それぞれの喜び
「じゃ、いただきます」
「はい、どうぞ船長!」
バカ騒ぎで空いた長テーブルに着き、小皿に盛った料理を目で楽しむ。
キャベツや椎茸や人参などが入り乱れ、なんとも香ばしい匂いを放つ野菜炒め。さっき、ケビンが刺突を繰り返していた料理だ。
……守り切れて良かった!
「どれどれ」
右手に持ったフォークで、さくっと一刺し。キャベツ……焦げてない。
【あっ!あっ!?なんでっ!?】
以前に野菜炒めを作った時は、焼き焦げ、見るも無惨になって、重なったショックでマリンは部屋にこもってしまった。
(いくら慣れてないとはいえ、あまりに酷い結果の数々……彼女はそう感じたのだろう)
確かに、初心者と考えても不器用過ぎるとは思った。
だが、どうやっても上手く行かない事はあるし、【普通】ですら難しい人間はいる。周りから見れば、さそがし奇異に滑稽に映っているだろうが。
(そんな状況でも立ち直って、何度も挑戦を繰り返してっ)
程よい塩気が口に広がり、食欲を満たしていく。口に入れたキャベツは、普通に美味しい。
「っ」
左隣に座る少女は不安を見せながら、俺の反応を伺っている。そんなに心配するなよ。
「こっちはどうかな」
肉、人参、もやし等々を、次々に口に含み味わっていく俺。焼き加減や味付けが、不思議と好みに合致している感覚。
(知らぬ内に、そっち側に寄ったとか……ないか)
進んで止まらない食、舌に広がるは喜びの味。
普通だ、普通に美味しいんだ。特別に美味い料理ってわけでも、斬新な発想から生まれたってわけでもない。一流料理人とかと比べたら、平凡なもの。
【ああっ!?ちがうっ!?これじゃないっ】
必死になって作り方を覚えて、覚えたはずなのに間違って、今度こそはとメモを凝視していた少女。
泣きそうな顔で、何度も何度も見返していた。
なんでこんな事も出来ないのだろう?と、呟きは雨に濡れて。
「……っ」
【っ!?わっ!?わわっ!!】
料理が入った鍋を、ひっくり返してしまった時があった。せっかく上手く作れたのに、一瞬でなくなって。
泣く声は、鍋越しに聞こえていた。
【ファイトっ!わたしっ】
そこで踏み留まり、マリンはめげながら歩いて。決して落ち込まない訳ではない、苦難の日々が過ぎていき。
このアスカールに来てからも、続いていった。
(組んだ手に残る、傷)
両手の怪我はそれの所為もある。
(……ようやく辿り着いた、平凡)
料理に込められた熱意を噛み締めるように、じっくりと味わいを広げていく。舌から、喉から、送られてくるそれは俺の心を動かす力になるようだ。
「ど、どうかなっ」
食器を置き、感想の時。
マリンは膝の上で両手を組み、体を少し揺らしている。そんな彼女の頭に、優しく左手を乗せた。
「……美味しかった。頑張ったな、マリン」
自然に口が綻んでしまう顔を向け、彼女の今までの苦労を讃える言葉を贈る。
お前は、凄いことをした。成し遂げたんだ。胸を張るんだマリン。
「……えへへっ、船長の手あったかいね」
満面の花が咲き誇り、俺達は笑顔で向き合う。綺麗な花は報われたような色を表し、俺もまた似たような気分になった。
心がじわじわと、幸福で満ちていく。
「他の料理も食べてみて!」
「もちろんだ。次は、なんにしようか」
「じゃっ、スパゲティで!フィルさんも手伝ってくれたんだよ!」
「くれたけど?」
「船長が苦手なピーマンを大量に入れようとしてたから、全力で阻止したよっ」
「だと思ったー」
さっきまで騒ぎを見物してたフィルは、丸テーブルに座って唐揚げをかじっている。地味な苦情の視線を向けたが、鼻で笑われてしまった。
「おのれ。なんて外道」
「きっと、苦手を克復させようとしてたんだよ!きっとっ」
残念だが、希望的に考えてもそれはないな。俺の反応を楽しもうとしてたに違いない。
「マリンが死守してくれたスパゲティ、いただくとするか」
「そうこなくちゃ!……でも」
俺達二人の視線が、スパゲティの大皿が載せられた別のテーブルに集まる。
それの前には、騒ぎの元凶達が壁となって立ち塞がっていた。
「【ごめんっ!やっぱりちょっと怖いっ!別れようっ】って、なんなのぉっ!?そんな理由でぇっ!納得できないのぉッ!!」
「ぐはっ!手強いっ!メリッサっ」
「まっかせて!そういう制圧は得意よっ」
「おらぁっ!!破損請求拳っ!」
「断るッ!どりゃあっ!!」
「あれを突破かっ、きついがモタモタしてたらいかん。……いってくるよ、マリン」
「うん。生きて帰ってきてね」
俺は当然だと頷き、激戦へと身を投じた――。
(必ず、目的を達成するっ!)
