美化
寝転がりの視界の中。窓から入る光によって、僕は時間を理解できた。
室内には、酒の匂いやらなんやらが充満している。……そう、【これ】の元凶である野郎だ。
「おっっぷっ。もう飲めんぞー、おいらは」
「いてっ。あたま、いてっ」
頭の方から聞こえてくる忌々しい声は、ケビン・ジョージのコンビ。この二人を相手に、僕はダウンしたわけだ。
(誰が勝者か、それすら曖昧。困ったなっ)
考える、そんなに困らないか。
「……おい、2人共起きてるか?」
「……」
「……」
言ってみたが返事なし。酔いつぶれか、単なるノックアウトか。
「今更っていうか、またかって感じだが、改めて礼を言うぜ」
上体だけ起こし、気にせず話を続行。どうせ勢いから出た気持ちだ、構いやしない。
「ジョージとは子供の頃から、ケビンは学院一年から……なんだかんだで世話になった」
ちょっと、しんみりとし過ぎかな。なんて、思ったりもしたが。
「稽古の相手とか。ぶっ倒れたときに迷惑かけちまったこともあったな」
回想は緩やかに。白黒絵の如く、頭を流れていく。
(ジョージは当然のように力を貸してくれた。文句を言いながらも助けてくれたケビン)
……どちらも本当に物好きというか。落ちこぼれ野郎に期待するとは。
「感謝してるよ。信じてくれて、ありがとうってな」
素直な感想を口にした。
「……以前も言った、礼は要らないんだ。友人同士助け合うのは必然だ」
期待してなかった返しが、寝ていた筈の友の口から飛んできた。
「俺が手を貸したのは、単に自分が諦めた夢に……何らかの形で関わりたかっただけだ」
それは知っている。お前はそうやって、ずっと僕の夢を支えてきてくれた。
「まだ諦めないのかよ!根性あんなー!」
僕が鍛錬してる傍でその言葉を言ったのは、昔のこと。
才能がない筈の僕が、ひたむきに頑張ってるのが気になったようである。
「……夢を抱いて、あっさり挫折してさ。何か恥ずかしくなって、ロインに出会って。俺は、本当の熱意ってやつを見た気がしたんだ」
「人を熱血野郎みたいに言うのは止せよ……」
「おまえ、割とそっち系だろ」
「ふぁっ!?」
暴言だーッ!!ふざけんなっ。
「ぶはっ!おいらも思うわっ。灼熱男はタイプ熱血っ」
「なんにっ!?」
いつの間にやら復活を果たした空気男、ケビンが僕に追撃を放つっ!
「だってよー!毎日毎日飽きもせず、汗水流して夢に向かってなんてよおっ。おいらには出来ないぜっ!」
軽い口調で言う友の言葉からは、しっかりとした好意の念が込められていた。
「ケビン?」
「本当によー!おいらみたいな、劇的な何かがあるわけでもなく、ただぼんやりと軽く生きて、老後は飛んでる虫の数とか数えながら過ごすような奴には、共感できない生き方だよっ」
己の生き方を自虐するように、さりとて否定ではなく肯定する感じでケビンは心情を語った。
「……あーっ、柄にもなくぺらぺら喋りすぎたな。忘れてくれ!今のなし!」
「……」
【おいらは王都生まれ!ガキの時からスカイ・ラウンドはかっこいーって思うけど、最初から目指しちゃいなかったよ。分相応ってあるだろ】
「……そっか、お前の理由ってそれなんだな」
今まで疑問ではあったが、納得がいったような気がする。
軽薄そうに見えて、トレーニングの助力は真面目にやる友の行動に。
「まじで、サンキューな」
「……もっとだっ、もっと言えっ!親しき仲にも礼は要ってな!おいらを崇め!銅像を作るのだっ」
「逆に言いたくなくなるなっ」
ケビンらしいぜ、この野郎がっ!
「ふーっ、ただいま」
家に入ってきたのは、朝のランニングを済ませた野郎共。
熱血×2に堅物だ。
「良い汗をかきました!お二人とも、素晴らしい足腰をお持ちで!」
むさ苦しい熱気を放ちながら、上着を脱いでシャツ姿になる三人。うげえっ!目が腐る!無駄に引き締まった筋肉トリプルとかっ。精神攻撃かっ。
「何飲むよ?」
「茶を頼む」
ジン太が、部屋の箱・三つのドアが縦に並んだ物体、それの真ん中を開いて飲み物を取り出している。水分補給か、きもい程汗を流してるからな。
(美女の滴る汗……なら、ともかく!)
例えば、同じ学院生のルナさんとか!健康的な美が溢れんばかりで素敵だ!しかもお嬢様!
【ちょっと、目線が嫌】
思わず凝視してしまい、誠心誠意あやまったことがある。
美を汚すとは、紳士ロイン不覚に相違ない!
