計画、開始
「夜景が綺麗だな。メイ」
「うん、本当に」
アスカルド・第一地区に存在する、見晴らしの良い高台。ここはデートスポットとして有名で、僕は類まれなる情報収集力を駆使しここに到着したというのが、これまでのあらすじですよ。
(問題点は今からだっ)
デートのクライマックスっ。僕はどうするべきだ。告白?もう付き合ってるのにっ。
(彼女の気持ちを、真意を問おうっ)
ここで決着を着けるんだっ。男ロイン腹を括れ!
(やるぞっ、やるっ!)
僕はメイの方を向き、出来る限りのイケメンフェイスで対応する。
「メイッ!僕はっ!って、あれ?」
いない。
ハニーがいないぞぉっ!?どこにっ。てか、置き去りかよっ!?
あり得ないっ彼女に限ってっ!まさかっ、僕が尋ねるのを察知してっ!
「へ、ヘルプぅぅッ――!!」
僕は混乱の末に、悲しみの向こうへと羽ばたいた。
もう立ち直れないんだぜ。
「はうッ!?」
目の前が真っ白だ。いや、気持ち的な意味じゃなく。本当に白い。
この、柔い感触は。
「枕、お前なのか」
僕の安眠を手伝ってくれる相棒、継ぎ接ぎ箇所がいくつかある枕だ。
どうやら悲しみに任せて顔に押しつけていたようで、ほんのり湿っている。
「なんだ夢かー。びびったー」
「――服よし、髪よし、全部良しっ。完璧なる紳士ロイン、誕・生」
自室壁に掛かった鏡の前で、戦支度を整える僕。今日は、正しく戦と言っても過言ではない用事があるのだ。
(ハニーとのデートッ!!僕の人生の極地ッ!!来たこれッ!!来たッ!!)
自然と熱くなっていく僕の体。膨らむ楽しい想像。
(まだ行ったことがない場所に行くか。一緒に歩くだけでも良いし。やっぱり最後はっ)
計画だけはぼんやりとあるが、実際にどうなるかは分からない。大事なのは、彼女が楽しめるかだ。
「……いつも通りじゃねぇか」
はは、何も特別なことなんてない。彼女と過ごす日常の繰り返し。それが何で、こんなに心躍るのかね。
「決まってるだろ。ばか」
一緒に過ごす者は、元気をくれる太陽だ。
【――誰?キミ】
僕にとっては変わりない。な。
「あっ、出掛けるのね。へー、興味ないけどっ。気を付けてねっ」
一階に下りて外出する意志を伝えると、ソファに座ったメリッサは妙にそわそわしてる様子だ。
「……服は普段と変わんないのね。あんた」
「おうよ。何を着ようと、僕のブラボーなオーラは変わらねぇんでなっ!」
左胸に魚の絵が描かれた黄の半袖上着に、藍色の半ズボンを着て出陣。服が僕を彩るのではない、僕が服を支配するのだっ。
「……ふふ、日常と変化なしね」
メリッサの嬉しそうな瞳が、きらりと光った。
「いってくんぜっ!」
「行ってらっしゃいな。ロイン」
待ち合わせ場所は第一地区の広場・その中央にある大型才獣犬を模った銅像の前だ。
現在時間は昼。青に染まった空模様は、ナイスタイミングで訪れてくれた。広場では多くの人々が交差し、それぞれの道を進む。
(メイはまだっ。少し張り切りすぎたか!)
ハニーの姿は未だ見えず、到着した僕は少し冷静になる。
同じように銅像前で待ち合わせた男女の声が、耳に入った。
「ごめん!待った?」
「今来たとこっ。気にすんな」
理想と言ってもいい、男前な対応やな。ワイも何度か言ったことあるでぇ。
(王道は大好きだが、たまには変化球を投げてみるのも良いかもしれんっ)
たとえば。
【ごめん。待ったかな?】
【心が張り裂けそうだ。――結婚しよう】
「……むしろ直球じゃねぇ?」
悶々と妄想する僕の脳内、やはり妄想は楽しいなと思いながら時計台で時間を確認し。
「??」
メイが花嫁衣装を着た所まで進行して、妄想中断。
投げられた球は。
「……」「……」「……」
変化球ではあるが、望んでない方向に飛んで行った。
(ゴンザレス君・ケビン君・ジョージ君、なんで不良っぽい座り方して、こちらをチラチラ見てんの?カツラとかで変装してるつもりかもしれないけど、バレバレだぞぉ?)
