内と外
「いやぁ、どうなることかと思ったが……何とかなったな」
鳴り響く滝の音と、降り注ぐ先の池。それによる水しぶきと、池を泳ぐ魚の動きを、ふと追いかける。
オッさんは水辺に咲く、黄色がかった花畑でしゃがみ込んでいた。
手には鋏を持ち、茎を切って月の花を籠に入れていく。
「マットンの一味と、謎の戦士か……マルスさん、あれは第四団の兵だよな?」
「だとは思うが、なんせ謎に包まれた部隊ですし」
アスカール戦士団の【第四団】、【影似潜無者】の異名で呼ばれる、諜報・偵察部隊。防衛・警備などを主とする第一団の戦士と違い、目立たない存在。
あの重々しい雰囲気からして、かなりの古参ではなかろうか。
「なんにしても助かったわよ。あたし、少しひやっとしちゃった」
「わたしも……足が震えて」
僕の傍には、メイとメリッサがいる。メイはミニスカの裾を握り、不安を表しているようだ。
(……あいつ等は、大人しく退いたようだが。やっぱり怖いよな)
【用事を済ませたら、直ぐに帰還しろ。それまでは警護しようぞ】
相棒の刃を目視しながら、僕は武強・【特質武器】の調子を確かめる。
(調整した限り、調子は良さそうだぜ。……僕がいるから平気だ!みんな守ってみせるっ!)
精神を固め、柄を握った。いつだって強い気持ちは大事だ。
「ジン太さん、かなり疲労しているようですが。例の、不可思議な力ですか」
「ああ。だが、そんなでもないよ。今は自重してるし。……辛そうに見えたか」
「ええ。……ふむ、常に境地……止む事なき鍛錬といったところですか。流石は、エイトさんに認められる情熱の徒!」
「ふふっ。止してくださいよ……俺なんてまだまだですよ!」
すっかり意気投合してる風の熱血馬鹿二人が、お互いを称え合う暑苦しい風景で僕の網膜を焼き尽くそうとしたので咄嗟に目をそらした。
類は友を呼ぶ、なんかね?
(熱血マルスの言う通り、ジン太はかなりの汗を流し、息を乱している)
自分のオーラでそうなった訳ではなく、奴の鍛錬の結果。
思えばスカイ・フィールドでも欠かさず、あれを行っていたな……よく見ると、周りに小さな虹色の光が飛び散ってるから、今は分かりやすい。
(精神負荷に似た現象も起きてる様で、あの場所だともっと辛くて、珍しく苦悩を強く感じた……それでもジン太は)
実際に使用したり、体を純粋に鍛えたりも必要で、更には探しものと……ようやるぜ。
(……奴を突き動かす、熱意か)
それは、僕にはないもので形作られているんだろう。
奴と僕の決定的な差が、そこにはある。
「……ほんと、馬鹿野郎だよ」
誰に聞かせるつもりもない、小さな空しい呟き。
「――よし!終わり!待たせたな、早く行こう!」
一応警戒はしてたが何事もなく。おっさんの言葉を合図に、僕達は帰路についた。
「つっても、帰るまでが遠足ってな」
「心臓に悪い遠足よね……もう、あんな面倒はごめんよ……あいつ等、何が狙いだったのかしら」
右を歩くメリッサは、未だに少し引き摺っているようだ。
「才獣じゃないのかな。マットンの一味なら」
「あたし達を襲う必要ある?才獣だけ回収すれば良いじゃない」
「う、ううーん。持って行かれると思ったとか」
左を歩くメイも、不安感が残っているようで。
(左右に光放つ宝石が!僕の心惑わす、聖なる美少女がァ!うおおおおっ!)
僕の守護力が加速度的に上昇中。どんな敵が来ても、負ける気がしねぇ……!
「2人共!僕がいるから大丈夫だYO!そんなに怖いんだったら、頼れる胸板に飛び込んで来たまえっ!さあっ!」
両腕をオープンし、愛を受け入れる構え!
これは格好E!メロメロだろっ!
「……緊迫感のないおばかロインを、守らなくちゃね。しっかりしましょう!メイ!」
「うん。ふざけるのも程々に……メリッサ、夏休みの課題はどう?」
何気なく流れる冷たい雰囲気。あれぇ?おっかしいなぁ?
