さがしもの
「わたしの見解だと、そこは違うんです!」
「へえ、興味深いな」
静けさが支配する一席で、旧知の友の様に話し合う俺達。才獣退治の礼も兼ねていた。
方法を探る為に来てる図書館だが、ついつい本来の目的を見失いそうになる。
「才力取得の一つの説として――」
彼女の話を元に自分なりに模索はしているが、早々見つかる筈がない。もしかしたら、そんな方法ないのかもな。そうなると、別のやり方で進むべきなのかもしれない。
(才力解放の使用者……。フィアの事は、国のごたごたを解決した報酬として知ることが出来た)
【今の所、確認されている者はそれだけだ。行くのか、ジン太よ】
(――アスカールの王・クリュウ)
跪き、見上げた玉座の主。
庶民を圧倒する圧と、ほどほどの親しみやすさを兼ね備えた男に感じた。善人のようにも、悪人のようにも見えたが。
(また新たに確認できた時は、使いの者を寄こすと言っていた。俺が入国したことは知っている筈だし、それがないということは……)
フィア以外に皆無ってことか。まあ、アスカールとリアメルの関係があってこそかもしれないし。【零】の異海なんかは、下手に諜報活動しようもんなら悲惨な結果になりかねない。実際、諜報部隊が消息を絶ったと聞く。
(始まりの海にして、異海の訪問者を寄せ付けない魔境――頼るには、不気味すぎる)
多くの窮地を抜けた【小物】としての勘が告げている、寄れば碌なことにならないと……。
(てことで結局、こそこそ地味な活動をするしかない)
しかし、この国に来て良かったと感じるのは多い。
(懐かしい人達に会えたし、新たな出会いもあったし、良い鍛錬を行えたし。なにより――)
【ロイン選手っ!!勝利っ!!長き死闘の果て、栄光を手にしたのは――】
「ふふっ……」
「――じゃないですよぉ!ジン太!人の話を聞いてますか!?」
「おわぁっ!?なんでござるかっ」
怒りの発声に、思わず変な発音をしてしまった。
見ると、キャサリンが星の髪飾りをいじりながら睨んでいる。彼女は怒った風な時、飾りをいじる癖がある……のかもしれない。
「失礼ですよ!自分から話を振っておいてっ!空の上ですかっ!」
「ああっと……すまん。悪いことをした」
ついつい、意識が横に逸れてしまったか。
彼女は、少し顔を赤くしているように見える。
「いいんですよっ!どうせ、わたしの話なんてつまらないんでしょう!かちんときましたっ!」
「いやいや、許してくれキャサリン」
本当に怒ってるのか、微妙に判断に困る表情だ。これはどうしたもんか。
「……反省してますか?ジン太」
「してます。俺が悪かった」
「もうっ、なにをそんなに喜んでいたんですか」
「……親友の勇姿を、思い出していた」
それは、あのスカイ・ラウンドでの激闘――先に広がった光の軌跡。ずっと、俺の記憶に刻まれるものだ。
「例の、ロイン選手ですね」
「お前に会いたいとか、冗談か分からんことを言っていた男だ」
【美女のキャサリンさんっ!?お前ってやつはっ】
「困った人の気配がしますねぇ……見てないので知りませんけど、かなりの接戦だったようで」
「そうそう。……強烈な、斧と剣の打ち合い。2人共死力を尽くして、優勝を目指していた。足掻き、進み、泥臭くっ。ひたすらに戦う姿は、魂の輝きとも言えて……!」
自然と語気が強くなり、口調が加速していく。
心の何処かで熱が弾けたかのように、吐き出される熱意が止まらない。
「倒れて、転がり、立ち上がるっ!負けられない、絶対勝つとっ!積み重ねた己の人生を炸裂させるようにっ、最後の一撃が放たれてっ!」
俺は迸る感情を燃え上がらせ、キャサリンにこの情熱を伝えようと声を張り上げ――。
「――まさしく、人生の醍醐味!俺達が踏破するべき道だッ!!」
気付けば、椅子から少し身を乗り出していた。
「……」
言い切った言葉の後に、反動でやってくる静寂。
