死)
頭に響く声は、ひたすらに気味が悪く。
人のものではない、気がして。
(――だから手助けするよ、一度だけ――さようなら)
浸食の悪寒と共に、右腕から幻影の霧が発生した。
「なッッ!??」
驚愕しかないっ、なんだよこれッ!?
(霧が霧をっ)
目前の波動砲に、謎の霧が襲い掛かり。
たちまち浸食・跡形もなく消し去った。
「貴様ッ!?なにをしたッ!!」
流石の怪物も驚愕している。
俺も知らんが、しかしッ!
(チャンスだっ――隙が出来た!!)
スペル・チャージは、【世界】の器に力を借りる法則。しかしその際に、才力をいくらか削る必要があり、使用後は弱体化する。
(更にバーストも、使った後に動力が落ちる場合があって)
その二つの合わせ技による隙の大きさは、スカイ・ラウンドと先程の苦戦で目にしているっ。
あいつを倒すなら、ここしかない――気持ちが呼応したかのように、戦士達も走り出す。
「まだッ!!まだッ!!無様をッ!!見せるかァッ!!」
俺を追い抜き前を行く、ぼろぼろの背中。
俺を動かす力が、安定していく。
「このッ!!欠陥者ァッ!!」
怒りを乗せて振るわれた斧を、同じ武器が迎え撃つ。
「ぐうッ!?」
斧は両方とも砕け、ゴンザレスは力尽き・体を崩した。
右拳に力が籠もる。
「くそがァッ!!」
武器を無くしても勢いは衰えず。ケビンとジョージとマルスさんを殴り飛ばす。
三人は倒れ、クルトの顔に僅かな苦痛が刻まれる。
「多いッ!!欠陥ッ!!」
残った戦士達、それを阻むように半透明の壁が出現。
構わず、それに向けて最後の攻撃を叩き込んでいく者達。
強力な鎚・豪快な盾・疾風の槍。三撃は盾を揺るがせ、戦士は床に落ちる。
「欠陥者ッ!!倒れろォッ!!」
残った壁は罅が入っていた。その先に見える敵は、まだ揺るがない。
「――ッ!?なにッ!?」
一瞬で現れたのは複数の光球。それは怪物の周囲で回転し、槍の形を成して。
一斉に奴の体に突き刺さった。
(マルスさんっ)
動きを鈍らせる雷光の槍は、きっとあなたの。
「こ、こんなッ!?」
力は徐々に整い。
後は、あれを――。
「――任せる!!」
「――おうよ」
隣を走っていたロインが、力を燃やし・加速する。その動きは、正に奇跡のようで。
気力を尽くして放った拳は、最後の守りを打ち砕く。
反動で後ろに倒れるロインを、追いついたメイが受け止めた。
(ロイン)
【だから、ありがとうなんだ】
(お前は、あんな事を言っていたが)
壁は壊れた、やるべきことは一つだけ。
骨を軋ませ、肉を壊しながら。
足を進めてその先へ。
(俺の方こそ、そうだ)
【その灼熱は天に届き、必死な努力は報われた】
――それは、完璧には程遠いかもしれないが。
――俺は、お前の頑張りに力を貰ってきたんだ。
だから、それらに報いる為に。
限界を超え、拳よ唸れ。
「――――おあああああアアァァッ!!!」
今度こそしっかりと。
虹を纏った拳は、怪物の腹に突き刺さった。
「……ごッふッ!?きっさまッ」
吐血し、傾く体。
「潔く倒れろよ。根性なし」
踏み止まることすら許容できず。
怪物は背中から倒れ、動かなくなった。