「あー、何とか終わりそうね。今回は、スカイ・ラウンドもなかったし」
「ふふ。去年だって、きちんと終わらせてたじゃない」
僕をスルーして、二人は遠のいていく。
残された者は、哀愁漂わせて言った。
「僕、真面目なんですよ」
「――やっぱり青春とは、一度だけの限定的なものだと思うんです。二度と戻らないものだからこそ、尊い!」
「それは違うなぁ!青春なんて、そもそもないっ!今この瞬間!世界が、おれ達が、青春だっ!」
「……フッ」
前を歩く三人が、互いの青春論をぶつけ合っている。個人的にクソどうでもいいが、なんであんなに必死になれるのか。
それにジン太君、一人だけ「やれやれ、仕方ないな」風に気取ってるが、似合ってないぞ。
「で、どうなのよ?あんた達!」
「え、ええーっと」
こっちはこっちで、正反対のピンクのオーラが展開されてるし。
メリッサや、あまりハニーを困らせるんじゃないぞ。
(それに進展なんて……)
優勝から一週間ほど経つが、僕達の関係は変わっても大してなにもない。
何処かメイの様子がおかしいのも前からで、それでも彼女の幸せそうな顔が見れるのも今更だ。
(ただ、頻度が多くなった気がする。一緒に食事してる時に、どこか上の空なんてことあるし。思い悩んでるのは間違いない)
僕で力になれないか?と、尋ねてはみたがはぐらかされ。
このままだと、約束自体なかったことになりかねない雰囲気だ。
(……本当の問題はそれじゃなく、彼女の曇った顔を晴らせないことだがな)
どうすれば良いんだか……。歩きながら、苛立ち紛れに小石を蹴った。
「……はぁ、じれったいわね。見てて、もどかしい。これは、あたしが何とかするしかないか……」
後半の呟きは、よく聞こえなかった。しかし、メリッサのお節介感がひしひしと。
「――まったくっ!あんた達っ!そんなに仲良いくせにっ!」
溜め込んでいたもんを吐き出す様な、メリッサの声が響く。
「このお似合いラブラブカップルめっ!早く結婚しなさいよ!」
「はっ、えっ、そんなに仲よく見えるの?」
「見えますよっ!このすっとぼけメイがぁっ!互いが互いを想い合ってる感が、あふれんばかりなのよ!羨ましいわぁっ!このっ!このっ!」
「わっ!ちょっと、メリッサ!くすぐったいよぉ!」
メイに襲い掛かる、メリッサの魔手。両手でハニーをこちょこちょと……美しい、美の極致じゃねぇか。
(……想い合ってるか。僕達は)
思い返して、みようか。
僕の家で一緒に過ごす時間。
(ふとした瞬間に、僕は彼女の事を見る。大切な人がそこにいる・その確認の様に。そうすると、時々目が合うことが)
僕はメイの瞳を、逸らさずに真っ直ぐ見る。
彼女は気恥ずかしそうに、目を逸らすけれど。
(嬉しそうではあったよな。メイ)
僕が困っていると、何も言わずともフォローしてくれるメイ。
彼女が困っていれば、即座に手助けできる僕。
(長い時を共にした、僕の――)
「こうなったら、このまま【銭湯】に直行して洗いざらい喋ってもらうわよ~」
「め、メリッサっ。顔がこわいっ!」
少し、不安になりすぎだったか。僕は。
●■▲
「あっ!イタっ!?」
ロイン宅・二階のフィル&マリンの部屋にて、少女は失敗を繰り返していた。
「……少し休憩したら?マリン」
部屋の奥に二つ並んだベッドの一つには、フィルが本を片手に座っている。格好は、この国で定番のホットパンツ・キャミソールの組み合わせ。
少し暑いのか、左手を団扇代わりに動かす。
「まだまだっ!船長だったら諦めないよっ!」
マリンは、尋常ではない汗を流して立っている。白いワンピースには汗が浮かび、血らしきものが付着していた。
「やれやれね。悪影響を与える男」
「よーしっ、もう一回!」
張り切るマリンの両手には、赤を基調にした【手甲型才物】が装着されて。それはごつごつとしていて、白い蛇が描かれている。
「……!」
背筋をぴんと伸ばし、両手を腰の辺りで構えたマリン。目を閉じ、意識を研ぎ澄ませ、まだ見ぬ領域への道を歩む。
「……っ」
彼女の周りに多数発生する、小さな水色の塊。半透明で様々な形を見せるそれ等は、塊同士で繋がり、大きさを増していく。
才の流れを、分かりやすく視覚化した光景。
「あ、ああっ!」
マリンの顔に浮かぶのは、明らかな苦悶。
それだけで、現在行っている行為がどれ程の苦痛を伴うものなのか、見る者に伝えてくる。
「ま、だっ!」
苦痛で泣いてもおかしくない行為を、しかし少女は歯を噛み締め耐え続ける。
この頑張りが、きっと【彼】の役に立つと信じて。
(――船長)
いつだって努力を絶やさず、苦難の道を歩いている人。
危険に首を突っ込むことだって、ある時はある。それで大けがをする場合も、当然の如くあってしまうのだ。
(なら、わたしが少しでも力になれれば。そう思って)
マリンはフィルと共に、才力を得る為の修行を日々繰り返していた。
(でも、そんな簡単なことじゃなかった)
彼女に特別な才力者としての素質がある、なんてことはなく。はっきり言えば、才能は0に近かった。
結局、才が劣っていることは変わらずに。
(劣っているだけなら、可能性が0じゃないなら、やる価値はあるっ!)
【うおおおっ!!この腕が折れようとっ!!俺は倒れんっ!!】
(そんな彼の姿を、ずっと見てきたのだから)
「!!う、ァッ!?」
激痛が両腕を走った。彼女が何度か味わった、失敗の痛み。
(しまった!制御がっ!)
己の負傷と共に、周囲に起きる変化。
塊が金色に変色し、形がぐちゃぐちゃになっていく。
才の制御を誤ったことによる、暴走状態。
「あァッ!?」
そのまま力は加速し――炸裂して。
「・喧しい・」
後に起きるはずだった破壊現象を、凍えた圧力がねじ伏せ、凍結させた。
天上の者による、完璧なフォロー。
「……ご、ごめんなさいっ!フィルさん!」
「だから休みなさいと言ってるのに……仕方のない子ね」
愛しさ混じりのため息を吐く、フィルの人差し指。そこには、白い【指輪型才物】がはめられていた。
才物によって指先から出た赤い【線】が、手甲型才物と繋がっている。
「まあ、暇な限りはサポートするから好きにすれば?」
「う、うん。……もう少しで出来そうな気がするんだけどっ」
マリンはフィルの背後にある窓、そこに見える夕暮れの始まりを確認した。
「そろそろ、夕飯の準備をしなきゃ」
今日も船長はくたくたの筈だから、元気が付くものをとマリンは張り切って。
「あら、大変ね。私はなんでも良いわよ」
「了解!……そう言えばフィルさんって、料理は」
「出来るわ。なんとなくで、最初から」
「ですよねー。……はぁ」
理不尽さに肩を落としながら、少女は今日も一生懸命に――。