距離
午後のおやつ気分で立ち寄った、広場西の飲食店【マーモ】。
特別美味しい訳じゃないが、安定した味を手頃な値段で味わえる。
「ロイン、何にする?」
テーブル上に開かれたメニュー。対面のメイに言われた僕は、書かれた料理名に目を走らせる。
「えーっとだな」
迷った風の僕だが、答えは既に出ていたのだった。
(カップル定番・ジャンボグレートビッグパフェッ!)
この飲食店を訪れたカップルの九割が頼んでいるという(僕情報)、カップル増量サービスありの新作デザートだ。そう書かれてしまうと、頼まなければいけない気になってくるから不思議な。
(迷う必要があるのか?ロインよっ)
本来なら僕は即断でこれを選び、彼女とのイチャイチャ領域を展開していた筈っ。愛の証明に恥じることなどないのだっ!
(くそ、あと一歩っ)
踏み出す足は、目前の暗黒に怖じ気づく。奈落の深さに、僕の心がストップを掛けている。
(もしもが起きたら、僕はどうなる?)
愛する彼女に拒絶されたら、ショックは計り知れない。
「?どうしたの」
「なっ、なんでもない」
あまりに考え込み過ぎて、メイに異変を察知されたか。だめだな、こんなんじゃ。
「……決めたっ!このパフェで!」
「新作だね。わたしも食べたことないんだ!」
「ふふ、僕もなんだよな!」
一緒に甘美なる甘味を食す、共同作業!つまらんことを考えるのは止めて、期待を高めよう。
(メイの為にもな)
僕が無駄にくよくよして、せっかくのデートを害するのはノーだ。
楽しく行かないとな!
「本当になんだったんだろうね、ジョージ達」
「はは、なんとなーく見当は付くな」
出掛ける前のメリッサはそわそわしていた。そこから連想されるのは、あの三人を動かしていた黒幕。
いまいち目的が掴めないが。何をしたかったの?あれ。
「戦士団の人に注意されちゃって。とぼとぼ帰ったけど」
「良い薬ってやっちゃな」
戦士団と言えば、異様にピリピリした雰囲気を感じたな。いつもに比べて王都の警備が強まっているような気もする。
(些細な違和感)
は、外部と。
■ぐにゃりと――■
「どうぞ!ジャンボグレートビッグパフェです!」
中央にドンと置かれる、大きなパフェ。容器から突き出た二段重ねバニラアイスが、特徴的ではあるんだけど。名前の割にはちっちゃいな。
「恥ずかしいね。少し」
メイは、一緒に置かれたスプーン二つを見て一言。持ち手の頭がハートになっている。
「ふふん、この程度で恥ずかしがる必要があるか!そりゃ!」
冷山に手元のスコップを突き刺し、一掬い!そのまま、ハニーの魅惑の唇へと運ぶ!
「あっ、ロインっ」
戸惑いながら顔を赤らめるメイ。拒否ではない!構わずゴー!
「い、いただきます!」
照れながらも嬉しそうに、メイはアイスを口に含んだ。
その行為を行うということは、分かっているな!ハニーよ!
「さあっ!次はっ」
僕は、ハニーに当然の要求をした。
「わかってるよ。もう、そんなにキラキラした眼で。甘いの好きだよね」
僕と同じ様にスプーンを動かし、メイは言う。
「はい、あーん」
うおおっ!!やってくれたぜっ!
