表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/161

次の舞台

 足音は静かに、心中は騒がしく。


「……」

 白い革靴が刻むリズムは、とても急いていて苛立ちが見え隠れする。

 なにが彼女の心を、そこまでかき乱すのか。

「……すぐこれだ……なんで」

 親指の爪を噛みながら、白い衣服を纏った長髪の探求者・ジュアは静かな廊下を行く。

 たまに、通り過ぎるドアから物音が聞こえるが、彼女は気にせず自らの居場所へと向かう。

「……早く……研究を……!?」

 焦る彼女、その前に人影が現れた。

「――やっ。戻ったか、ジュア。機嫌悪そうだね?お腹壊したのかな?息抜き必要?」

「……いつも通りだ。気のせいだろう、マットン」

「ハハっ!それもそうだね!」

 ジュアとは対照的に陽気な人物、白衣を着こなす道楽者・マットン。禿げ頭をぼりぼりと掻きながら、にこやかに対応する。

「……それに、お前に息抜きは毒でしかないか。研究が気になって頭痛がっ!って、タイプだったなっ。ハハっ」

「ふんっ、アナタは息抜きばかりだな。羨ましい限りだ……!」

「ハハハっ!それが私の趣味だからなっ。毎日ハッピーデーさ!いぇいっ!」

「……うわぁ」

 のりのりでウインクするマットンから、ジュアは若干後ずさりする。

 顔は引きつっていて、近づかないでと必死にアピールしていた。

「お前は、少し力を入れ過ぎなんだよ。どうせなら楽しくっ!……私が研究の楽しさに気付いたのは、遡ること二十年以上前……」

 説教風に自分語りを始める中年男と、さらに後ずさる天才少女。

「小学生の頃、禿げ頭を馬鹿にされ……おっと、すまない。戻ってきてくれ!」

 ようやく気付き、マットンは正気に戻った。

「……やれやれ。――それで?仕事の方は」

「――まずまずだ。【コンガリュ山】の調達班がまた撃退された。戦士団の奴等、本当に鬱陶しいな」

「……例の戦士か。凄腕らしいが」

「だよ。身なりから言って、【第一団】ではなく【第四団】だろう。……一応、対策は打ったんだけど。あんまり効果なかったな」

 目を閉じ、悔しそうに唸るマットン。

「【暗闇の森】の【マックスドラゴン】は、怪我人出たけど何とか捕獲できたよ。早速、実験を始めるかい?」

「待て。【機械】の材料はどうなった」

「そっちも大丈夫さ!例の伝手で入手済み、壊れた部品は取り替えた……便利だけど、壊れやすいのは難だね」

 右手で白衣の胸ポケットをいじりながら、マットンは実験の開始を進言する。

「……よし、やろう。必要な部位は分かっているよな?」

「【頭】と【心臓】だろ。前回、モニターの反応が良かったのがそれだ。……既にジュアの研究室に運んだよ。腰痛いよ」

「いつになく手際が良いじゃないか。ナイスだ」

 ジュアにしては珍しい、素直な褒め言葉。

「嬉しいねぇ。機嫌良いのかな」

「オレだって、感謝はちゃんと伝えるさ」

「それなら、さ。たまには酒飲みに付き合ってくれ!」

「酒は飲まない。ココナジュースなら付き合おう」

 返答をきっぱりと済ませると、ジュアはマットンの横を通り過ぎた。

「……まあ、妥協だね!」

 マットンはジュアの後ろを、楽しげなステップで歩く。

「今日の実験は上手く行けば良いね。ジュア」

「良いねじゃなく、行かせるんだ。マットン」

 漲る決意は彼女の心の底から、足取りはしっかりと揺るぎなく。

「ハハ!」

 

