彼等の一時
空は、すっかり黒に染まり。
招かれた客達は、思い思いに夜を楽しんでいて。
美味しそうな肉の匂いが鼻に入り、食欲を刺激し。天井に目を向けると、鮮やかな紐飾りが目に映った。
「――パーティーのっ!開幕だーっ!!」
ジョージの気合いが入った言葉で、栄光を手にした勝利者を祝う催しの始まりを告げる。
彼が掲げたコップが、部屋の明かりできらりと光った。
「よしっ!乾杯っ!」
「乾杯。賑やかで良いな」
「ふふ、本当ね。もう少しで学院も始まるし、最後の大息抜きってところかしら」
切り株を模した小さいテーブルを囲む様に、床に座る三人。
メリッサが、一緒のテーブルに着いたアッシュ、リンダさんとコップを打ち鳴らす。
「アッシュ、夏休みの課題はどうなの」
「順調に行って、予定通り終わったよ。……自由研究を少し難しくし過ぎたのが、後悔だ」
「流石の安定力ね。アッシュ君!ゴンザレス君なんて、全然やらないのに。【先生、オレはそんなもんに縛られるつもりはねェ】とかなんとか、かっこつけちゃって……ちなみにテーマは」
「でしょうね。……テーマは、才物と人の器を繋げる【接続機構】についてです」
歓談の内容は、天上学院の宿題についてのようだ。
「美味しそう!いただきますっ」
料理が並べられた長テーブルには、取り皿を持ったマリン達が群がる。
大皿に強襲を仕掛ける、一つの影があった。
「肉っ!肉っ!おいらの目的!」
少し高めな体格の男が、薄い茶の髪を風に靡かせて登場し、フォークを連続刺突する。的確に、野菜を避けながらだ。
「……ちょっ!」
欲望全開に肉のみを仕留めていくケビンの行為に、若干白い目を向けているマリン。彼女の代わりにチョップをお見舞いするジョージ。
「いてっ」
「獣か。お前はっ!」
二人のやり取りの横では、パーティー用と思われるきっちり目の服を着た人物、マルスさんが行儀良く料理を持っていく。
「食欲をそそる匂い、美味なる料理、それだけじゃなく……!詳しくはありませんが、手が込んでいることは伝わります!これは、フィルさんが?」
「私も少し手伝いましたけれど、マリンですよ。一番、頑張っていたのは」
更にその横には、細々と野菜を取っていくフィル。ブロッコリーを小皿に載せながら、淡々と応える。
(マリン……最初は、不器用にも程があって。とても任せられるレベルじゃなかった)
それでもこつこつと、腕を磨いて。
【あいたっ!……うん、平気だよ!これぐらいっ】
(成長したな……あいつも)
しみじみと胸が満たされていく、この感じはいいもんだ。ああ、本当にさ。
「なんだか疲れてる?」
「おー……ちょっと気合い入れて、トレーニングしたからな……」
右壁際のテーブルには、若干眠そうなロインと隣にメイ。ロインは大皿からイチゴを一撮みして、口に運んだ。
「大会終わったのに、頑張るね」
「ははっ、前ほどじゃねぇけどな」
気のせいかもしれんが、前より二人の雰囲気が柔らかくなっているような……。分かりやすいものじゃない良いムードが、漂っている気がする。
「――然り、我等は敵ではあったが」
「――争いは終わり、平穏は訪れた」
「――故に、メシを頂こう」
また別の丸テーブルでは、鎧を着た怪しげな集団が食事を行っていた。どう考えても不審者だが、ロインの友人らしいな……。
【パーティー?てやんでえっ!忙しいんだこっちはっ!この前の礼なら、別にするっ!】
エイトさんは、当然の如く誘いを断った。あの人らしいなとは思う。そこまで付き合いが長い訳ではないが、尊敬すべき男といえるっ。
「……」
馴染みのロイン宅にて、親交ある友人達が集まり喜びを共有している様子。優勝祝いは建前で、単にバカ騒ぎしたいだけにも見えるが。
「嬉しそうだ」
わいわいと賑わう空間を味わうように、ロインは皆の事を見ていた。ただそれだけで充分なのだと、その顔が言っている。
「――ジン太、あんた何をさっきから観察してんのよ」
「おうふッ!?メリッサッ!?」
いつの間に背後にっ。図書館に続いて、心臓に悪いっ。
