違い
「場所は【旧王城遺跡】で。其処で、最後の話をしましょう」
キャサリンはそう言っていた。表情が悲哀に満ちていて、言葉が真実であることを嫌でも感じられて。「俺はどうした」
俺はどうしても何かしたくて、プレゼントを用意したんだ。お別れ&感謝の品物、喜んで貰えると嬉しいな。
「さあ、行かないと」
今日はフィルも王都外に出かける用事があって、奇妙な偶然だなとか思った。戦士団の人に呼ばれたようだが。
「行ってきます」
身分証を確認して、いざ壁外へ。服装はいつもの黒と灰。
外に出ると、空は変わらぬくもり模様。気分が落ち込むな、ちくしょう。
「なんだって、こんないきなり」
悶々とした気持ちを腹に抱えながら、俺は焦りを表に走る。
「はっ……はっ」
早く行かないと。彼女の元へ。気が合う友の元へ。
「はっ!はっ!」
両足は異常に動き、肺が痛くなる程の全力疾走。何者も振り切るように走って。
王都周りの防壁門を抜けて、アスカルド平野に。
「早くっ速くっ」
行先は南西に在る、ロインと訪れた遺跡。
「もっとだっ!もっと」
焦りが加速し、動きは限界を超え、目的地へと一直線。
俺は何を必死になっているんだ。この疾走はやり過ぎだろ。
「?」
土や草を蹴り飛ばし、生温い風を受け、誰かと速さを競い合うかのような行動に。
疑問を抱いた。が。
【わたしのお願い】
そんなもん考える必要ない。キャサリンにお願いされたから、俺は誰も追いつけないほどに急がないと。
「――着いた」
雑草を踏み締め、切れかけている息を無理矢理整える。
俺の視界を埋める巨大な建造物。鼠色の外観は時の流れによってボロボロ、どこか頼りない印象だ。
「入る、か」
片側が外れた扉を潜り、城内へと足を踏み入れた俺。
「……」
城の玄関である広い空間は埃っぽく、かび臭い。歩く度に、薄暗い室内から罠が飛び出してきそうな雰囲気だ。
(以前、アホと来たときはなかった)
記憶が少し戻ったぞ。適当な事を言いやがって、あの妄想野郎。
(……こんな場所で)
何の話があるっていうんだよ。キャサリン。
(聞いてもはぐらかされた、別れの理由は)
来れば教えてくれると、彼女は言っていた。
それとは別に、俺に大事な話があると。
(研究に関する何かだろう、とは思える)
靴底が、じゃりじゃりと音を立てて。
玄関奥の通路を進んでいく。
(だってよ、あいつは)
少し崩れた壁を見ながら、前進すること数分。
通路の先に、明かりが見えた。
明かりの中に彼女がいた。
「待ってました!ジン太!」
開けた室内、その中心で燃える松明に照らされた数々。
部屋の壁には、才獣を描いたと思われる壁画が多くあり。少し不気味な画風だなと、暗さも合わさって思った。
(そして、お前は)
前方に立つ一人の女性。桃色【?】の髪を生やし、どこか親しみのある【?】印象を持った友人【?】。
「あれ?」
違うなこれは。おかしい何だ。俺の何かがずれている。
まずいぞ。キャサリンに【お願い】されたのは。【わたし】に会いに来てで。
「――【オレ】のお願い、聞いてくれて感謝する」
まず。面影はある気がするが、顔が違う。
そして髪の色が違った。緑だ。長髪なのは同じ。声も違って、印象も重ならない。潔癖を表すような白を纏い、急速にイメージを遠ざけていく。
(共通するのは)
執念を感じる、その瞳。
というか俺は、何故こんなにも彼女に会いたいと思っていたんだ。
「……どういう、ことだっ。キャサリン」
「名は、ジュアに訂正しよう。【才奥】の力だ。少しずつ、暗示を掛けていた」
「暗示って……」
「心当たりはないか?」
言われて掘り起こす、過去の欠片。
確か、意識が遠のいたり思考が纏まらなくなる時があった。まさか、あれがっ。
「っ。何の目的でっ」
そうだ俺が聞きたいのは、お前がそんな事をした理由だ。
「研究の為だ。分かっているだろうに、ジン太なら」
「だからっ!それと俺とが何の関係があってっ!」
こんな変装して騙すような真似をして、俺に近づいたんだよ!?
