身の程知らず
「ジン太ッッ!?」
覚醒して突撃した熱血野郎。が、敵の拳を受けて倒れた。
そんな奴に、斧を持った怪物が迫る。
(一味の疑いがある人物を、監視・警戒していた男)
なんらかの【才力】の影響でおかしくなった戦士は、敵味方の区別が壊れてしまったらしい。
こめかみから血を垂らして、鬼の形相で床を踏む。
「ッ!!クソッ野郎ッ!!」
急げッ!!やばいッ!!
「起きろッ!ジン太ァッ!!」
呼びかけながらのダッシュ。返事はないが、限界突破はまだ発動している。無事の筈だ!あの、しぶといダチ公は!
「――ではッ!とどめだッ!!」
両腕を支えに立ち上がろうとするジン太、その背中に向けて斧を振り下ろさんとする右腕。
「させっかよっ!!」
ダチ公の前に立ち塞がり、敵を見据える。
両腕で振り上げる炎刃を、斧を受け止める形で放った。
「ぬうんッ!?」
奴の武器と、僕の剣が接触する。
(おッもッ!?)
――感じる圧力は、未曾有のものだった。
今まで感じた事のない力の波、それが体中を伝わり。本能的な恐怖を呼び起こす。
「敵わない」。頭の中で訴え続ける声の連鎖。
(――軽く振った風の斧で、これかよッ!?)
怪物の軽い一撃に、フルパワーで対抗する。
両腕を壊されそうになりながら、重々しい一撃を弾き返した。
(こりゃ、きついぜッ!?――1人ならなっ!)
「――もらったァッ!!」
攻撃の隙は背後に・霧を纏った一閃が迫る。
赤髪の男は容赦なく、怪物の首をはね飛ばそうと振るった。
「ぬるいッわァッ!!」
正しくその動きは神懸かり。
気付いたのは、斧が振られた後だ。なのに奴は、一瞬で反応し・頭を下げ回避してみせた。
(パワーだけじゃないっ!なんて反応だよっ)
スカイ・ラウンドで見た、クソ野郎の身化が霞むぞっ。
(何者だッ!?――これならどうだっ!)
僕とゴンザレス。二人がかりで怪物に挑む。
「おおおッ!!」
「しゃああああッ!!」
ひたすらの猛攻。
天の頂で覇を競い合った二刃が、重なり合い炸裂していく。
忌々しい野郎だが、味方になると本当に頼もしい。
(敵がっ!こいつじゃなければなっ!)
更に忌々しい怪物は頂の価値を貶めるように、二刃を完璧に防いでいく。
(完璧にっ、【合わせて】ガードをっ)
剣が斧が触れようとする度、奴の武器が鎧が青き衣を纏う。
(器を長く動かす為の戦闘法っ)
不要な才力使用を抑えて、攻撃の瞬間にだけ防御を展開する。珍しい戦法でもないがっ。
(タイミングが遅すぎる!なんでそれで間に合うッ!?)
突出した出力速度と発動速度が可能にする、超・短期防御。
あまりに整った防御の形。天上の格。
一瞬だけだが、フィルさんの姿が連想される。
(このままじゃ、持久戦に持ち込むこともできねぇっ)
奴の全ては常軌を逸していて、勝機が見えてこない。
(だが、諦めるわけにはいかねェ!だろっ、ジン太!)
「オオッ!!」
「はああッ!!」
連続する二つの咆哮は、共に熱血を表し。
僕達の攻撃と合わさり、大きな力となる。
(マルスさん!ジン太!)
虹の突進・雷鳴の一撃!
四方からの同時攻撃!
「そうッ!!来たかッ!!」
しかし、これでも怪物の余裕は崩れず。
(それでも!勝機への道は開いたッ!)
「――――【閉ざされし】ッ!!【強壁】ッ!!」
「!!?」
道を閉ざす青き壁・四方に立ち塞がり。
「ぐおッ!?」
「ディフェルッ!?」
弾かれる四つの強撃と、びくともしない四角い盾。
僕達の同時攻撃は、難なく防がれた。
「――【乱雑なる】ッ!!【思考】ッ!!」
だけじゃなく。
続けて放たれる全方位攻撃・形は渦。
「おうああっ!?」
巻き込まれ、浮き上がる体。
体に走る痛みと、次々と切り替わっていく視界の中で。
(スペル・チャージっ!?その効果はっ!?)
