――の日
「ロイン選手ッ……れないか!……どうなる……ッ!?……ゴンザレス……は……!このまま……!」
実況者の大きな声や、観客の歓声が随分とぼんやりと聞こえる。酷い耳鳴りがして、気分は最高に悪い。
だんだんとおちていく、心の流れ。
肉体は痛みを訴えていて、喧しい。
おい、またここか。また、戻ってきてしまうのか。
あんだけ必死こいて頑張って、つまずいてしまうんかい。
(限界、か)
奴の言葉はその通りなんだろう。僕の実力・落ちこぼれの力なんて所詮こんなもんだ。駄目な奴は、駄目。どうしようもない。
(なら、もう、やめだ)
ここで終わってしまう、それでも良いじゃねぇか。これ以上先には、到底行けないんだから。
ここまでが、僕の走れる距離なら。
足を止めて、ゆっくり休もう。
――――あほか。さっさと立ち上がれ。今さらウダウダ言ってんじゃねェよ。
「……ぐッアあッッ!」
悲鳴を無視して体を起こし、身化を再度発動。
肉が骨が全てが、動かすなと抗議の声を上げる。
――うるせぇ、少し黙ってろや。
もう無理だ。どうしようもないんだよ。やめておけば。最善。
口から流れる赤が、右手にある損傷した剣が……前方に広がる強大な霧が、その事実を確かなものにしていく。
――だから、どうしたってんだ。
限界なのは分かってる。僕の力じゃ行き止まりだ。
(僕の力、だけなら)
落ちこぼれのロインは、既に敗北してる。立ち上がれず、みじめにさようならだ。
(……こんなもんで、あって良い筈がない)
だけどよ、まだそれが残ってるんだ。
雨の日も、メイやジョージは修行に付き合ってくれた。風の日も、メリッサやアッシュは練習の相手をしてくれた。
(積み重ねて。十年以上)
どんな嵐の日だって、メイがメリッサがジョージがケビンがアッシュが先生が熱血野郎がみんなが、こんな僕を支えてきてくれたんだ。
そうやって得た力は――――こんなもんじゃねェッ!!!
「オァッアアアッ!!」
力の限り足を踏み出した。リングを砕く感触が伝わる。
全ての力を絞り出す勢いで、敵に向かっていく。
「な、にッ!?」
驚愕の声が耳に入る。倒せたとでも、思ったのかよ。
わりィがくそ野郎、この程度の逆境なら何度でもこえてきたぜッ!
(再・燃焼。次も全力、その次も全力、――天の頂にとどくまで、もやし続けるッ!)
よわった両手で、柄をしっかり握りしめ。倒すべき男を見据えて。
目前の敵に、逆襲の一閃を走らせた。
「おッッ!?ぐ、はッ!?」
盾に転じた斧をはじき飛ばす、僕の炎刃は。
(弱くはなっている、のにな)
どうしたよ?ゴンザレス。そんなに弱々しいブレードで、僕に勝てるとでも思ったか。
「立ったロイン選手っ!!ゴンザレス選手に反撃の一撃だーッ!纏う炎は、まだまだ力強くッ!!」
(さっきの波動砲の反動か?動きもなにもかも劣っている。まだ、強いがッ)
あの驚異的な動きが、するどい動作が、見る影もなくなっていた。
奴をよく見れば息を乱し、顔には苦痛の汗が流れて。
「ハァ……ッ!クソがっ!?おめぇッ!!しぶとすぎるぜ……ッ!?」
「……僕は、一人じゃねぇんだ」
お前とは違う。戦う理由、頑張る理由があってくれる。
「?……意味の分からねェことをよォ……言ってるんじゃねェッ!!」
怒りを乗せるように、荒々しく斧が振るわれる。
(わからないだって?)
前より遅いが、僕もおそい。体も器も、終わりがちかいんだ。
(すくなくとも、あの日のお前にもあったもんだぞ)
それをなくして、お前はやけになった。
それのおかげで、僕はここまでこれた。
(振るわれる一撃は、そのぶん重いッ)
奴の隙をみつけて、思いきり振りつづける。
それに迅速に的確に対応する斧の動きは、やはり凄い。斬撃が届いちゃくれない。
(――なら、もっと速くッ!強くッ!)
単純だが、それが一番だと思った。
燃えやがれよ不滅の炎。鍛えてきたその力を、解放する時だッ!!
「ぬあアアアァッッ!!」
刃に宿るは、決意の灯。
燃やせ燃やせ、薪をくべろ。
【スカイ・ラウンド優勝!】
夢を過去を絆を信頼を、飲み込み高みへ燃え上がれッ!
いつかの涙も、汗も、苦痛も、この時のためだろうがッ!!
【また、無茶して!なんでそんなに!】
夢と過去を乗せた剣を、がむしゃらに振っていくッ!手を止めるなッ!攻め続けろッ!!
【メリッサよッ!助けてくれてありがとう!ロイン!】
【ロインっていうのか!俺はジョージっ。スカイ・ラウンドで優勝って本気かよ!ジョークだろっ】
絆と信頼を乗せた閃光を、全身全霊で放っていくッ!奴の力を削れッ!焦がれた勝利はッ!すぐそこだッ!
【お前がそうか……。問題を起こすのは程々にな。おれも風紀を守る立場として、見過ごすわけにはいかないんだ】
【ケビンっていうんだけど。スカイ・ラウンド優勝を目指してるんだって?……馬鹿か?】
「――ぐぁッ!?こ、の落ちこぼれがァッ!!」
わかってらァッ!!そんなの承知でッ、困難なのは理解してッ、剣を振ってきたッ!!挑んでッ!絶望してきたッ!!
深い場所におちていって――それでも進んできたのは、そこから這い上がるためだッ!!