広場の流れを歪ませているので、目立ちまくりの不審者共。通行人は間隔を空けて、関わりを避けるように通り過ぎる。
(どうすっかなぁ、あのアホ三人……)
曖昧な未来予測が、僕の頭を過ぎった。
「――ごめん。待ったかな?」
現れた愛しのハニー。服装は白いフリル付きミニスカと、薄いピンクのノースリーブ。手には手提げ鞄。何を着ても可愛いっ。
「あっ、いやっ、うんっ、気にし」
「おうっ!おうっ!!随分といちゃついてんじゃねーのっ!?」
「ヒューッ!!」
「ああんっ!?喧嘩売ってんのォ!?デートですかぁっ!」
なんてこったい、予想が当たっちまった。不審者三人が意味不明な難癖を付けながら、僕達に接近する。
「?ロイン、何かの遊び?」
メイは即座に正体に気付く。
だよなっ!雑だよねっ、やっぱっ!ゴンザレスまで何をやっとりますか!
「ああっ!?てめぇらっ!……えーっと、ゴンちゃんを舐めてんのかぁ!」
「ゴンちゃんっ!?つか、舐められてんのはおめぇだろ!」
「ヒューッ!!」
呼称ぐらい決めてから絡めやっ!あと、ケビンそれしか台詞ないのっ!?
「やんのかっ!こらッ!!」
「良い度胸だっ!おらっ!」
勝手に喧嘩を始める、ジョージ君とゴンザレス君。互いに掴み掛かり、変装が壊れてしまう。
ぐだぐだやんけっ。
「――ちょっと君達。良いかな」
「はい?」
「おう?」
「ひゅー!?」
あ、第一団の戦士さん。お務め大変ですね。
「……はい。はい。そういうことです。知り合いなんスよ」
「まじ、すいません」
「……」
注意を受け。
肩を落として去っていく、(行動が)謎の三人組。
「なにしに来たの?」
「――いらっしゃいませ!好きなお席へどうぞっ」
元気の良い店員さんの声が、僕達を迎え入れた。
女性店員さんの制服姿っ!美しいっ!
「にやけてるっ」
メイに肘打ちをお見舞いされた。痛い嬉しい。
(彼女のお気に入り店)
ドアを開けて目に入ってきたのは、それなりに埋まった店内の光景。並んだ丸テーブル席には、若いカップルもいれば、おっさん友人コンビもいる。奥のカウンター席にも、単独客がちらほらと。
「空いてる席は、と」
店内を見渡して、良さそうな場所を探す。
左、窓近くの席が空いてるな。そこにするか。
「メイ」
「うん」
自然と手を繋いでいた。そうするのが当然のように。
いつも力をくれる彼女の温もりが、感じられる。偽りない想いを受け止める。
(だからこそ、問わないといけない)
僕達は、二人だけの一時へと足を進めた。
何度だってあったことだけど、いつだって輝いている。
●■▲
「失敗した。どうしよう」
呆然とした表情で、メリッサは広場のベンチに座っていた。
両手で握っているのは、変装用の帽子。
「結局、邪魔しただけ……。後で謝らないと」
仕組んだ作戦の失敗に、というより、これで行けると思った愚かさに悲しみが止まらない彼女。
「俺も、あれだな。……全員で考えた結果がなぁ、むしろそれが悪かったか」
隣のジン太も、顔をおさえてダウン状態。
考えすぎて迷走してしまった、この末路。
「もう邪魔は……でも、大丈夫かなぁ……心配が」
事前にメイと話した内容や、ロインの表情から、メリッサは今回のデートの行く末を案じていた。
今までとは違う。きっと、何かが起きると。
「あたしは、でも、下手に」
動くと事態が悪化するか、それとも逆か。
負の思考にはまったメリッサと、不甲斐なさに嘆くジン太。
「やっぱり恋愛とかなぁ。無茶がさぁ」
どんよりと陰った一時が、過ぎていた。
デートにはとても見えないだろう。実際、ただの負け犬同盟なのだが。