「……分かってくれたら良いの。悲しいこと言わないでっ」
「うう……」
床に、並んで寝ているメリッサと先生。……ありだな。
布団は掛けたが、ベッドに移した方が良いだろうか。あまりに気持ちよさそうに寝ているもんだから、判断に困る。
「――解き放たれた鳥は」
「――空の向こうへと」
「――自由の地へと」
汚物三人衆は放置。直視できねぇよっ。
●■▲
「――」
周囲に広がる青い空に浮かぶ太陽が、その通路を照らしている。
しかしそれは、熱を持たぬ飾り物。何者も暖めることはない。
「……王」
静かに足音を響かせて行く者は、四角い面が並ぶ長く幅広い廊下を、その先を目指す。
坊主頭の長身男性。
身に着けるは、戦士団の証・青き衣服の一。右胸に付けたエンブレムは、鳥を模した副団長を示すもの。
右手に握った得物は、金色の柄頭を持つ大剣。ずっしりとした重さを伝えてくる。
「!」
空の彼方から小さい点が現れた。
それは時間が経過する毎に、大きく確かになっていき。
二体の大きな【獣】が、獰猛に翼を鳴らしながら歩行者に襲い掛かった。
「【防衛獣】」
称された獣は鋭いくちばしを向け、副団長目掛けて振り下ろす。
一つ目の鳥のような化け物は、巨体に反した動きをし。
「……」
しかし、獲物は冷静に攻撃を避け。足取りに動揺はなく、体に速さを淀みなく発揮させる。
くちばしは床に当たり、弾かれた。
「――刃・駆動」
両手剣を構えながら、言葉の発声。
男の両目が鋭く光り、斬り伏せるべき敵を見据えた。
「標的・補足」
睨み合う両者。今にも唸りを上げて、振るわれようとしている剣。
対する防衛獣も、力を溜めて、肉体に無数の棘を発生させる。
「――!」
両者は同時に動き。
「拒絶」
衝突など皆無で、化け物二体の首は切り落とされた。振り抜き前の剣によって。
「お戯れを」
発生した緑炎を気にも留めず、更に先へと歩いていく副団長。
「――王よ、第一団・副団長フェイル、此処に」
城の奥。
夕焼け模様によって赤に染まる、王の間にて膝を着くフェイル。
彼の前には、低い段差の石段。そして――。
「貴様も変人だな。わざわざ会いに来るとは」
眼帯を右目に装着した、二メートルはある巨体の男は。戦士団の制服に良く似た、橙色の衣服を着用。
赤と黄が混ざり合った髪を小指で掻きながら、手に黒い外装のファイルを持ち、樹木で作られた玉座に腰を下ろしていた。
「いえ、わたしにとっては当然です。敬愛する王ならばいくらでも。……迷惑でしょうか」
「防衛獣のことなら、久々に貴様の技をとな……ふむ、貴様の中で美化されているようだな。おれという人間が」
王・クリュウは、何らかの資料に目を通しているようだ。
「そんなことはっ」
「あるさ。本音を言ってしまえば、おれのような底が知れた人間には……」
言葉の途中で、クリュウは喉を詰まらせる。
「……いかんな。つい弱音を」
自分の言動を戒めるように首を振り、クリュウは調子を戻す。
「とにかく、美化しすぎるのは好まんな」
「し、しかし」
「やめろとは言っていない。おれだって経験はある……単に好き嫌いの話だ」
王が漏らした少しの笑みは、己に向かうもののように思える。
「経験が?」
「おお。昔の話だがな、今にして思えば愚かしいな」
クリュウが見ている遠い過去は、どこか楽しげにも感じる。と、振り返る顔を見たフェイル。
「あれは、青春というのかな?ジン太の言葉を借りるなら」
「ジン太、ですか」
「そう、あの男。何とも燃え滾った雰囲気を放つ者よ……どうした、フェイル」
フェイルの表情が訝しげになったのを、王は見逃さない。
「いえっ、ただちょっと」
「……少し肩入れしていないか?と、疑問に思ったか」
「……はい」
王の指摘に素直に頷くフェイル。
クリュウは、一瞬だけ夕陽方向にある岩場に目を向けてから。
「かもしれん、な。そんなつもりはなかったが……。どうにもジン太を見ていると、懐かしくなってな」
「……」
口調は悲しげで、もう戻らない日々を語っていた。そのせいで、フェイルは躊躇い踏み込めない。
「おれは……あの時」
静寂の中で呟きはよく聞こえ。
普段とは違う彼の姿を表す。
「――王よ。何か大きな悩みが」
「はは、深刻なものじゃないんだ。さっきも言っただろうフェイル」
「?」
クリュウは苦笑し、少しだけ素の自分を出した。
「おれは大したもんじゃない。……今日の夕飯を何にしようとか、ちょっと気分が優れないとか、小さなことに翻弄される人間だよ」
■難攻不落にして、未知の領域■
■アスカルドの王城に座する王は、静かに笑った■