×××
「――パーティーッ!それは嬉しい響き~♪」
「パーティーッ!それは楽しき日々さ~♪」
会場は町内広場。
大きな焚き火の周り回る、陽気な人影二つ。
両腕両足を大きく振り、大雑把な動きで舞い踊る。
「今日は良い日だ、そうだな兄弟!」
「おうとも!最高だ!いきいきしてるぜ、俺達は!」
良い匂いが香る屋外で、二人は愉快な気持ちを全身で表現していた。
「あ~♪忌々しきは、あの女!」
「お~♪あんちくしょうは、酷いやつ!」
時には腕を組み、時にはデタラメに、男達は今日という日を祝福しているようだ。
鼻が大きい男は高らかに、舌が長い男は哀しげに。髭を無造作に生やした中年男二人は、過去を語る。
「小さき者に、おもちゃを詰めて~♪」
「ばくばく!ちくちく!遊んでいたのに、あいつはさ!」
口が裂けているかのような笑みを影に映して、気楽なテンポに【―意】を塗りたくり。
「顔面こわれてガタガタさ!息はひゅーひゅー、頼りない!」
「なにをそんなに怒るのか!――小さき器の者よ!」
異常は、【二つ】。
――過去の屈辱により、大きく血走った瞳から流れる赤と。
――焚き火によって照らされる、倒れた複数人。
「――見つけたぞっ!!てめぇらっ!!」
次なる異常は外からのもの。
いかつい人相をした男達、十数人が広場になだれ込んできた。
「囲めッ囲めッ!!逃がすなよッ!!」
彼等は全員がきらりと光る物体を所持し、それを確かな悪意を持って向けていた。
「おいッ!!クソ共がッ!!覚悟できてんだろうなァッ!!さらった奴等はどこだッ!!」
「つーかッ!くそがッ!?んだッ!?この臭いはッ!?」
「オラッ!!謝んなら今の内だぞッ!!」
地面に打ち付けられる、脅しの凶器。
発する悪意が言っている。例え謝罪しても、まともな殺し方はしてやらないと。
「失礼!無礼!なんて奴等!」
「こんなに素敵で良い匂い!他にはないぜ?ほんとだぜ!」
しかし無反応。
陽気な男二人は、悪意なんぞ欠片も気にしてはいなかった。
それもその筈。
「さてさてどうする兄弟よっ!!」
「五人は欲しいな!!最低でもっ!!」
悪意だらけの人間に、それを基準に生きてる者に、そんな【普通】が影響を与えるわけがない。
「そうと決まれば」
「やるか」
ぴたりと止まる動き。
動く口は殺気を伴い。
「てめぇらッ!!ぶっ殺すぞッ!!ふざけて――」
血しぶきが・悲鳴が・狂乱が・パーティーを彩り。
大きな笑い声が、滅びた悪の町に響いた。
「……うわー、ひでー」
騒がしいパーティーに似合わない、気の抜けた声。短剣を携えた新手の人物が、二人を迎えに来る。
堕落の男は、広場の惨状に顔をしかめていた。
「お!お前はっ!友よ!」
「素晴らしいだろ!この飾り~♪」
「――ロウ。ジャスラグ。悪いんだけど」
こういうのは苦手です。と、新手の人物は言う。
「見てないとこでな。やるなら。――ガルドスさんが呼んでる、いこーぜ」