森を行く戦士
【暗闇の森】は、その名の通りの場所だ。
昼だというのに、薄暗くて視界が悪い。
「暗いなぁ、まいるぜ」
この森に多数生えた、灰色の刺々しい木肌を持つ樹木。周囲の環境と合わせて、ある程度の光を遮断する効果を発揮する。そのせいで夏に相応しくない気温だ。
僕は綺麗に流れる川に沿って、森の奥へと進む。
「……うん、うんっ」
僕の右を歩く史上最高の美しき美少女戦士的カタストロフィ・メイが、その美麗な露出した左腕を僕の方に伸ばしている……割と露出多い服好きだよな、メイは。
(ともあれ、この状況はっ)
つまり僕達は、手と手を繋いでいるんだなぁ。
「う、うおおっ」
メイは暗闇の森にトラウマがあるらしく、思った以上に体が動かないらしい。
そして、こんな状況になっているわけだが……。
(――ふむ、僕は全力で怯えるメイを守るのみ!)
背中の剣に左手で軽く触れ、決意を固めて周囲を警戒する。
マックスドラゴンの気配はなし……そんな頻繁に遭遇する奴じゃねぇが。
「ロイン……もし出たら、わたしの盾で……守るからっ!」
緑色の四角い盾を右手に持ち、強く握り締めながら彼女は言った。
(……よし、更にやる気が出てきた!漢ロイン!しっかりしろよ!)
僕はメイの手を強く優しく握り、元気を与える笑顔を向けた。
「……ぷっ」
なにソノ笑い!?最高のスマイルの筈!
「……気持ちは伝わったよ、充分に」
そう言って、僕の手から温もりが離れていく。あ、あ。手はそのままでお願いします!
(しまった!笑顔になったのは良いが、まさかこんな展開になるとは……!?僕の洞察力を持ってしても、見抜けなんだ……!)
……まあ、もしもの時に動きづらいしな。マックスドラゴンに襲われるなんて、そうそうないとは思うがよ。
(僕達の目的は月の花。この道を行けば、大きな滝が見えてくる)
その滝の近くに、花は生えているという話だ。さっさと行って、ぱっぱと戻ってくれば危険はない。
「……ジン太、あんたまで付いてくるなんてね。忙しいんじゃなかった?」
「ちょっと。マックスドラゴンっていうのに興味があって」
「才獣に興味なんてあったの。あんた」
「知人……いや、友人が色んな才獣の話をしててな……」
「共通の話題ってわけか。……その友達ってキャサリンさん?図書館で知り合ったっていう!そうよねっ!」
僕達の前を歩く二人。リュックを揺らすジン太と、矢筒を背負ったメリッサ。
「どういう関係?進展はあったの!?」
「なんだ、その食い付きは!友達だ。普通の、ノーマルの。メリッサさんの要望には応えられない、諦めろ」
「つまらないなぁ。少しは根性見せて、ラブハートを燃やしてよ!」
「んな余裕あるかい……ロインとメイで我慢しとけよな」
頼もしい二人だ……ただし、僕達の関係は甘すぎて注意が必要だぞ!
「……おれは、それでも集中できるな。大して気にならん」
「本当ですか。ボクは無理だなぁ、鍛錬は一人でやりたい派」
「騒がしいのは平気なんだろ?そっちが信じられんわ、うっとうしくて仕方ない!」
「周囲に人がいなければ、全然!思う存分、青春の汗を流せますよ!はっはっはっ!」
僕の後ろから聞こえる、【熱血】の気配を持った声。ジン太の野郎と同種だと、聞いただけで確信させる気が。
「ほうほう。不変の気力たぁ、お前さんのことか!会った時と違いないな、マルス!」
「よせやい、ですよ。エイトさんの方が、長い年月続けて磨いて貫いて……尊敬します!」
おっさんと意気投合を果たした、気合いに満ちた声の持ち主はマルス。第一団の戦士にして、黄土色の髪と濃い顔の持ち主。
メイとオッさんの友人らしく。オッさんが森に行くということで、非番の身で付いてきたようだ。
「まだ見ぬ新境地に挑戦しようという、生き甲斐!ボクもまだまだ修行が足りないと、思い知らされる!」
泣きながら熱弁してる様が、しっかりと浮かんじまった!ぐあああああ、熱血に浸食ゥ!?
「てやんでぇ!おれを追い越そうって気概でなくて、どうするっ!!」
「っ!!すいません!エイトさん!大切なことに気付かされました!」
暑苦しいトークが背後で展開されて、じりじりと焼かれていく僕の精神。
アンタ達、ジン太と先生を加えて四天王でも結成すんの?