【世界そのものの「器」に、力を借りることで】
「ぐああっ!!」
掛かる力が変化して、背中から引き寄せられる。
落下していく感覚は、肉体に刻まれたダメージとマッチしていた。
(みんなッはっ)
どうなってっ!?
「――ロイン!!」
温かい両腕に包まれる。柔らかい感触と、胸元の白いフリルは。
誰かは直ぐに分かった。歓喜の状況だが、浸ってられる余裕はないっ。
(奴を、止めないとッ)
僕はメイの胸から顔を離し、即座に戦闘体勢を戻した。
「……ッ!?」
誰もがその異常を察知する。
ジン太もマルスさんもゴンザレスも。前に立つ怪物に、釘付けになっている。
(斧を振り上げて――)
頭の上に。
ぴたりと静止し、【嵐】を起こす時を待つ。
きっと、僕達を一掃する暴風だろう。
「――」
大量の冷や汗を流しながら、混乱の中でそう思った。
「みんなっ!!わたし達の後ろにッ」
声が広がり、迅速に集合・防御の布陣。
「――警護の責を・此処に現す!!」
盾持ちギザギザ髪の男が、メイと並んでディフェルを展開。
メイが展開したそれを倍にしたような、大きな丸みを帯びた防壁が発生した。
(二重の、守り)
僕達を守るそれは、感じた不安を和らげてくれる。
「――【諸共】ッッ!!【消し飛べ】ッ!!【塵芥】アアアァァッッ!!!」
それが間違いであることを、迫る暴風が教えやがった。
(荒れ狂う、自然現象)
不規則に動き回る青き力の流れを内包した、破砕・破壊のイメージを強烈に植え付ける波動砲?
(疑問しか、浮かばない)
おかしい、大きさ・圧力・威圧感。
自然現象を操れる才力ではないかと錯覚する程の、人外離れした超絶・攻撃。
それは、展開された防壁に衝突し。
粉々に砕いて尚、僕達に襲い掛かる。
「霧之弾道ッ!!」
「あ、あああッ!?」
やけくそ気味に放たれた、メリッサの矢と霧の弾丸。
それすらも弾き飛ばし。
(――メイッ)
僕は咄嗟に彼女の肩を掴み。
「が、あああああああアッ!?」
「うあああアアッ!?」
「きゃああアあーァッ!?」
悲鳴が乱舞し場が乱れる。
体が全方向から殴られッ、意識がバラバラにににッ。巡り巡る視界の中ッ、木の葉のように吹き飛ばされる人影が見えて――ッ!?
(守れな、いッ!?)
消え去りそうな意識の中で、歯がみする。
強くなった気になって、この様。
本物の怪物にはまるで敵わない。
せめて、両腕に抱いた彼女だけは――。
「――あ、ぐっ」
暴風が収まり、静かな時が訪れる。
(マルスさん達、僕達を庇って盾にっ)
背中から落ちたので、じんじんと後ろから痛みが。
「ろ、イン。顔が血でっ」
メイのか細い声。生きてたのは良かったが、やはり無傷とはいかない。
「へ、へへ。こんな時にいちゃついてんなよっ」
響く声は右耳に。ケビンだ、良かった悪ィな。
「は、はは。あんなの勝てる訳ないっ。……なあ、おいら逃げても良いか?」
ケビンの言葉は、冗談か本気か。
部屋を半壊させる攻撃を見ては、仕方ないな。
「ああ、出来れば逃げてくれ。――だが、他のみんなも一緒にな」
「は?……まじで、言ってんの?」
言葉の意味が分かったか。さすがダチ公。
「大マジだ。僕が時間を稼ぐッ」
そうしないと、皆死んでしまう。
僕の大切な奴等を、一斉に失ってしまう。
(そんなのは、死んでもゴメンってやつよっ)
だったらどうするかって、決まってんだろ。
敵わない怪物が敵なら。こっちも、怪物にでもなんでもなって対抗だ。単なる過信だろうが、今だけはそれを信じるんだよ。
(みんなを守れる自分に、なるんだ)
――血を燃やせ、骨を焦がせ、内臓を焼き尽くせ。
あの日の想いを忘れるな。
「ロイン!?」
立ち上がり、剣をしっかりと握る。それだけなのに激痛が走るが、重要なのはそこじゃない。
「ほう、その体で立ち上がるか!!」
目前の怪物を倒せるか、どうかだ。
「いや、倒す――」
剣に、かつてない程の灼熱を。
砕けた足に、身の程知らずの力を。
一つしかない選択肢に向かって、駆け出した。