「こんな壁際で……ちゃんとパーティー楽しみなさい!せっかくの集まりなんだから」
短いズボンに白いTシャツと、普段のラフな格好。
メリッサは、どうやら俺が心配な様子だ。
「何か考え事?料理スルーってどうなのよー」
「……いや、今食べる所だった。心配いらんよ」
「ウソくさい。――あんた、【怪奇】に飲まれるわね」
怪奇って?……ああ、あれか。
「【偽りの道】か。どっかの町に入口があるっていう」
正体不明の存在。才力が関わっているかも分からない、不気味極まる現象達。あの【霧の七不思議】も、これに属するものだろう。
「正解っ、ジン太君に百二十点プレゼント~!」
ぱちぱちと、わざとらしい。おちょくってるなメリッサめ。
「……ほら、怪奇に巻き込まれたくなかったら、素直に話してみなさいな。――なにか力になれるかも」
憂いを映した瞳で、メリッサは俺のことを見ている。……別に、悩みって程じゃないんだが。
「……漠然とした感情だ。どうこうは言えない」
「何気ない不安感、みたいな?」
「ああ、だから相談することはないな」
嘘は言ってない、誰だってそんな時はあるだろう。モヤモヤして気分が晴れない、どうにも行き詰まっているとかは。
「……そっか、ごめん。余計なお世話だったわね。……気分が落ち込んでるなら、銭湯でもどうよ!もしくは体を動かすっ」
「気が向いたらな。……今は、やめとく」
さり気なく、バトルに誘導されるところだった。危険人物メリッサ。
「ちぇっ、つまんないの。……うーん、メイとロインの問題もあるし困るわねっ」
ぶつぶつと聞こえる言葉に、二人の名前があった。
こちらを向いていない瞳には、謀の気配が。面倒に巻き込まれる予感っ。
「さらばっ」
「はい、ストップ」
背後から右肩を掴まれ、走る力は抹殺された。くそ、なんて握力だっ。
「なんでふっ!?」
いきなりの静止に言葉が崩れる。
「せっかくだから、ジン太にも協力してもらおうと思って!」
メリッサの顔が急接近、内緒話の構え。
「協力とな」
「名付けて、【ドキドキ王都!ラブラブ大作戦!】よっ」
「なんとなくだが、何をやりたいかは分かった。なので率直に言おう――人選を間違えてる。正気か」
俺に色恋沙汰の協力を頼むとは、猫に小判、ロインに禁欲レベルだぞっ。
「うー、あたしもそう思いはするんだけど。相談できる人にはしちゃったし。ダメ元でね」
藁扱いかよっ。それはそれでアレだなチクショウ!
「簡単なアドバイスとかで良いのよ。詳しい話は、パーティーが終わった後でどう?」
「時間がなぁ。きついんだが……」
しかし、メリッサの表情は焦ってるようにも見える。親友二人の助けになりたいが、どうにも手さぐりで不安なのだろう。それで、俺みたいな藁以下にすがってしまったか。
「……わかった、とりあえず話だけでも聞くか。終了後だな」
「!……ありがと、ジン太」
どこか申し訳なさそうに、メリッサは笑った。
恋だのなんだのは良く分からんが、やるしかないか。
「さ、面倒な話は終わったし!思いっきりはしゃぎましょう!」
メリッサが示すは屋内の喧噪、いつの間にやらヒートアップして。
「皿回しっ!!十枚っ!!いっきまーすっ!」
「じゃねぇよ!それ家の皿だぞ!割ったら弁償!ああっ!?てめぇ!?」
「ぼくは必ずっ!りっぱな戦士にーっ!!」
「さあっ、衣服という虚飾を脱ぎ捨てっ本来の自分を取り戻すンだっ」
「――根源たる己をか」
「――ならば、挑戦せざるを得ない」
「――我らの性が、叫ぶため」
「あひゃひゃっ!どうせ私なんてー!売れ残りなのよっ!」
「くっ!先生!落ち着け!ぐわっ!?」
「あんな風に?」
「ノー!?なんでこんなっ」
「……酒だな。間違って飲んだか」
「あたしはアッシュの加勢に……ジン太、あんたはゆっくり食事でもしてなさい」
メリッサの言葉の意味を、直ぐには理解できなかった。
ちらちらとこちらを伺う、彼女に気付いて。
「――そうする」
俺は喧噪の中へと歩き、マリンの元へと向かった。