「楽しそうだね。二人共」
「少し騒ぎ過ぎだと思うんですな!」
友人二人の様子に、メイは満足気味。僕はげんなり気味。
「……わたしたちも、もっと楽しく歩こうか。ロイン」
「ピクニックじゃねぇんだから……」
とは言うが、半分ピクニック気分でイチャイチャしたいと願っている僕。
(僕も強くなって……正直、余裕で対応出来んじゃねぇのって)
それなら、彼女と過ごす時を味わった方が。
「昔さ、こんな風に二人で遠足に行ったよね。覚えてる?」
「……あったり前だ。僕はメイとの思い出なら、一語一句ハートに刻まれてるぜ!」
彼女が言うのは、子供の頃の冒険。感じた土や草の匂い、風の暖かさ、なにもかも覚えてる。
アスカルド平野に出ては、当てのない散歩を楽しんでいた。僕にとっては至福の一時だったがよ。
「……楽しかった、よな。ただの蛇に遭遇して、才獣だー!とか大騒ぎしたり。丘の上でサンドイッチ食べて、メイに残さないでって怒られたりしたっけ……」
彼女に問いかけるように、僕は言葉を発していく。
少し反応が怖い、そう感じている自分を抑えながら。
「――うん。わたしも楽しかったよ」
メイの言葉に安堵する、僕はまだ恐れているのか。
(メイと過ごした長い月日が、あの幸せだった日々が)
「そこで!おれは言ってやったのよ!その失礼な受取人に!【作る者がいるから!お前さん達は戦えてんだろうがっ!おととい来やがれ!バカ野郎!】ってなぁ!本当、分かってねぇよ!」
「申し訳ないっ!同じアスカール戦士団として、情けない限りですっ!」
「そういう場合の戦い方は、あたしも同じね。だいたいそうじゃない?」
「ふーむ、メリッサもそうなのか……何か別の切り口がないもんかね」
(すべて、ガラクタ)
僕が勝手にはしゃいでいただけで、メイはイヤイヤだったなんて。万が一にも、あってはならないことが。前にも、そんな不安を抱いたか。
「でもロイン!あれは本当に悲しかったの!折角、自分で頑張って作ったサンドイッチだったんだから!」
「うおっ、厳しいことを言いますわハニーは。あれだけ大量に作られたら、僕の愛の力でも胃が限界でござる!」
「む、むむ。……それでも食べてくれるなんて、ロインは優しいね。昔から」
「いつも言うが、優しくはないぞ。普通は」
彼女と言葉を重ねるこの時を、無駄だったとは思いたくない。
「そんなことないよ。わたしが虫や獣に怯えてた時、守ろうとしてくれた」
「メイの方もだ。お前も僕を庇ってくれた」
盾を持って僕の前に立ち、立ち向かう彼女の姿。
負けじと彼女の前に行き、向かっていった僕。
(互いが互いを守ろうと、必死で)
そこには、確かに絆があった。
今だって、それを感じている。
「……僕は、メイを愛しているんだ」
「!い、いきなりどうしたの?ロイン」
「……お前の気持ちを聞きたい。メイは僕のことを――」
我慢できずに僕は言った。彼女の気持ちを確かめる為に、その心に踏み込もうとして。
「――みんな、見えたぞ、滝が」
ジン太が目的地到着を告げる。
「!もうか!」
「音で分かるだろ。なにを呆けてるんだ」
言われてみれば、滝の流れ落ちる音が聞こえてきた。
正面遠くに目を凝らせば、小さなそれが見える。
「よし!後は、月の花ね!少しで良いんでしょう?」
「おうよ!念の為、多めに欲しいがな!」
僕を追い越し、オッさんは早足で集団の先頭に出る。背中には、花を運ぶための木の籠が。
「やる気満々ねー。エイトさん」
そのままメリッサ達も追い抜き、滝に向かおうとして。
「――ストップ。あたしの後ろに」
「!?あ、ああ!」
メリッサに静止の言葉を掛けられ、オッサンは後退した。
「まさかね……右、かしら」
全員が一気に緊張状態に入り、左右の木々に注意する。
「っ!」
そして、右側の木々から姿を現したのは。
「……なんだ、うさぎか」
小さなウサギ。才獣でもないし、脅威は感じない。
「びっくりしたぞ。メリッサ」
「ごめんごめん!ジン太!気のせいか……」
突如、大きな不快音が僕の耳に聞こえる。
「っ!?これ――」
――木々をなぎ倒す、強烈な光が言葉を遮った。