面影の相似
ある昼の、王城近く。
記憶の再生は、お馴染みの花畑から。
「――わたくし、今日はあの山に行きたいと思います。付いてきてくれますか?ジン太様」
しゃがんで花を眺めながら、フィアはそんなことを言い出した。
「ピクニックか。お断りしまっ」
「言わないで。痛いのは、とても嫌でしょう?うふふ」
俺がそんな脅しに乗るとでも?舐められたもんだ。
「行きます。はい」
即答してしまった、思わず!
「よろしい。では、早くっ!」
……別に、びびったとかではないんだ。まじで。
単純に、彼女の誘いが嬉しかったから。ちょっと冗談で流そうとしたら、お茶目に返されてしまって。
割とパワフルなフィアの、期待の瞳。
そんな彼女が、愛おしく感じた。
「あの山って、あなたのお気に入りの場所があるとかいう」
「正解ですわ。嬉しい、覚えていてくれたのね……」
彼女が前に語っていた、王都から南西に5㎞ほど離れた山。時々フィアはそこを訪れて、気晴らしをしているのだという。
「たまには出掛けませんと、窮屈で気が滅入ってしまうの!ジン太なら分かるでしょう?」
「まー。分かるといえば、分かりますよフィア様……じゃなくて、フィア」
危ない。また様付けで呼ぶところだった。
【出来れば、フィアでお願いします】
様付けすると、あからさまに不満ありありの顔になるんだ。何がそんなに嫌なのか。自分は割と適当に呼ぶ癖に。
「そうと決まれば!着替えてきますわ!しばしお待ちを!」
いつも着ている白いドレス・大きく広がったロングスカートでは動き難いと、フィアはあっという間に王城へと去っていった。
「……必要か?」
見えなくなった彼女に向けて、問いかけた。
まあ、気持ちの問題か。
「その通り。あれは、息抜きには向きませんもの。……可愛らしいフリルが付いていて、嫌いではありませんが」
着替え終わった彼女の服は、青みがかった緑のローブ。胸元には、赤い宝石の飾りが。
健康的な両足がきっちり見える程度の長さで、動きやすそうではある。
「それじゃあ、出発か。ジン太、フィア様。今日は中々の快晴、良い旅になるな!」
鎧を着たお付きの騎士、俺の友人レンドが空を見上げて一言。剣と盾持ってフル装備とは、決まりとはいえ大変だ。
「鬱陶しくないか?それ」
「問うまでもないな。ジン太」
「行きましょう!出発ですわ!」
俺達は、王都の西にある専用の門へと向かった。
「ひっそりとしてんな。わざわざ隠れた門を使って遠出か、フィアの顔は知られてないんだろ」
開いた鉄の門扉と、その前に置かれたボロい馬車。
「ですわね。これは過剰だと思うのだけれど」
「……もしかすると、俺があなたの顔を知れたのってレアケース?」
「今更ですか。あれは、わたくしの我儘のせいでもありますが」
馬の鳴き声を聞きながら、俺達の乗る馬車を観察した。
薄汚れた布で覆われていて、僅かに異臭がする……。俺はともかく、フィアには相応しくないような。
「わたくしが好んでいるのです!旅の雰囲気が出ていませんか?」
「分からなくはないけど。なあ、レンド」
「おれは新品派なんだよ。残念だなぁ、趣味が合わないよ」
ええ?おいおい、衝撃の事実が判明したぞ。
「船に刻まれた傷とか……航海の跡とか……なんかこう、心にこないか」
「出来れば新品のままでいてほしい」
「……」
同じ旅好きでも分かり合えないなんて、そんな悲しさが俺の心を苛む。
ああ、非情なるこの世の中よ。
「――あら?」
フィアの疑問を含んだ言の葉が、午後の風に舞う。
「どうした、何か忘れものでもしたか」
彼女は振り返り、背後の生い茂った雑草地帯を見渡した。
「?フィア、なにが」
「……いえ、凶暴な肉食獣の如き気配を感じたのですが、気のせいのようで」
「な、にぃっ」
彼女が感じた気配……俺はそれに心当たりがあってしまう。
(あのっ、あのっ、赤い眼がっ。脳裏にっ!ひいいいっ)
