危険存在
「では行きましょうか。フィルさん」
「ええ、分かりました」
ジン太が出掛けるより少し前、まだ日が健在の時間。フィルは戦士団の男二人と王都外に向かった。
ロイン宅を訪れた戦士団が、任務の協力をフィルに求めて来たのだ。
「確認しました。お通りください」
門番の了解と共に、フィル達を乗せた赤と黒の箱馬車は走り出した。開いた分厚い鋼鉄扉を抜け、広い平野へと。
「暗闇の森に?」
「はい。以前の事件で守りは固くなっていますので安心を」
ハイパーホースによって速さを加速させる、特殊な才物が組み込まれた馬車内は安定。
片側の席にフィルが、対面席には第一団制服を着た男二人が。カーテンは閉められて、車内は暗い。
「すいませんね。任務の特性上、仕方ないので」
「その任務内容を詳細に伝えられないのも?」
「そうです。実際に行って説明しないと、どうにも……。ただ、【外部】者の協力が不可欠だとは言えます」
申し訳なさそうに頭を下げる男。
「……いえ、気にしません」
「そう言っていただけると、助かります。報酬は直ぐにお渡ししますので」
■報酬はそれなりの大金だ■
■大会での彼女を知り、依頼をしようと思ったのだとか■
【一応、俺の金なんだよなぁ……フィルさんや、分かっているのかねっ】
■金絡みで、やたらと偉そうにしていた男の顔を思い浮かべ■
■少しイラっとしたフィル■
馬車はぐんぐんとスピードを上げて、光閉ざした森へとフィルを導く。
空が、くもりがかった。
「――こちらです。フィルさん」
川の流れに頼って、三者は森の奥へと歩む。森は空模様も相まって、一層闇を濃くしていた。
行き先は、ジン太たちも足を運んだ滝のようだ。
「……」
いつもの薄着では肌寒さを感じるが、それとは別の寒さが彼女の肌を刺す。
(これは)
フィルが異変を見定めた時、前後を歩く戦士二人の足が止まる。
「?あの」
「……」
問いを無視して、フィルの視界で右腕が動いた。
四方から、一斉に脅威が襲い掛かる。
「な――くッ!?」
フィルは前後からの突撃を回避、しながらの状況把握を開始した。
(木々から複数―マスクを被った―動きは―)
出現した襲撃者達は六、その中の三人は【殿堂入り】に匹敵する動きで彼女に接近する。
(緑の衣服。マットンの一味――逃げましょう。うん)
辿ってきた道を逆行して、彼女は逃走する。
その走りは人外の域、野生の獣の如きもの。
「でも、ダメね」
しかして、相手は才獣捕らえるプロ集団。
フィルの速度に怯むことなく、冷静に立ち塞がる。
(一人―ストロング・出力上昇)
道を阻む体格の良い男。接近するフィル。
男は強靱な肉体から、鋭い右拳を放ってきた。
それを左手で払いのけ、フィルは瞬時に懐へ。
(――重ねて上昇)
鉄塊の如き腹に、鉄槌の拳が叩きつけられる。
「ぐほッゥ!?」
男は腹を曲げ、崩れ落ち――そうになりながら、彼女の左腕を掴む。
「――気安く触れないで」
左足から巻き起こす豪風によって、男は川に蹴り飛ばされた。
(背後)
追いついた四本腕による掴み掛かりを、低空片足跳躍で避けるフィル。
(これは、ちょっと)
不味いかもしれない。――【奥】に眠るあれを使用しなければ。
と、考えながら地面に足を着け。
「あっ――」
着地した右足踝付近が、赤く弾けた。
「うッ!?」
着地に失敗し、正面から地面に倒れる体。土煙を少し上げ、動きが止まる。
(何が―?早く)
立ち上がろうとして、フィルの体を見えない手が押さえた。
「がっ!?」
まず最初に、強力な痺れが全身を襲い・頭が割れそうな痛みが発生・意識が遠のく。
(ま、さか)
自身を襲ったものの正体に、彼女は気付く。
「――毒だ。お前たちに特別効く、無臭・無色のな。ストロング直後の攻撃も、意味ないかもね!」
左からの声が耳に、上からの重圧が両腕と背中側に。
「隙は突けたが……冷静な判断力、実に見事!称賛するよ!わざわざ、偽情報で戦士団を攪乱した甲斐ありだっ」
戦士二人に押さえ付けられた状態で、彼女は顔を声に向けた。振り解こうと抵抗しているが、体に力は入らない。
「でも、その冷静さは本物なのかな?お前はかなり才に溢れてるようだが。だからこそ、落ち着いていられたのでは?」
白衣の男は、静かに歩を近づけていく。
フィルの頬を冷や汗が流れた。
「力を奪われ、無力化された状態でも。まだ冷静でいられるかな?」
余裕の笑みで、男は捕らえた獲物を見下ろす。
「顔を見る限り、期待できないけど。――じゃっ、さっさと運んじゃって!みんな!」
十数分後、複数の馬車が森から出発した。
少女の悲鳴と懇願は闇に吸い込まれていく。
目指す場所は余人知らぬ研究所。才獣のみでは満足出来ぬ、魔の領域。
●■▲
「……あ、あ」
頭が妙にぼーっとすんなぁ。どこだよここ。俺はどうした。
「ジュあっ」
そうだそうだ!あのやろうに騙されてっ。俺は俺は?