(感・嘆っ)
冷たい筈のそれが、逆の別の感慨を僕に抱かせる。これが心のスパイスか……。
実際の味とは異なるものを、しっかりと味わい。
「なつかしい」
「?」
差し出したスプーンを戻し、彼女は崩れたアイスを見つめる。
「どしたん?」
「子供の頃、これが原因でロインと喧嘩したことあったよね」
アイスをスプーンで突きながら、過去の諍いを笑って語るメイ。
彼女が言うのは、あれだなきっと。
【あー!わたしのアイスッ!】
僕がある日家に帰ると、箱の中にチョコアイスを発見。大して疑問にも思わずに、食べてしまう若き過ち。
【ロインなんてきらいっ!】
後で食べようと思ってたのに。なんて言われても、なんで家のに入れとくんだよとか不満が爆発。
【悪いのはメイだろっ。僕は悪くない!】
メイに言われた言葉のショックと相まって、やけくそ気味に放ったのがそれ。
【もう知らないんだからー!!】
【僕だって知るもんかー!!】
泣きながらの喧嘩別れ、枕濡らしのコンボ。
だが、僕は信じていたから。その時を待った。
「……今にして思えば、下らないなぁ」
「まあ、そういうもんだろ。あの後、ボックスも不調になって動かなくなるし、散々だった」
【才・Ⅱ型】の供給が上手く行かなくなったんだったか。メイの怨念かとびびった記憶がある。不運は連鎖するもんだ。
(しかし、今は幸せだ。それで充分じゃねぇか)
過去の嫌な事なんて、現在の満たされた想いがあれば屁みたいなもんだ。
僕には、それがあってくれる。
「――じゃあ、着てくるね」
飲食店での一時を終えて、場所は広場南の服屋へ。
僕に手提げ鞄を預け。メイはワンピースを手に仕切りの向こう、試着室へと入っていった。
(だから、僕は)
メイが出てくるまでの時間に、心を整える。これから先、訪れる運命の問いに備えて。
「……」
何も難しいことはないんだ。僕が抱いて来た気持ちや、過ごしてきた日々が疑いないもんなら。
伝えてやれば良い、答えが欲しいと。
「どうかな?ロイン」
眼前に立っている、誰より美しい彼女に。服を彩る輝きに向けて。
「――ばっちりだ。メイ」
楽しい時は過ぎていき、僕達のデートは終わりに近づく。
結局、アクセサリー屋を見て回ったり町を散策したりで、時間を使い切るいつものパターン。
「デート……過去の響きね……」
途中でリンダ先生に会った。いつものスーツ姿ではなく私服だが、短いタイトスカートを穿いている為、印象に差はあまりない。だけれど、やはり美人だ!とか思って見惚れてたら、ハニーに足を踏ん付けられ。
「私のなにが……いけない。ああ」
先生は過去のトラウマを刺激された独身女性のような顔で、雑踏の中に消えていったのだった。
「……今日は。ううん、今日も楽しかった」
そして終点・夢と重なる場に到着。
(あの夢は酷かった)
うじうじと悩んで、結局メイがいなくなるとは。まったく不甲斐ない奴だよ、お前は。自分を信じる気持ちはどこにやった?お前の武器だろう。
しかし無意味ではないか。それも。
最後の後押しになるとは、夢も侮れない。
(夕陽、綺麗だな)
広さのある高台には人影がちらほら見え、赤い風景を眺めているようだった。
さあ、僕は僕の一歩を踏み出そう。
「僕もだ」
少し錆びた鉄柵に両手を置き、同じようにその先の町並みを見ているメイ。
その背中は何故か惑っている印象を与え、僕に不安を抱かせる。
「――メイ。お前の気持ちが聞きたい」
重ならない心を支えに。
直球な想いを問う。
恐怖がないわけではない。それでも僕は進もう。
「――」
言葉に対する返答はなく、彼女は淡い金髪を風で揺らすだけ。
近くに人はなく、静かに。花壇から運ばれる匂い、心落ち着かせ。
「ごめん」
振り返り映る顔は見えず。彼女は背を向けたまま応えた。
夕焼けが少し陰った、気がする。
「だけど」
だが。声には熱が籠もり。
「ロインの想いは知ってる」
続くほどに強まっていき。
陰りを照らしていく光のようだ。
「今までわたしを愛してくれた」
それは僕の心に安堵をくれて。
「そんなあなたと」
望む答えが迫っている。
「ずっと一緒に過ごしてきたんだから」
彼女の温かさに触れながら。
僕はそう感じた。
「答えを出すその時まで……もう少し、だけ」
儚げで頼りない結果だったけれど。
メイとの距離が近づいた、心の何処かでそう思えた。
「待つさ。いくらでも」