「まけ、るかよオォッ!!」
●■▲
「ロインッ!!そこだーッ!!やれーッ!!」
「押されてるんじゃねェ!そんなもんじゃねぇだろ!ゴンザレスっ!!」
「ゴンザレス君っ!負けないでーっ!!」
「やれやれーっ。おれは、お前に賭けるぜロイン選手っ!」
敗北したと確信するダウンからの、ロインの奮戦。それによって、会場の熱気も上がっていった。
リングを燃やす荒々しい大炎が、燃え移ったかのようにも。
「打ち合う両者の斬撃ッ!!どちらも疲労の色が見えるが、凄まじい執念を感じますッ!!これは一体ーッ!?」
実況者の言葉通り、二人の戦いは既に衰えていた。両者の放つ波動の大きさは半分以下、動きは更に更にと遅くなっていく。
「おオォォ!!」
「がアァァ!!」
「さっきの勢いはどうしたーッ!!へばっちまったのかーッ!!」
「こりゃあダメだな。見応えがないぜ」
激しさをなくしていく戦闘に、不満の声が漏れた。
「最後までファイトだッ!!応援するぞーっ!」
「よくやるよなぁ……あの二人」
気迫を増していくロインとゴンザレスに、称賛の声を届ける者もいる。
「ここまで来たら優勝しちまえっ!!子供の頃から頑張ってきただろっ!!」
「ゴンザレスに負けるなっ!想いなら勝ってるっ!」
チームメイト達は、ぎりぎりまでリングに近づき応援を行う。
彼等はロインの頑張りを認め、応援しようと決めた者達。ロインを信じて、ここまで付いてきた友だ。
(――なぜだ。あんな無様な姿を肯定するとは……オレには理解できん)
一方では、探究者が不愉快そうに舌打ちをする。
「ほー、やるじゃねぇか。あの小僧達。なぁ」
「ええ」
「ああ、一人の戦士として好感を抱くよ」
だが、彼等の奮戦を好ましく思う者は多く。
「これはこれで、観戦者として滾るッ!!」
「少し落ち着け。また戻るぞ」
様々な反応が、観客席に渦巻いている。
「……!!」
無言で食い入る様に、親友の活躍を見る者。
「――ロイン君」
愛する生徒の行く末を、見守る者。
「なんだかんだ良いものだな……こういうのは」
「ゴンザレスがあんな必死に……!とにかくあたしは、ロインを応援っ!負けるんじゃないわよーっ!!」
抱く想いも、発する言葉も、人それぞれで。
「クソォッ……!?なん、なんだッ。おめぇ……!?」
ふらふらになりながら戦う、二人の戦士。
服は傷だらけで、流れる赤色が付着し。構える武器は、所々が欠けていった。
格好良いとは言えない、絶対に。ゴンザレスは心底そう思う。
(それなのによォ。なんで気力が……!)
しかし立ち向かってくる敵は、気力が湧き止まらず。
(……まるで、よ)
重なる面影。
それを鍵に、過去の記憶を引き出した。
【――すまない。こんな姿で……】
彼は気恥ずかしそうに言う。
その人は凄い格好良かった。強くて、自分を助けてくれて。
だが、ぼろぼろになっているのはダサいと思った。
【締まらない格好だよな。まったく】
苦笑いを浮かべて言った彼。
ゴンザレスも同じ意見。怪物に立ち向かって、何度も吹き飛び転がり、辛くも勝利した。
気力を尽くし、困難を打破する姿は。
心底ダサいとしか思えないが、目指していたのは。
「!ロイン選手っ!また立ったっ!不死身なのかーっ!?」
リング上を転がり、それでもロインは立ち上がった。
顔は俯いて、背筋は曲がっている。今にも無炎の剣を手放しそうな程、弱弱しい。
「……ロインっ」
メイは、その姿を見て心が強く痛む。
【見ててくれよっ。メイっ】
彼がそこまで頑張る理由、ここまで努力した事実。それらを考えて。
「?メイッ!?」
心は定まり、彼女は走り出す。観客席脇の階段を駆け下り、最前列の鉄柵から身を乗り出し。
いつだって真っ直ぐな好意を向けてくれた彼に、大声で告げた。
「……ロインッ!!勝ってッ!!優勝してッ!!」
――救いの声がきこえた。
悲しみのなかで、いつか――。
(め、イッ!)
心が、力強さを取り戻す。器は、ぎこちなくも動き出し。
届きそうで届かない、遠くぼやける地平線を見据えた。
(いま再び、太陽よ昇れ)
剣が輝き、視界に揺らめく薄い炎。
それを頼りに、両足を動かす。
両手で、剣を決して手放さないように。
【見てみたいわね】
何のために勝利するのか。
落ちこぼれの意地、彼女と結ばれる為、それもあるけどよ。
【――努力の真価を見せてくれ】
支えてくれた、大切な皆。
その全ての想いを背負って、僕はここに。
単純に、大切な誰かの為に、戦う。それを考えるだけで嬉しくなる。
自分は、ただそれを欲して頑張るのだ。
【あの場所に立って、あんな風に戦って――】
右からは灼熱の剣、左からは死霧の斧。
それぞれの想いを爆発させるように、二刃は激しく衝突した。
【そしたら、大切な人は喜んでくれるだろうか?】
二つの砕けた音が響き。
巨大な壁は、ゆっくりと後ろに倒れていく。
「……だせぇ、な」
呟き、壁は崩壊した。
「――」
なにもかもが、遠くにかんじる。
状況が、よくわからないので。
僕は上を向き、空を見上げた。
(太陽が)
近づいてくる。なのに、不思議と心地いい。
そのまま僕は光につつまれ。
(ああ)
ようやく、わかった。
(今日は)
求めつづけた――勝利の日。