 それを認めて道楽者は、愉快そうに笑う。


「――認証開始オープン

 鋼鉄のゲートに灯った小さな丸いランプ、赤く光るそれに翳される右の手。

「この音……既に稼働しているか」

 ジュアの手を通しての、【器】認証。

「さてさて、体力は大丈夫か。予定では一時間休みなし!神経使うよー」

 数秒後に扉から音が鳴り、光の色が緑に変わる。

「誰に言っている?オレを舐めるなよ。倍でも問題ない」

 取っ手を掴み、ジュアは探究への扉を開く。

「おお、頼もしいねぇ。その意気だ!」

「アナタも頑張るんだよ。他人事か」

「ハハハ!……あんまり期待しないでね。マジで」


 ――その先には、異質が混ざり合った空間が存在した。


「あ~ホント、嫌な臭いが漂っているよ。ここは……吐きそう」

 うす暗く湿っぽい部屋は広く。血か内臓か腐肉か何か、ぐちゃぐちゃに掻き混ぜられた異臭が場を埋めていた。

「換気はしたのかい?これさぁ」

「した。これでもマシだ。我慢しろ。集中すれば気にならん」

「うへぇ……スパルタァ……【機械】のせいでもあるよなぁ……」

 それらの要素を倍増させるように、暗がりの中で光を発し、稼働音を響かせる物体がある。

「威圧感、変わらずだァね」

 マットンの数十倍はある巨大な物体。大きなモニターが正面に取り付けられ、無数のケーブルやパイプが伸びた異様を見せる、ジュア達の実験機械。

 数名の白衣を着た者達が、すでに機械の操作を行っている。モニターには、数多の文字列が表示されているようだ。


「――さあ、楽しい楽しい」

「――さて、辛く苦しい」


 実験の始まりを告げるように、声が重なった。


 ●■▲


「だから、楽しい楽しいパーティーだって!良いだろ!」


 ジョージの奴が背後でそんなことを言ったのは、大会から数日後のことだった。

 学院は、いまだ【夏休み】の最中。自室で宿題に追跡されている僕は、逃走を続けながら返答する。

「別にいらねぇよ。んなもんより宿題手伝って!」

 羽ペンを超高速で動かしながら、僕は勉強机に座っていた。左隣の窓からは、昼の日差しが入り込む。

「事前にやるって言ってただろうが、優勝したらっ。それに、宿題は大目にみてもらえるだろ!優勝チームだからな!」

「そりゃ、そうだが……」

 言ってたのは覚えてるが、僕としては皆の感想は充分に貰ったしな。あらためて祝われる程の事でも……。

「ケビンの奴も、やる気満々だぞ!」

「へえ、意外じゃねぇか」

「俺もそう言ったが……」


【――友達ダチなンだから、当たり前だろ。肉は最高級で頼む】


「はは、意外でもなんでもねぇや」

 実に狙いが良く分かる、ケビンらしくて大変結構。

「……どうあれよ、熱意は本当だったぜ!やるしかないぜい!」

 のりのりで捲し立てるジョージの言葉に、揺らぐ心。 

 拒否する理由はないし、むしろ僕もやりたくなってきた。

「場所は、どこでも良いが……うん!ロインの家に決定!」

「主役の決定権は!?」

 話が僕を除け者にして爆走中、このまま主役を振り落して進行しかねない勢いだ。

 主役不在パーティー……!!

「後は、誰を呼ぶか……そういや、メイに酷く怒られたって聞いたが……」

「おお、ひでぇ説教受けたよ」

 スカイ・フィールドに黙って行った件について、こってりと怒気を受けてしまった。言ったら、間違いなく阻止されていたが。

「大丈夫かぁ?……なんて心配はアホらしいか!」

 堪えたよ。それなりに。


【何度言ったら、分かるのッ!!】


 泣き顔が胸を痛め、しかし何処かで安心していたのも事実。彼女の好意は本物で、疑いようはない。

(――それでも、変わりない違和感は感じる)

 ……あれから、色々な変化が起きた。


【闘士からスカウトの話があったの!ロイン君!】


 嬉しそうに誇らしそうに、先生から伝えられた言葉。

 スカウトよりも、リンダ先生のその姿が僕は嬉しい。

(闘士の仕事に興味はねぇな。そういうのはメリッサだ)

 他には、思わぬ訪問者がいた。


【ファンになったぜ!この剣にサインくれ!】


 追っかけというのか?見ず知らずの人物が訪ねて来た時は、流石にビビった。

 どうやらスカイ・ラウンドの活躍で、僕は割と有名になったようだ。ゴンザレスが強い戦士だったのも、関係してるのだろう。

(どうやって知ったんだ、僕の家……あんまり嬉しくはないし、サインは断ったが。一度受けたら、面倒そうだ)

 予想を超えた、影響の広がり。

 中々、望みだけとはいかないもんだ。当然だが。


「……時は流れて、今がある」

 

 僕は数々の苦難を越えて、この安息の時を過ごしている。

 これから先も苦難はあるだろうが、きっと大したことないもんだろう。

「こっからは……ラブコメパートだっ」

「?はっ?」 

 数々の妄想が、一瞬で僕の頭を過っていった。

 次の舞台は!僕の理想ユートピアだっ!


 そうなってくれることを、切に願おう――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=142239441&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