熱意
――ぐにゃりとした何かが、僕を見・視ている。
「……!ロイン!どうした!」
「お、おうっ!なんだよ!」
?……妙に意識が定まらない。疲れてるのか。
目前の友の声で引き戻された、意識の場所は。
「ぼーっとしてんなよ。降り出してきそうだ、急ごうぜ」
曇天の空の下、僕はジン太・メイと共に王都の西側、第四地区の一角を歩いていた。
周囲に人気は少なく、何処か寂しさを感じさせる。
「ここら辺は道が入り組んでて……迷いやすいよね。まいっちゃう」
隣を行くは、レーススカートを穿いた美しき金色。
メイの言う通り、迷路みたいで非常に進みにくい。それに加えて目ぼしい店などがない為、普段から人気がない通りだ。
怪しい露天商や小さな酒場などがあるぐらいで、静かな雰囲気が漂う。
(……だから、おっさんは此処が気に入ってるのか)
僕達がここにいる理由は、【才物師】であるオッさんに会うためだ。
(才物師……才物を作り出す者、か)
あのオッさんとの出会いは、五年ほど前だ。冬の月、だったな。
【坊主、迷子か?】
道に迷っていた僕を、助けてくれた気の良いオッさん。
どうやら才物師であるという話なので、お礼がてらに一度訪れることに。
【おもしれェもんなんて、ないぞ。……居ても構わないが、邪魔はするなよ】
若干しぶい顔をしながらも、作業場の見学を許してくれた。
【修行の効果を上げる才物だぁ!?てやんでえ!あるかいっ、そんなの!くだらんことに時間使わせるなよ!】
ふてぶてしくもリクエストしてみたが、あっさり却下。基本的に、自分が作りたい物しか作らない職人のようだ。
【嬢ちゃんまで連れてきやがって……お菓子は居間の箪笥の中!】
メリッサが興味を持って、一緒に訪問。相変わらず僕達に構うことなく、おっさんは一心不乱に鎚を振るっていた。
【きらきら光る、飾り物だぁ?……まあ、気が乗ったし作ってやらんでもない】
運良く要望に合ってると、普通に作ってもらえたりする。メリッサやメイが、飾り物を貰ったのを覚えているが。
【サービスだ!銀ルビィ一枚!】
ただし有料。悪人ではないが、そこまで善人でもない。
【こっちだって必死なんだ!……たまに、大きな収入はあるがな】
ちゃんと許可を得て、色々な才物を製造しているらしい。いや、そうしないと戦士団に捕まるけど。……あのオッさんなら、やりかねねェな。
「そんなこんなで、奇妙な関係が続いて」
「――また来たか。坊主共!」
「来ちまったぜ!エイトのおっさん!」
僕達が足を踏み入れた、才物を生み出す戦場。
黒い台の前で大きな鎚を持つ、濃い口髭を生やした黒髪の巨漢。
台の上に置かれた光を発する丸い物体に、ガン、ガン、ガンと、勢い良く鎚を振り下ろしていく両腕は力強い。
流れる汗が、必死の形相が、その過酷さを伝えてくる。
(【最終工程】か……作っているのは防御崩壊だな)
鎚が打ち付けられる度に、発せられる電光のようなものは激しく広がり。
「ふんっ!!はっ!!ほッ!!」
焼け焦げたような臭いが、石床の部屋に充満する。
(一見、力任せに振るっている様に感じるが……実際は、細かい調整を行っているんだよな)
才物内の器に、才力を注ぎ込む作業。とは、少し違う。
【おれが注ぎ込んでるってわけじゃあねえ。なんて言うか……作った器に勝手に流れる才を、正しい形にして上手く噛み合うようにするって風だな!】
才力の源である才。
【才の発生源は、人間であるという説もあります】
それが自然に流れ込む現象は、基本的に才物・才獣にしか見られないらしいが。
(それを調整する作業ってのは、どんだけキツイもんなんだかな……話を聞いただけでは、分からない苦労があるんだろう)
そんな事をひたむきに、続けて続いて三十年以上。今では低・中・高・凶の四種類ある【難度】の内、高の才物ですら生み出せる程だ。
「――ハアッ!!」
バチバチと音が響き、オッさんの気力が上昇していく。その姿を、メイもジン太も真剣な顔で見守っている。
(そろそろか)
そろそろ、終わりの一撃が放たれる時。僕は直感で分かった。
「これでェッ!!」
証明するように大きく振り上げられる、魂を込めた全快の鎚。
工程の全てを有にする為、熱き技術が結集した一撃が直線に落ちて。
(……ジン太と同類、だ。このオッさん)
工程終了の音色と共に、眩い光が僕の視界を奔った。
「……ふぃー、疲れたぁ……使い切ったぜ……!魂を……!」
右手の甲で額の汗を拭い、充実した若々しい表情を見せてやがる中年男。ソウルってなんやねん?