続く言葉は、何故か出てくれなかった。
「初めて器を見通した時、驚愕したよ。満たす力、その質に」
俺の心中なんて知らぬとばかりに、彼女は淡々と言葉を紡いでいく。
「これこそがオレの望み。届かす為の梯子になるやもとな。だから接近し、機会を待った」
キャサリン。ではなくジュアは、両目を閉じて唇を動かす。表情に悲しみの陰りが見えるのは、気の所為ではないと思いたい。
「望みだと?」
「そう。――前に語ったが、オレはスカイ・ラウンドで努力の結晶を見たんだ」
それは以前に言っていた、凄まじい槍の冴えのことか。
「あの男・リィドが、オレに情熱を与えてくれたと言っても良い。しかし」
舌打ちが室内に響いた。彼女の顔は苦く染まり。
「どうにも駄目だ。しっくりこないんだよ。あれから何度か、似たような結晶を見た。でも、あの時ほどの感動を得られない」
それどころか。と、嘆きは続き。
「失望するばかりだ。極地には遠い」
「極地……」
言葉の意味を、俺は即座に理解した。
「理解したか、ジン太。早いな。努力が素晴らしくても、使う人間があれでは」
そりゃあな。だってよ。
「お前、俺がロインの話をしてた時、喜びながら軽蔑してただろ」
俺には分かるんだ。そういった顔が、声が。
(そして知った)
彼女は、フィアと【少し】似てるだけなのだと。
努力自体を賛美はするが、それを扱う者は才に溢れたものでなければ認めない。軽蔑する。
「……愚問だが一応問おう。ジン太、君も悲しいとは思わないか。下らないとは感じないか」
「……」
悲しい?下らない?
本当に愚問だなジュア。
【まけ、るかよオォッ!!】
あってたまるかよ。
あいつ等の頑張りが。
【はい、どうぞ船長!】
辛くても進んできた姿が。
下らないなんてよ。
【――ぎゃははは】
「思わねぇよ、そんなこと」
これ以上ないほどはっきりと、俺は言い切った。
俺は、お前とは違うんだジュア。それが俺とお前の、噛み合わない不完全な部分だ。
「……だろうな。どちらにせよ、捕える予定だ。構わんさ」
一歩、ジュアは接近する。動きには敵意が込められ。
荒事か。捕まったら、どうなるか分からない。
「はっ、そんな簡単に出来ると思うかよっ」
俺は両拳を構え、器の動力を上げた。
発生する虹の光。
成長した限界突破の力、見せてやるぜ!
「ふむ、やはり興味深い。後天的な【器】の強化、それに足るか」
「器の研究、それが答えかよ」
「その為に、強い器を持つ存在を求めてきた」
ジュアは、余裕ありありといった様子。何だ?
「随分、余裕じゃねぇか」
「オレの言葉だ。【罠】があるとは考えないか?ジン太」
「はっ?」
「――阿呆」
一瞬で、俺の中から力が消失した。
「はっ!?なっ!?」
何が起きたっ!?これは――ッ。
(床に走った炎っ!出所はっ)
松明を中心に、複数の炎・円陣が重なって展開された。
松明から上がる炎は、巨大な一つ目を形作っている。全てを見通すかのような嫌な眼。
「【フィールド・マッチ】ッ!!」
法則の一種。ある定められた状況を用意することで、才力を底上げする技っ!
「正解。薄暗さと行動制限の所為で、床の仕掛けに気付けなかったか?」
「ッ!くそッ!!」
今の状況で戦っても、勝ち目は薄いっ。
(この場を壊せばっ!)
1、松明を壊す・2、床の仕掛けを消す・3、陣から出る。
どれにッ!?すればッ!?
「どれでもない――眠れ」
「な、に」
言葉が脳を揺さぶった。拒否を許さない程の、強い力で。俺の意識を引き剥がそうとする。
「この、やろ、う」
意識が、定まらない、どんどん、くずれていって――。