雨の中、遭遇してしまった女……天上の一人【フィル】。
あれ以来、俺の前に度々姿を現すようになった恐怖の存在。完全に跡をつけてきてる。
(「暇つぶしです」とか、言ってたがなぁ)
【情けない姿……笑って良いですね?】
時には、ピンチの状況で助けてくれたり。
【所詮、それが貴方の限界のようね。みじめ~♪無様~♪無駄骨のあなた~♪】
くたばりそうな時に、暴言(歌付き)を放ってきたり。
「……気のせいだな。間違いない。早く出発しよう!振り切るんだ!」
「振り切るって、なんですの」
「はは、ほんと旅好きだなぁ。ジン太は」
見えぬ遠くの山を指差し、見えない脅威から逃走した。
目指すは、南西の山岳地帯・レスト山。
「……中もぼろいんだな。しかも馬糞となんかの臭いがきつい。どうですか?フィア」
「平気ですわ!むしろ、冒険心が刺激されます!」
木の板床の上に正座するフィアの顔は、晴れ晴れ風。俺は慣れてるけど、本当に大丈夫なのか。
(床板も頼りなくギシギシと、一部欠けて地が見えてるし。こりゃ、相当だ)
がたがたと揺れる車内で、俺はフィアと向き合い座っている。彼女は目を瞑りながら、口元を綻ばせていた。
(これから先の事でも考えてるのか?フィア)
整った気品ある容姿、天の使いと呼ばれるに相応しい美しさ。
そんな彼女の顔を、自然と視線でなぞっていく。
(俺は、どう思っているんだ)
それなりの時を、楽しく語り合った人物。
気が合う友人か、それとも別の。
「……あの、そんなに見つめられると照れます」
あ、しまった!まじまじとじろじろと、どっかの変態の如き行為を。
フィアは顔を赤らめ、逸らしてしまった。
「もしや、いつの間にかそんな関係にっ?……いや、どうだろ、処刑かなぁ、ジン太処刑かもなぁ……」
左のレンドが物騒なことをっ。というか両耳塞いで、分かってるぜ!風の顔は止めろっ。
「うおっ!?」
フィアとの距離がさっきより近い。何気に寄って来てるっ!?
「……ジン太っ」
綺麗な青の瞳に、飲み込まれそうになる俺。
な。なにをっ、する気なんだっ!フィア――。
「旅の話を、お願いします」
「ああ、そっちか」
変な期待してしまった……するってことは、やっぱり俺は彼女に。
「今回の航海では、ホークス海を通った時に巨大なカエルに遭遇してなー。甲板で戦いになって」
「それは恐ろしい……!わたくしだったらパニックになりそう」
「俺だってなりましたよ。なんせ、そいつは口から火炎を放ってきましたから!」
「!バイオレンスっ!」
はらはらした様子で聞いているフィアと、少し芝居がかった感じで語る俺。
「そこで俺の拳が炸裂!しかし、最後の最後でミスりまして……」
何度も繰り返した、彼女と過ごす時間。語られる冒険譚。
「変な風に髪が燃えて、何故か上手くアフロヘアに……!」
そして毎度の、滑稽な話。俺にとってはお決まりの展開だ。
「――どきどきしました。今回も」
それでも彼女は欠片も馬鹿にしないで、俺の話を嬉しそうに聞いていた。
「――ジン太!寝ちゃいましたかっ」
女性の言葉で世界が壊れる。
記憶の再生は終わり、俺は本の領域に帰還した。
「……あー、悪いなキャサリン。なんか妙にウトウトして」
突っ伏していた机から顔を上げ、目の前に座る彼女に言った。
桃色の髪を持った、現在の友人に。
「昨日のごたごたの所為ですか?それなら無理はなさらずに」
「あはは、平気さ」
右側に並ぶ窓に目を向け、そこからの日差しと、窓際に置かれた花瓶を確認した。
ここは昼の図書館、右奥の読書スペース……。よし、整理完了!
「まあ、気持ちよさそうな表情ではありましたが……いい夢を見たんですね」
「……ああ、そうだな」
あの日の思い出は、俺にとって大事なものだ。日々の活力になってくれる。
「お前と少し似た……大切な親友の夢を見てたんだ」