諦め
努力で、天才を越えたかったと。
立派な騎士になりたかったんだ。誰にも負けない、立派な騎士に。六歳ぐらいの頃、その決意を固めた。
「ふんっ!!ふんっ!!」
訓練で、同期に負けた。きっと努力が足りなかったのだろう。
素振り、三百から五百に。
「ふんっ!ふんっ!ふんっ!」
また負けた。まだ、足りないのか。
素振り、五百から千に。
「あいつ、才能ないのによくやるなー」
「おい、聞こえるぞ」
何か陰口が聞こえた気がしたが、気にせずやり続ける。
(才能がないのは、分かってる)
それでもやり続けていれば、天才を打ち負かせるんじゃないだろうかと。そんな奇跡を期待する気持ちがあった。
そんなこと、あるわけ無いとも思ってた。
「はあ……!はあ……!」
奇跡が起きるとして。それはいつなんだ?私は後何回、これを繰り返せばいい?そもそもやり方が間違ってるのか?
「……ジーアか」
騎士団に、凄い男が入った。これほどの強者は見たことがない。彼が懸命に努力している姿も同様に。
「騎士団長」
彼だって凄い。小柄だが、洗練された槍使い。私と同じ人種だろう。能力の有無による違いはあるが。なんでも海賊を退治した時に特殊な槍を手に入れ、更に強くなったようだ。
「お父さん」
娘が、構って欲しいと思ってたのは分かってた。妻、が寂しそうに私を見てるのは分かってた。それを見て見ぬふりして私は……。
もう、私は――。
「お父さん!!」
地面から上体を起こしたクリスの胸で、マリーが泣いている。
「もう!フィルさん!やり過ぎだよ!」
「本気でやってくれと言われたのよ」
マリーの後ろでは、フィルが叱られている。
「だからって……もう少しなんとか……」
クリスの赤く腫れた左頬を見ながら、マリンは声を落とした。
「……いや、本気でやってくれて感謝する。フィル君」
その声を否定したのは、打ちのめされた本人。
「えっ?」
「君が本気でやってくれたおかげで、……私は諦めることができた」
クリスは本気の感謝の念をこめて、フィルに礼を言った。
「よく分かりませんが、役に立てたなら何よりです」
にこりともせずに、フィルは言った。
「むむむ……」
そのやり取りを見てたマリンは、納得いかない表情だ。
「……本当に助かったんだよ。マリー、今まで済まなかった」
クリスはそう言うと、泣きじゃくるマリーを優しく抱きしめた。
「お父…さん…?」
「これからは、もっと一緒に楽しむ時間を増やすよ。家族サービス大増量だ」
クリスの一言、それを受けてマリーは数秒沈黙した。
「……本当に?」
「本当さ」
「――約束だよ」
「約束だな」
静かに、確かに、約束を交わす二人の姿は、とても嬉しそうなもので。
「……良かったね。マリーちゃん」
それを目にしたマリンの言葉は、喜びと、羨望が混ざったものだった。
「――よし!決めた!」
輝く光景を数秒間眺めた後に、彼女は決意する。邪魔をするようで悪かったが、決心が鈍らないうちに。
「マリーちゃんッ!!」
マリンは二人の傍に駆け寄ると、抱えていた人形を差し出した。大事な物だが、商人のおじさんは好きに扱って良いと言っていたのだ。
「マリンちゃん?」
「……ごめんね二人共。お詫びって訳じゃないけど、いや、それもあるかな……ああもう!とにかく!!受けとっひぇ!!」
何を言っていいか分からず、少し噛んでしまうマリン。彼女には割と良くあることだが、少し頬を赤らめた。
「本当にいいの?」
「いいの!いいの!これは、わたし達の……えーっと……絆の証でもあるんだから!!」
素直な気持ちをこめて、言い切った。
「絆の証――ありがとう、マリンちゃん」
マリーは、幸せそうに顔を輝かせ、差し出された人形を大事に両手で受け取った。
「大事にするね」
「うん。よろしく」
幸せの輝き。それを見て、マリンの中にあった惜しむ気持ちは吹き飛んだ。
絆の証、謝罪の気持ち、それ等も間違いではないけど。
(よかったね)
マリーがあまりに幸せそうで、もっと幸せを増やしたくて。
こんな自分でも、役に立てた。
「かな?」
「……さあ、分からないわ」
マリンとフィルは館を去り、林の中を横に並んで進んでいた。この林を抜ければ、町へと戻れる。
「町に戻ったら、どうするの?」
「うんとね。まずは……美味しそうなお菓子屋さんがあったから……」
マリンは顎に手を当て、次の行動を考え出した。
(そろそろ、船に戻りたい)
フィルの心情は変わらず、玩具遊びで少し退屈はまぎれたが、あくまで少しだ。
(やっぱり船長じゃないと)
物足りない、気持ち。
「……よし!決めた!!」
フィルの気持ちを余所に、マリンの気持ちは定まったようだ。
「まず最初に――」
――木の葉が、揺れた。
「フィル、さん?」
がきんと、金属音が林に響き、地面に投げナイフが突き刺さった。
「ひっ!?」
右斜め前方に突き刺さったそれを、マリンは恐怖の眼で見る。
「マリン、落ち着いて。離れないで」
横にいたフィルは、振り返ったマリンの眼前で、戦闘状態になっていた。
「出てきなさい。場所は分かってます。すぐ出てくれば命までは取りません。――その逆は、楽に死ねませんよ?」
心臓が凍ると錯覚するほどの冷たい声色で、彼女は告げる。
それに対する反応は、数秒後に返ってきた。
「お見事です。いきなりの無礼をお許しに。噂に名高き天上の力、少し見てみたく」
声がした。女性の声が。
それに伴い、フィル達の前方の木々の一本から影が落ちてきた。
「無礼……で済まされるとでも?」
「どうかお許しを。……気分が済まなければ、どうぞこの命、奪って下さい。ですが、その前に主人からの伝言を」
地面に降り立った影は、メイド服を着た長身の女性。
「主人?」
「ええ」
その紫髪のメイドは、人懐こい笑みを見せながら、フィル達に言った。
「貴女様と同じ、天上の一人です」