新たな道
「……だりぃな」
煌めく星空の上に巨体を横たえる、顔をしかめた制服男。
高い現在地より、更に高みにある星を彼は眺めている。
「負けた……落ちこぼれに」
静かで他の気配が感じられない空間で、ゴンザレスは今日の試合を振り返っていた。
「……強かった、な……ちくしょう」
自分とロインで、力量差は殆どなかった。悔しいが、それを認めた。
(だとすると負けた理由は)
勝利への執念、気力の差。そんな、形のないものなんだろう。
「柄にもねぇ」
似合わないことをしたと、ゴンザレスは苦く思い返す。あんなに必死になって斧を振って、大勢の人間にださい姿を晒すとは。
(バカが、必死になりやがって……あの野郎に影響でもされたか。どうにも、あれが不快で……)
口から血を流しながら、狂気ともいえる瞳で襲い来る敵。
まるで、あの時のあの人のようだと思った。
(一度目は、出会った時。二度目は、別れの時)
前者はまだ認めるが、後者は断固拒否する。
戦って戦って、死力を尽くして、あの結末はあんまりだろうと。
(――だから、そんなもんはイラつくんだよ)
絶対に、自分はあんな風にはならない。ゴンザレスは、固くそれを誓ったのだ。
必死になるなんて、あほらしい。
「……アンタもそう思うだろ?」
ゴンザレスは星空空間の下、星々を抜けて接近してくる水色の光に顔を向けた。
光はそれなりの速さで上昇し、ゴンザレスのいる位置で停止する。
「そろそろだと……」
ゴンザレスは体勢を変え、胡坐をかいた状態で目前の光を見る。
その内に光は変化を起こし、螺旋を描くように上から順に消えていく。
まず最初にサイドテールの髪が見え、次に立派なレイピアが見え。
「……リンダ先生」
「――ここ、好きよね。君」
光の中から姿を現したのは、かつての彼の担任リンダだった。
「もう新しい制服を……一年の頃は、ここで調整を行っていた」
「……落ち着くんで。てか、見てたのか」
「君、夢中になってたもの」
天上学院校舎――すなわち【学舎】(スクール)の才物。
この場所には、ある一部の人間しか知らない部屋がある。
「【星空の彼方】……よく、来てたわね。裏技は誰から?」
「三階をうろついてる時に、偶然」
「……うーん、ちょっと危ないかぁ。迷い込んだりしたら……」
「心配ないっすよ。戻るときは簡単だろ」
幻の星空に囲まれた二人は、普段と変わらない調子で話す。
「……まだ、戻る気はないけどな。なんか用かよ?」
「用って言うか……君の様子が気になって」
「オレの様子ゥ?変わりないぜ、最悪の気分だよ」
フンと、鼻を鳴らすゴンザレス。それを見たリンダは微笑を漏らす。
「なにが笑えるんだよ。先生」
「ごめんなさい。君があまりに機嫌良く拗ねるから……つい」
「ハァッ!?意味わかんねぇ!」
声を荒げながら、ゴンザレスは隠すように顔を背けた。
「……図星よね?声に、まるで棘がないわ」
「……ちっ、気のせいだ。んなもん。って言っても、納得しないよなぁ」
うんうんと頷くリンダを、彼は呆れた風に見ている。
「――図星ってーと、少し違うな。機嫌が良いんじゃなくてよ。クソみたいな気分の中で、道が見つかった感じだぜ」
「道、かぁ……」
嬉しそうにリンダの顔は綻んだ。
やれやれと、ゴンザレスは頭を掻く。
「アンタが想像してんのとは違う。多分、ロインの野郎に影響されて……変わったとか考えてんだろうが」
「すごい。当たりよ。でも、はずれなのね」
「大外れさ。オレは、あんな野郎を認めちゃいねぇっ」
あくまでロインを否定する、強い気持ちを彼は示した。
「……ただ」
示した上で、続けて言った。
「あんな落ちこぼれに負けるようじゃあ、ダメだと思ったんで。もっと頑張っかとは考えたよ」
「……それは、ロイン君みたいに?」
