決意の決闘
「旅の者達なのか。君達は」
港町の東に位置する林を歩く、四人組。その内の一人クリスは先頭を歩いて、道案内をしていた。目的地は、マリーとクリスの家。フィルは平坦に、マリンは心躍らせて歩いている。
「そうなんです!クリスさんは騎士なんですよね?凄いっ!」
後ろを、フィル、マリーと並んで歩くマリン。
「そんなに大したものでもないさ……。ぎりぎり騎士団って感じで、その下の兵士団でもおかしくない」
「……そうだよマリンちゃん」
自信なさげにそんなことを言うクリスに、マリーが反応した。
「お父さんなんて大したことないよ!ジーアさんとかに比べたら、全然!」
「ジーアか。……その通りだな。私なんかと比べるのも、失礼だ」
「……もう諦めれば良いのに」
マリーが言った言葉は、林を通り抜ける風にかき消されるほどに、力なく頼りない。
「あーえーっと……」
なんだか居たたまれない空気が充満して、マリンは肩を落とし、より気持ちを固める。
(なんとか、したいな……。マリーちゃんの役に立ちたい)
「ここがマリーちゃんの家かー!」
驚きの声を上げる、マリンとフィルの眼前に広がるのは大きな鉄格子の門扉、その先に広がるのはとても広い芝生の庭。
更にその先には、住居である二階建ての館。二階の窓ガラスの向こうから、使用人らしき男性がマリン達を伺っている。
館を囲む頭が尖った鉄柵は、とても頑丈そうだ。
「本当に寄っていかないの?」
門扉を背にしてクリスの横に立つマリーは、寂しげに言った。
「あ、うん。ちょっと用事を思い出しちゃって」
マリンは申し訳なさそうに訳を話すが、それは真実ではない。
(せっかくの親子の時間、邪魔しちゃ悪いよね……)
マリンなりに気を遣った結果、館に寄らずに帰還することとなった。
結局親子の仲を良くする方法は思いつかず、頼みの綱のフィルに聞いても
「まったくおもいつかない」
と、一蹴されてしまった。
(まあ、今日だけがチャンスじゃないし、また今度……)
マリンは後日改めて、館を訪れる決意を固めたのであった。
「そっか。残念だけど仕方ないね」
「うん。それじゃあ」
別れの言葉を交わす、二人の少女。
そうして、マリンとフィルはその場を立ち去ろうとする。
「……いや、ちょっと待ってくれないか」
その行動を制止する声。声を発したのはクリスだった。
「悩みはしたんだがぁ。やっぱりやらないとな……」
そう言って彼は、フィルを武人の目で見た。
「なにか?」
フィルはひるむ様子もなく、いつも通りの冷静さで問いを投げる。
クリスは一瞬だけ目を閉じ、その問いに答えた。
「私と決闘してくれないか。ジーアと同じ……いや、それ以上の力を君からは感じる」
「なんでこんなことに……」
「お父さん怪我させちゃ駄目だよ!軽蔑するからね!」
芝生の庭で、マリンとマリーは並んで立っていた。二人の視線の先には、少し距離を開けて向かい合う、クリスとフィル。
(フィルさん……)
「け、決闘?」
「はあ!?いきなり何いってるの、お父さん!変な物でも食べた!?」
クリスが決闘を申し込んだ後、意外とあっさりフィルはそれを受け入れた。
「構いませんよ。私は。退屈していたところですし……」
しかも、少し笑顔を浮かべて。
「……」
マリンには、その笑顔が邪な物に見えた。なので、不安感が胸の中を漂う。
(大丈夫、だよね?フィルさん)
不安げに見守るマリンの視線を受けながら、フィルは涼しげに佇んでいる。緊張がまるで感じられない。
「――本気でやっても良いのですね?」
やはり彼女は、笑みを浮かべていた。マリンが危惧する類の笑みを。
「勿論だ。でなければ意味がない」
笑みを気にした様子も見せず、クリスは真剣に木剣を構えている。
「……奇跡、か」
呟いた言葉は、誰の耳にも入らず。
「それでは」
「いざ」
二人はそれぞれ手にした木剣を構え、にらみ合い、
決闘が始まった――。
「うおおおおおおおっ!!」
叫び声と共に突進するクリス。土を勢いよく蹴り飛ばし、疾走する。その気迫は、騎士としての長年の経験で積み上げられたものだろう。戦場と変わらぬ迫力で、彼はフィルに立ち向かう。
「ちょっ!?」
マリーは、それに目を見開いて驚愕。
「フィルさん……!!」
マリンは、不安を高め。
「――」
フィルは、
――なんだ、やっぱりこの程度。
(強い。磨き上げられた気力と、それに恥じない動き)
冷静に力量差を分析し、
(凡夫の中では強い。おそらくは、弛まぬ努力の結果。似たような動きを、見たことがある)
取るに足りないと判断し、
(……本気でやっていいと言った。言ったのだから)
それでも笑みは浮かべて。迫り来る木剣を見ながら、
(仕方ないわよね。――玩具で遊んでも)
普段は抑えている、悪性をさらけ出した。
――あの玩具ほどは、楽しめないでしょうけど。
風が芝生を揺らし、一瞬。
木剣が、宙に舞った。
「えっ」
呆然と、マリーは立ち尽くす。何が起きたのか分からない。
父とフィルが木剣を構えて衝突し、いくつかの大きな音が炸裂し、父が、不満はあるけど大好きな父親が、一瞬で芝生に倒れ込んで――。
「お父さーんッッ!!」