「くそっ」
あっさりとやられた。くやしいが……事実はそれだ。
限界突破が使えないとな、きついです。すいませんっ。
「てことは、俺捕まった」
まじで?
どうなるの俺。
「やばいっ」
無事ではいられない。無理矢理連れて行こうとするほどだ、きっと色々と危険なことをされるっ。解剖とかっ。
ひいいッ!!どうするっ!?
「?」
その割には、俺の体は拘束されている気配がない。牢屋にでも入れられた?
それに、さっきから音が。
「うるさいな」
どっかん、ぼっこん、ばきっ、とか。色々聞こえる気がする。
何が起きてんだ。
「――あと五分」
なんでやねん。
起き上がれよ。自分の目で見ろ。それが一番だ。
「――」
ぼやけていた視界と、歪んでいた音が戻り。
見えた光景は、意味不明だった。なにもかも壊れていた。
ここは遺跡なのか?
粉塵が大量に視界を舞い、壁が抉れて外が見える。武器のものらしき、大きな衝突音が脳を揺らす。
動く人影は急いていて、普通ではない。
「ロインッ!?」
「僕のことよりっ!自分の身を守れッ!!メイッ!」
盾を持った・剣を持った、見覚えのある二人が決死の表情で。
「……」
他にもいる戦士達。
「マルスっ!連携で行くぞ!」
「ああッ!」
「おいらには、きついっつーの!!せめて武器をッ!!」
「弱音言っても、待ってくれないぜッ!?」
見覚えのない人も、ある人も戦っている。
そして。
「おい」
そして。
「なに倒れてんだよ。ジュア」
血の海に沈む、友の姿があった。俯せなので顔は見えない。
白いローブを染める命の量は、どう見ても死に繋がる。
「……」
気の合う友人だと思っていた、彼女は。
【強い器を持つ存在を】
己を嘲笑うかのような笑みを見せた、努力家は。
いつの間にか死んでいた。
【頑張ることは――】
「……ちくしょうっ」
ジュアは俺のことを、研究材料にしか見ていなかったかもしれないが。
少なくとも俺は、これほどの悲しみを背負うぐらいに想っていた。
「……」
ジュアを殺めた者は、直ぐに分かった。
ロイン達が立ち向かう、黒髪の男。
そいつは漆黒の斧を持ち、同色の鎧を着て、どこかで見たような仮面を踏み砕き。
「――――排除ッ!!排除ッ!!排除オオオオオオオオおおォッ!!クソをッ!!ゴミをッ!!不要をッ!!不純をッ!!不格好をッ!!無駄をッ!!排除してッ!!世界にあるべきッッ!!形をッッ!!成してッ!!先へッ!!お前もッ!!誰もッ!!許容はッッ!!しないッッ!!」
圧倒的な【天上】の格を持ち、そこに君臨していた。
この世の全てを壊しかねない程の咆哮は、強大な強迫を発している――。
「――なぜ、あのようなことを?」
揺れる船上で、【彼】を助けた美女は言った。
問いは、血で真っ赤に染まった顔の男に。
「そうしなければ、ならないと思ったからだ」
男の全身は砕かれ、何とか生きているような状態。自慢の鎧も、見る影もないほどに壊されていた。
「【完璧】な世界のために」
そんなもののために?女は言う。
男は答える。彼女には恩があるのだから。
話の果てに、女は一つの結論を出した。