次の舞台
足音は静かに、心中は騒がしく。
「……」
白い革靴が刻むリズムは、とても急いていて苛立ちが見え隠れする。
なにが彼女の心を、そこまでかき乱すのか。
「……すぐこれだ……なんで」
親指の爪を噛みながら、白い衣服を纏った長髪の探求者・ジュアは静かな廊下を行く。
たまに、通り過ぎるドアから物音が聞こえるが、彼女は気にせず自らの居場所へと向かう。
「……早く……研究を……!?」
焦る彼女、その前に人影が現れた。
「――やっ。戻ったか、ジュア。機嫌悪そうだね?お腹壊したのかな?息抜き必要?」
「……いつも通りだ。気のせいだろう、マットン」
「ハハっ!それもそうだね!」
ジュアとは対照的に陽気な人物、白衣を着こなす道楽者・マットン。禿げ頭をぼりぼりと掻きながら、にこやかに対応する。
「……それに、お前に息抜きは毒でしかないか。研究が気になって頭痛がっ!って、タイプだったなっ。ハハっ」
「ふんっ、アナタは息抜きばかりだな。羨ましい限りだ……!」
「ハハハっ!それが私の趣味だからなっ。毎日ハッピーデーさ!いぇいっ!」
「……うわぁ」
のりのりでウインクするマットンから、ジュアは若干後ずさりする。
顔は引きつっていて、近づかないでと必死にアピールしていた。
「お前は、少し力を入れ過ぎなんだよ。どうせなら楽しくっ!……私が研究の楽しさに気付いたのは、遡ること二十年以上前……」
説教風に自分語りを始める中年男と、さらに後ずさる天才少女。
「小学生の頃、禿げ頭を馬鹿にされ……おっと、すまない。戻ってきてくれ!」
ようやく気付き、マットンは正気に戻った。
「……やれやれ。――それで?仕事の方は」
「――まずまずだ。【コンガリュ山】の調達班がまた撃退された。戦士団の奴等、本当に鬱陶しいな」
「……例の戦士か。凄腕らしいが」
「だよ。身なりから言って、【第一団】ではなく【第四団】だろう。……一応、対策は打ったんだけど。あんまり効果なかったな」
目を閉じ、悔しそうに唸るマットン。
「【暗闇の森】の【マックスドラゴン】は、怪我人出たけど何とか捕獲できたよ。早速、実験を始めるかい?」
「待て。【機械】の材料はどうなった」
「そっちも大丈夫さ!例の伝手で入手済み、壊れた部品は取り替えた……便利だけど、壊れやすいのは難だね」
右手で白衣の胸ポケットをいじりながら、マットンは実験の開始を進言する。
「……よし、やろう。必要な部位は分かっているよな?」
「【頭】と【心臓】だろ。前回、モニターの反応が良かったのがそれだ。……既にジュアの研究室に運んだよ。腰痛いよ」
「いつになく手際が良いじゃないか。ナイスだ」
ジュアにしては珍しい、素直な褒め言葉。
「嬉しいねぇ。機嫌良いのかな」
「オレだって、感謝はちゃんと伝えるさ」
「それなら、さ。たまには酒飲みに付き合ってくれ!」
「酒は飲まない。ココナジュースなら付き合おう」
返答をきっぱりと済ませると、ジュアはマットンの横を通り過ぎた。
「……まあ、妥協だね!」
マットンはジュアの後ろを、楽しげなステップで歩く。
「今日の実験は上手く行けば良いね。ジュア」
「良いねじゃなく、行かせるんだ。マットン」
漲る決意は彼女の心の底から、足取りはしっかりと揺るぎなく。
「ハハ!」
それを認めて道楽者は、愉快そうに笑う。
「――認証開始」
鋼鉄の扉に灯った小さな丸いランプ、赤く光るそれに翳される右の手。
「この音……既に稼働しているか」
ジュアの手を通しての、【器】認証。
「さてさて、体力は大丈夫か。予定では一時間休みなし!神経使うよー」
数秒後に扉から音が鳴り、光の色が緑に変わる。
「誰に言っている?オレを舐めるなよ。倍でも問題ない」
取っ手を掴み、ジュアは探究への扉を開く。
「おお、頼もしいねぇ。その意気だ!」
「アナタも頑張るんだよ。他人事か」
「ハハハ!……あんまり期待しないでね。マジで」
――その先には、異質が混ざり合った空間が存在した。
「あ~ホント、嫌な臭いが漂っているよ。ここは……吐きそう」
