喜劇・その二
「フン――町を支配する、恐怖の盗賊団。この程度か」
散乱したコップの破片、壁の全方位に多数空いた穴、暗がりに伏せた人影複数。
荒れに荒れた酒場で、一つの戦いが終わった。
色とりどりの酒瓶が並ぶ棚から、一本を手に取る大男。そのまま瓶の口部分をカウンターにぶつけ、無理矢理開いた。
開いた口から体内へと、酒を豪快に流し込むガルドス。
カウンター上に座りながらのそれは、余裕でアウトローな雰囲気を演出している。
「口ほどにもないとは――はぁ。このことだな――はぁ」
肩が上下し、大量の汗を流している姿。雰囲気まいなす。
「ごふっ、オレの右ストレートで瞬コロげふっ、よっ」
口の端から血を流し、適度に咳き込む姿。虚勢力ぷらす。
「――ボロボロじゃないですか。総隊長」
ガルドスのローブはボロ布のようになり、特に損傷が激しい下半身部分からは海パンがちらりと誰得アピール・すね毛セット。
心配そうに彼を見ているのは、部下の一人エドワード。彼が着ている灰鎧には、血痕や傷が伺える。
「ハァ……ハァッ……。お前の方が疲れてるだろっ。絶対そうだっ」
「期待外れですいませんが、僕は今回無傷です」
「嘘をつくんじゃないよッ!かっこつけやがって!……オレの他にも苦戦したのいないのかなー、オレだけなのかなー」
あまりに見苦しい言葉を連発するガルドス。
「ハァ……!まずいよなぁ、リーダー的に考えてっ。ハァ」
「……」
リーダー力が急低下。本人は気付いていない様子である。
「くそっ、皆が戻ってくる前に息を整えないと……!大物っぽくしないと、またノードスにバカにされちゃうよ」
「おれがどうした」
「うわぁっ!!出たっ!?」
酒場西側に空いた大きな穴から、三人組が姿を現す。
「なんだ?そのざま」
聞く方が気力を削がれそうな、怠けに満ちた口調。中背の男。
服装は白Tシャツと紺色ジーパンの、選択放棄によるいつもの組み合わせ。腰に取り付けられているのは、青い柄を持つ短剣。
「ギャハハハッ!!鼻血、やばっ!!」
下品を詰め込んだような、大きな笑い。
巨大な体に纏った服は、前開きの黒いジャケット。大きな鼻からは鼻毛が大量に見え、吐く息はとても臭い。相方とは正反対に、きっちり整った白髪混じりの黒髪。
右手に持った得物は、まだ血生臭い大きなノコギリ。
「おお~っ!我等がガルドスは~っ!情けない~♪」
小馬鹿にするような歌は親しみも含んで、欠けた歯の間から流れる。酷くぼさぼさの黒髪を掻き毟りながら、陽気に現れた男・ジャスラグ。
お揃いのようなジャケットを着こなし、ずんずんと歩くテンポは図々しく。虫歯が大量にある口に、体から発せられる体臭は不健康さを彩る。
左手に握った大きな鎌が、殺意を映す鏡のよう。
「……」
悪臭を放つ、仲間達の登場。
微かに、エドワードの表情が固くなった。
「……集まったか、お前たち。無事でなによりだ」
「いやー、今更かっこつけても」
「やっぱダメかな?――げふっ」
ガルドスは体勢を崩し、カウンターから滑り落ちそうになるが何とかストップ。ちっぽけなプライドが放った奇跡の輝き。光にエドワードは目を逸らした。
「そこまで追い込まれるとは、首領は相当の強さだったのですね」
「そうなんよ。オレが弱いわけではなく、敵が強かっただけだから。調子に乗んなよ」
「……どうりで、単身奇襲を仕掛けるわけだ」
やれやれ、と言った顔で呆れているエドワード。
「そっちの方こそどーよ?お助け活動はっ!」
「順調ですよ。聞き出した情報で、あらかじめ住民の監禁場所は分かっていましたから、解放は容易い……エルマリィもやる気満々ですし」
応えながら、ちらりとロウ達を見る。
「ほうほう、良かった。……で、お前達は」
ガルドスは視線を三人組に移し、状況報告を促す。
「ふつーだな。自由に戦ったけど、敵よわすぎ。面倒なくていいけど」
「俺たちは満足だっ!」
「しかし、【罠】の意味なしっ!残念っ、ギャハハ」
三人共、簡潔簡略に済ませた。
「罠か。何人かさらって、おびき寄せようとした?」
「ガルドスあったりっ!首領ははずれっ!」
両腕で丸を描き、ロウは大笑い。
「ですがっ!出来ればっ!大当たりをっ!」
「――それは私のことか?」
聞き惚れる程の雄々しい声が、酒場東側の穴から入り込む。
凛々しい顔つきに、全てを捉えるかの如き赤い瞳。
衣服は、黒い上着とズボン。その上に、色を重ねるような外衣と灰色の胸当てを纏う。