「あのバカみたいに恥ずかし気もなくは、性に合わない」
「なら、隠れてこそこそねっ」
「その言い方はやめてっ」
ペースを天然で崩そうとするリンダに、らしくない言葉を発する。
「と、とにかく!ああいうの、オレには無理だと分かったから。オレはもっと強くなって、技も磨いて……!」
調子を戻しながら、ゴンザレスはリンダの瞳を強く見据えて。
「圧倒的な勝利を、成し得る。苦戦なんてダサすぎんぜ。そうはならない!」
かつて惹かれた姿ではなく、あくまで己の意地を貫くと。
捨てられなかった未練を捨て、何処かのバカみたいに確固たる夢に向かって走り抜ける。
走る方向は逆だが、それでも目的は定まった。
「……!!」
長らく灯ってなかった炎が、彼の瞳の奥で燃え盛る。
そこに宿る熱意は、前以上に見えて。
「……はは」
彼女は柔らかく、純粋な笑いをこぼした。
「たくっ、またかよ」
そこに込められた意味を理解しながらも、彼は恥ずかしそうに誤魔化した。
「……ゴンザレス君」
後ろを向くリンダ。
彼女は何もない空間で、人差し指を右に動かす。
そうすると、二人の前に町の風景が広がった。
「王都の風景、か」
王都を上から見た視点。
建物の屋根が、点々と在る明かりが、とても小さい人影が見える。
人々の営みが、星空に浮かぶ。
「で?これがなんだよ。オレだって知ってるぜ、この機能」
「そういう意味じゃなくてね……色々な人がいるでしょう。この町」
「?そりゃ、いるだろ」
何が言いたいのか掴めないリンダの言葉に、首を傾げる。
「……それだけ色々な人生があれば、中には後悔も多いでしょう。自分で選んだ道でも、ね」
口調はどこか弱弱しい。
ゴンザレスは真面目な顔で聞いている。
「アンタは……いや、悪い」
「私もそうよ。必死になって進んで、強い後悔が残った」
言葉を継ぐように、彼女は応える。
「オレにやたらと構うのは、それが理由か……。納得したぜ」
「ふふ。確かに私は、君に昔の自分を重ねていたのかも」
くるりと回り、ゴンザレスの方に向き直るリンダ。
顔は、朗らかで清々しく。
「でも、今の君は違うわね。重ねることができない程、良い顔してるっ!」
新たな夢を見つけた若者を、彼女は真っ直ぐに肯定した。
「そうっすか。……だけどよ、未来のことなんてわからねぇぞ?本当に」
少し悲しげに、いつかの過去を含めて彼は言う。
「もしかしたら、また後悔するはめになるかもな……。ハハッ」
「……逆だってあり得る、そうでしょう?」
それでも彼女は笑って、彼の背中を押す。
「信じなきゃ、自分の未来を」
彼女は笑ってはいたが、とても脆く壊れそうな様子であった。
輝かしい未来に縋るような、弱弱しい姿。いつもの仮面はそこにない。
「……はあぁ、そんな顔されちゃあよぉ……ますます諦められなくなっちまう……よなぁ……」
大きくため息をつき、彼はぶつぶつと独り言。
「えっ?」
「……よしッ!そうと決まったら、早速行くかっ」
ゴンザレスは立ち上がり、気力を漲らせる。
「やる気満々ね!その意気よっ。困ったことがあったら、相談してね」
「へいへい。特にないとは思うがね。……むしろ、先生が頼ってくれても良いんだぜ!ハハハッ!」
「!なにをー!?生意気なっ」
「おっと、じゃあな先生っ!」
憎まれ口をたたき、ゴンザレスは足元から光に包まれていく。
彼は最後に真剣な表情を見せて、光は三階校舎へと消えていった。
「――まったく、昔みたいね」
残されたリンダは、歩き始めた若者の背中を見つめながら。
強く強く、祈った。
「……どうか、私のようにはならないで」
「――やってやるさ、絶対に」
静かな決意は固められ、此処にはない光を求める。
険しい道の筈なのに、顔には今までにない覇気が満ちていた。