うす暗く湿っぽい部屋は広く。血か内臓か腐肉か何か、ぐちゃぐちゃに掻き混ぜられた異臭が場を埋めていた。
「換気はしたのかい?これさぁ」
「した。これでもマシだ。我慢しろ。集中すれば気にならん」
「うへぇ……スパルタァ……【機械】のせいでもあるよなぁ……」
それらの要素を倍増させるように、暗がりの中で光を発し、稼働音を響かせる物体がある。
「威圧感、変わらずだァね」
マットンの数十倍はある巨大な物体。大きなモニターが正面に取り付けられ、無数のケーブルやパイプが伸びた異様を見せる、ジュア達の実験機械。
数名の白衣を着た者達が、すでに機械の操作を行っている。モニターには、数多の文字列が表示されているようだ。
「――さあ、楽しい楽しい」
「――さて、辛く苦しい」
実験の始まりを告げるように、声が重なった。
●■▲
「だから、楽しい楽しいパーティーだって!良いだろ!」
ジョージの奴が背後でそんなことを言ったのは、大会から数日後のことだった。
学院は、いまだ【夏休み】の最中。自室で宿題に追跡されている僕は、逃走を続けながら返答する。
「別にいらねぇよ。んなもんより宿題手伝って!」
羽ペンを超高速で動かしながら、僕は勉強机に座っていた。左隣の窓からは、昼の日差しが入り込む。
「事前にやるって言ってただろうが、優勝したらっ。それに、宿題は大目にみてもらえるだろ!優勝チームだからな!」
「そりゃ、そうだが……」
言ってたのは覚えてるが、僕としては皆の感想は充分に貰ったしな。あらためて祝われる程の事でも……。
「ケビンの奴も、やる気満々だぞ!」
「へえ、意外じゃねぇか」
「俺もそう言ったが……」
【――友達なンだから、当たり前だろ。肉は最高級で頼む】
「はは、意外でもなんでもねぇや」
実に狙いが良く分かる、ケビンらしくて大変結構。
「……どうあれよ、熱意は本当だったぜ!やるしかないぜい!」
のりのりで捲し立てるジョージの言葉に、揺らぐ心。
拒否する理由はないし、むしろ僕もやりたくなってきた。
「場所は、どこでも良いが……うん!ロインの家に決定!」
「主役の決定権は!?」
話が僕を除け者にして爆走中、このまま主役を振り落して進行しかねない勢いだ。
主役不在パーティー……!!
「後は、誰を呼ぶか……そういや、メイに酷く怒られたって聞いたが……」
「おお、ひでぇ説教受けたよ」
スカイ・フィールドに黙って行った件について、こってりと怒気を受けてしまった。言ったら、間違いなく阻止されていたが。
「大丈夫かぁ?……なんて心配はアホらしいか!」
堪えたよ。それなりに。
【何度言ったら、分かるのッ!!】
泣き顔が胸を痛め、しかし何処かで安心していたのも事実。彼女の好意は本物で、疑いようはない。
(――それでも、変わりない違和感は感じる)
……あれから、色々な変化が起きた。
【闘士からスカウトの話があったの!ロイン君!】
嬉しそうに誇らしそうに、先生から伝えられた言葉。
スカウトよりも、リンダ先生のその姿が僕は嬉しい。
(闘士の仕事に興味はねぇな。そういうのはメリッサだ)
他には、思わぬ訪問者がいた。
【ファンになったぜ!この剣にサインくれ!】
追っかけというのか?見ず知らずの人物が訪ねて来た時は、流石にビビった。
どうやらスカイ・ラウンドの活躍で、僕は割と有名になったようだ。ゴンザレスが強い戦士だったのも、関係してるのだろう。
(どうやって知ったんだ、僕の家……あんまり嬉しくはないし、サインは断ったが。一度受けたら、面倒そうだ)
予想を超えた、影響の広がり。
中々、望みだけとはいかないもんだ。当然だが。
「……時は流れて、今がある」
僕は数々の苦難を越えて、この安息の時を過ごしている。
これから先も苦難はあるだろうが、きっと大したことないもんだろう。
「こっからは……ラブコメパートだっ」
「?はっ?」
数々の妄想が、一瞬で僕の頭を過っていった。
次の舞台は!僕の理想だっ!
そうなってくれることを、切に願おう――。