「よっ、苦戦した?したよなっ!」
「君は苦戦したようだな。横になってはどうだ」
「よゆーっすよ!これぐらいっ、げはっ!」
右胸をドンと叩き元気アピールは、失敗に終わり吐血するガルドス。溜息はエドワード。
「まったく、もう少し緊張感を持てないか」
銀髪の女性・エルマリィは、いつもの光景だと判断して流した。彼女の口調は、普段と変わっている。
「ああっ!麗しきエルマリィ!」
「相変わらずのっ!がちがちスタイルっ!」
ロウとジャスラグは、笑顔でエルマリィに近づく。
ノコギリが右首筋に走る。
「ふう……君達の臭いは酷いな。少しは、身だしなみを整えろ」
右腕の盾を使い防ぐ・無傷。
「余計なお世話っ!ぷんぷんッ!」
目からの流血はジャスラグ。
鎌が両足を刈り取ろうと空気を裂いて。
「――ガルドス。【ミャム】住民の救出は完了した」
右足で踏みつけ・阻止。
鎌が砕ける音に連動して、奥歯の破砕音。
「本来の目的である才物も、既に回収済み」
「予定通りだな。なら、王は文句を言わない。――趣味に走っちゃえYO!」
平然と話している内にも殺意の行動は繰り返され、無駄無い動きで制止される。
ガルドスは平常会話を。
ノードスは欠伸を。
エドワードは警戒を。
「そうしよう。エドワード」
「……分かってる。僕も手伝うよ」
エルマリィは拳を叩き込み。
「ぶげりゃっ!?」
「べばっ!?」
殺意の源は、店の外へと弾け飛ぶ。
歪んだ顔で、【次は殺す】と告げながら。
「――よーしっ!!いよいよ船出だっ!!」
空気は程よく、空にはカモメ群。
朝日を浴びる大型船が留まる桟橋で、ガルドスは声を張り上げた。後始末も終わり、彼等は港町から離れる。
「盗賊団が持ってた武器も大量だし、大収穫だな!」
灰の鎧を着た大勢の兵達が、船に物資を運び込んでいた。エドワードとエルマリィもそれを手伝う。
「釣れねーな」
桟橋では、ノードスが寝ながら釣りをしている。
「楽しい一時……」
「すぐに過ぎる定め~♪」
巨体の二人は落ち込みムードで、桟橋に並んで体育座り。荷物を運び込む邪魔になる障害物は、海に向かって小石を投擲している。
「総隊長も手伝って!」
大きな木箱を抱えながら、エドワードは言う。
「お、悪いっ!今」
「――おーいッ!!あんた達っ!もう行っちまうのかっ」
町の方から、大勢の人達が走ってくるのが見えた。
彼等が助けた町民達だ。
「……」
それに、エドワードは複雑そうな顔。
「行くよ。あんまりモタモタしてられないから」
「……碌なもてなしも出来ないで、悪いなぁ」
桟橋前に集まった、数十人の男女。彼等にはガルドス達がどう映っているのか。
「あはは、こっちはこっちで目的は済んだよ」
「いやぁ……あんた達には感謝してもし切れないっ」
男性は【空】になった右の目をさすりながら、体を震わせ嗚咽する。
「ほんとだっ!ほんとだっ!生きた心地がしなかったっ」
「あいつ等……!本当に許せねぇ!感謝するぜ!仇をとってくれてっ」
見れば、他の住民達の中にも体の一部を奪われた者がいるようだ。
それ以外のものを失った者だっている。
「あの……」
声を震わせた、薄い茶髪の少女がその一人。
彼女は、目の前のガルドスを涙目で見据え。
砕かれた過去を回想する。
【ギャハははははッ!!こいつ面白ぇっ!!何回殴っても飽きないぜッ!!】
【次はこれを使って――しようぜッ!いやっ、――も良いかもなッ】
【あれ?……死んでね?こいつ】
【マジかよッ!使えねーッ】
「――ありがとう、ございます。この恩は忘れません」
「また来てくれーッ!!今度はちゃんとしたお礼がしたいっ」
悲劇は壊され、そこには船出を見送る笑顔があった。涙があった。
「キミ達はっ!!我々の英雄だっ!!」
海パンもあった。熊の着ぐるみもあった。変なダンスを踊るオッさんがあった。
――仮装集団のような光景があってしまった、のだ。
「この格好、何の意味があるんだ?恩人の頼みだから良いが」
「さあ。きっとガルドス様のことだっ!深い意味があるっ」
「おいッ!はぁっ!おれはいつまで踊ればっ!?はぁっ!」
珍妙過ぎるその光景に。
船上のガルドスは確かに笑みを浮かべ。
「海パン一丁って、風邪ひくから止めよう」
また新しい笑いを求め、海を行く――。
「――もう突っ込み切れねェよッ!!」
我慢の限界に達したエドワードの叫びが、船首から空しく彼方に響いた。