まずいっ、熱く語りすぎたっ!暑苦しい本性が剥き出しにっ。
キャサリンの表情は、驚いたように目を見開いて、口をぽかんと開けた風だ。
(やってしまった……!ジン太……不覚っ!完全に引かれたっ)
ああ、俺って奴は……。
「――ですよね」
しかし、予想に反して表情は【陽】に変わり。
「頑張ることは、良いことです」
【好ましく思います】
「――あ」
いつかの面影に重なるように、キャサリンは言った。
「……でも、図書館内ではお静かにっ。マナー破りです!」
「ごもっともだ。まじ、すんません」
幸い、この読書エリアに人は現在少ない。
気にした風に振り返り、また読書に戻る男性が視界に映る。
「ジン太って意外と、熱い感じの人だったんですね!わたし、びっくりしました」
「……ははははっ」
びっくりするよな、いきなりのアレは。我ながら熱くなりすぎだとは思うが、どうやら根っこからして俺はそうらしい。
「――あなたほど熱くは語れませんけど、わたしも昔、似たようなものを見て感嘆した記憶がありますよ」
「似たようなもの?」
「はい、スカイ・ラウンドでのある一幕」
キャサリンは口調穏やかに、その中に熱き想いを込めるように語り出した。
「――その人が振るう槍は、洗練され、見事という他ありませんでした」
紡がれる声は過去をなぞり、彼女の情景を形にする。
「周りの歓声が耳に入らない程、わたしはその光景に魅せられていて」
秘めた想いはだんだんと、熱を増していった。
「抱いたんです、本当の感動を。……一緒に見に行った友達は、ちょっと違う感動だったみたい」
奇妙な共感を抱きながら、俺は話を聞いていた。
彼女の熱意を、理解するように。
「……今日も楽しかったですっ」
時間はあっという間に過ぎ、外が赤く染まり始めた。
「俺もだよ。キャサリン」
少し日が暮れたのを横目で確認しながら、俺は別れ前の言葉を交わす。
ただ読書に没頭してるだけの時間もあったが、得られた成果とは別の充実があるのは。
(彼女と過ごす時を、心地良いと思ってるんだな)
鐘の音が遠く、寂しげに聞こえる。
キャサリンは窓を眺め、数秒間を置いてから一言。
「……そう言えば、森でマットンの一味に遭ったんですよね」
「それが、どうかしたか」
例の集団の一人は、戦士団に引き渡されたようで。気絶したまま引き摺られていた者から、情報は聞けたと。しかし一味の本拠地の情報など、重要な情報は持っていなかったようで。
妙な集団と関わってしまった、ついてない。
「……いえ、これからはそういった所に行かない方が良いんじゃないかとっ」
向いた彼女の瞳には、心配の色が表れていた。
「行く機会なんて、ない筈だから大丈夫。そんなに心配する必要なんてないさ」
「なら、良いんですけど……」
髪飾りに右手で触れながら、彼女は立ち上がる。
そして、着ているワンピースの右ポケットから一枚のカードを取り出した。
「おっ、借りていくのか。珍しい」
取り出されたそれは、黒い剣の様な模様が描かれた、本を借りるための利用カード。
中に情報が詰まっていて、刻まれた黒剣からそれを読み取る。
「たまには、研究の参考になるものもありますね」
椅子を戻し、机の上に置いてある複数の本から一冊を手に取った。青い表紙の、厚い本だ。
「さようなら、ジン太。……あなたの道行きに幸多きことを」
「?ああ、またな」
大袈裟に感じる別れの言葉を残して、キャサリンは階下へと姿を消した。
「……ふうっ」
何度か味わった、この一人寂しい気持ち。それを心の底で感じながら、ぼんやりと天井を見上げた。
「……」
変に頭がぼんやりする。張り切り過ぎたか。
「……はぁ」
なんとも重い気分だが、立ち止まっている時間も惜しい。
俺は机に顔を向け、開いた読みかけの本に目を通す。
「――完璧、か」
本の間をぐるぐる回る思考は、中々に鬱陶しいものだった。