「……ブラボーッ」
ぱちぱちと拍手しながら、ジン太は顔を引きつらせている……。だから、無駄に我慢せずに暑苦しく称賛しろや!変顔になって横のメイが引いてるぞ!
「……どういう顔だ。それはよ?」
ほら、オッさんまで怪訝な表情に!
「いや……素晴らしいもんを見ました。思わずこっちまで熱せられる熱意・集中に、磨き抜かれた鎚の冴え……!」
「あ、ああ。顔がピクピク動いてるが、大丈夫かよ。坊主」
「それがジン太の通常運行っすよ。オッサン」
僕のフォローは迅速に、親友を手助けした。前にもこんな事があった気が、しかたねぇ野郎だ!
「これが普通かい!?……ま、称賛は素直にありがたい」
「オッサンにとっては、あってもなくても変わらないもんじゃねぇの?」
「違うぞ。褒められるのは良いもんだ!それで作業に影響はないが!がはは!」
口を大きく開けて大笑、純粋に喜びを表している。影響なしっていうのは、本当にそうなんだろう。
(自分が作りたいから、汗水流し、必死になって……か。これが、リアルが充実した人間の放つ光!目が焼かれる!……なんちゃって!)
僕もすでに、その領域に足を踏み入れた人間だからな……。どうしよう、ジン太とかに嫉妬で殺されたりしたら……。
「そんでお前さんは、何をにやけてんだ!」
「ハっ!?なんでもないない!」
いかん、僕のリア充オーラが隠しきれないか!
「そ、それより!うまく出来てんじゃねえ!?才物の方さっ!」
とっさに人差し指で示した先は、台の上の紫の球体。
(全体的に描かれた、ひび割れのような模様……やっぱりな)
思った通りの物だ。難度【高】の才物、防御上昇に対する手札の一。
「……オッさん、戦士団に頼まれたのか?これ」
「そんなわけないだろうよ、おれの気質を忘れたのか。それに、今頃はもう受取人が来ている」
「タイプじゃないか、そういう」
「……金を積まれりゃ、その限りじゃない場合もあるぜ!これも戦士団に売り渡すかもな!」
……才物作るのも金が要るからなぁ!
「――それで?お前さん達の用事はなんだ。夏休みの課題か」
「オッさんの手伝いだよ」
問われる言葉に僕は応える。
「メリッサに聞いたんだ、材料のことで困ってるだろ」
「メリッサ?あー、言った気もするな!がははっ!……その嬢ちゃんは」
「夏休みの自由研究」
後で合流する予定だが、彼女は中々手こずっているようで。
【ありがとう!ごめんね!】
【僕の自由研究になるから、かまわねぇ】
代わりに僕がやると言って、とりあえず話だけでもと訪れたのだ。
「そうなんです、おじさん。メリッサが気にしてたみたいで」
「心配かけちまったか、悪いなぁ……ただの愚痴だったんだ」
「困ってるのは本当なんですね。何か力になれませんか」
メイがオッさんに話を促す。
大した用事にならなければ、幸いだが。
「うーむ、しかしな。……大変な事だし……危険だしなぁ……任せるのは」
ぶつぶつと悩むオッさんの様子を見るに、なってしまいそうだぜ。
「才獣関連ですか?もしかして」
質問をぶつけるメイ。
可能性は高いな。きっと。
「……鋭い!実は、暗闇の森の【花】が欲しくてな。材料として必須なんだ!」
暗闇の森。アスカルド平野の西にある、マックスドラゴンの生息地か。
「花……月の花ですね!」
「おう、知識あるな。しかし、問題は忌々しい獣だ!」
こめかみを押さえながら、愚痴っていくオッサン。
「マックスドラゴン……!強い奴だと……大変厄介で……くそ!脅獣め!今は、迷惑な奴等も動いてるしな!」
「……!」
メイの横顔が少し歪んだ気がした。
(マットンの一味か)
ちょこざいな組織で、いまだ本拠地が掴めないらしいが。
――ぐにゃりぐにゃりと、捻じ曲がった視線が――