拮抗
「おおおおおっ!!」
咆哮が、重なる。
「うおオオオオッ!!」
赤と青、太陽と霧、剣と斧、劣等生と優等生、あらゆる要素がぶつかり合い、リングの上を苛烈な戦場に変えていく。
火花散らす、奴と僕の刃。拮抗は一時的なものじゃなく、数分間続いていた。
「おおーっとっ!!ゴンザレス選手とロイン選手っ!互いに、巨大な波動を衝突させているーっ!」
実況者の言う通り、僕とゴンザレスの波動は異様に大きい。どちらも、自身の四倍以上はあるブレードを振るっていた。
片や、敵を飲み込み焼き尽くす暴炎の如く。
片や、光閉ざし勝機奪う死霧の如く。
波動同士が衝突し合い、光が弾け、消滅して。
僕達の激突は、才力強化が施された白いリングを揺るがせ壊していく。
(――昔から、何度も見てきたトップレベルの戦い)
ルビィを貯めて、チケットを買いに走る日のこと。
観客席最前列の鉄柵にしがみついて、アホのように口をポカンと開けて、その子どもは眺めていた。
【おお……っ】
飛び散る、白い破片。鳴り響く、金属音。
感じたもんは、羨望とか絶望とか希望とか色々だったけど、強く抱いた気持ちは確かに。
【ぼくも、いつか……!】
あの場所に立って、あんな風に戦って――。
「――それがっ!今だッ!!」
この瞬間繰り広げられている戦いは、僕自身の戦い!
血反吐を吐いて、涙を流して、落ちこぼれの身で辿り着いた、この場所で!
「ゴンザレスッ!てめぇに勝つッ!!」
「……やってみなっ!」
打ち合う、二刃。衝撃が、両手を伝う。
(そして、証明するんだ。僕が歩んだ過程、成果をっ!)
両腕に込められる、決意の力。
それを爆発させるように、左方に一閃を放った。
「ぐっ!?」
右後方に斧を弾き、奴の体を仰け反らせる。
「よっしゃッ!!」
すかさずの、縦一文字斬りッ!
絶好の攻撃タイミング!
「ちィッ!!」
奴は地を蹴り、後ろ飛びでそれを回避した。
「んなッ!?」
火炎の剣が、空を燃やして過ぎていく。
(外したっ!スピードは、僅かに奴の方が上っ。ゴンザレスの【速度上昇】は、アジリティ特化だったなっ)
見切った上で、躱していた。
あのタイミングで回避されるとは、凄まじい反応速度。
「……おめぇ、どうやってこの短期間で……!まさか……!」
悔しいが、こいつは飛び出た強者だ。認めざるを得ない。
(スカイ・フィールドで積んできた経験によって、僕は爆発的に成長した筈なのによっ)
それで、やっと互角程度。
(――されど天上学院トップクラスの、生徒相手にだッ!)
信じてはいても、届かないと。諦めの気持ちもあった世界に、足を踏み入れた。
(焼却、爆炎ッ!!)
気持ちの昂ぶりに応じて、ブレードの性能が高まっていく。
道は見えている、ただ勝つために燃え上がれ!
「オラァッ!!」
両腕を使って、上からの振り下ろし。
灼熱が攻撃を倍増させて、霧の壁を砕きに掛かるッ!
「ぐ、ォッ!!」
「お、アあッッ!!」
互角の押し合い。びりびりと、拮抗の圧力が体を包む。
負荷が掛かるのは、体と心。壊れそうな錯覚すら覚えるが。
【彼処で振るってきた剣は、こんなもんじゃなかった】
次から次へと来る強敵・難敵、強くなりたければ苦痛を味わえと、四六時中耳元で囁く声、剣山の山を灼熱の道を極寒の地を、歩んできたんだ。
(綱渡りのような、精神を削る所行)
本当に反吐が出るような、クソッタレな日々はっ。
その中で積み上げてきた重みはっ!
こんな軽いもんじゃねェッ!!
「オルアァッ!!」
紫の光が迸り、霧の壁を打ち砕くッ!
「グッおォッ!?」
鼓膜の中で金属音が弾け。リングを削りながら、大きく巨体は退く。
「……っ!」
奴の顔は、なんともいえない苦悩を見せる。
「――炎刃全開ッ!!ロイン選手の猛攻が、優勝候補のゴンザレス選手を追い込むっ!これは、もしかすると……っ!波乱が起きるかー!?」
「おいおいっ!やるじゃねぇかッ!!あのガキッ!相手は、相当強いんだろっ?」
「見直したぜー!ロインッ!やればできんじゃねぇかっ!」
「ゴンザレスー!なさけねぇえぞっ!それでも優勝候補かよーおおっ!」
「どっちも格好良いぜっ!がんばれーッ!」
聞こえる歓声が、随分と遠くに感じた。
それよりも。前に立ち塞がる敵に目が引きずり込まれていく。
(――増えてるな。間違いなく。……霧が【濃い】)
外見的なことではなく、込められた力の質だ。
「く……くく……は」
小さな笑い声は、獰猛に響き。
右手に持つ斧から膨れ上がっていく力の渦、こちらを粉砕しようと威嚇する青き殺意、奴の全力。
(……本気ではあるんだろうが、奴にはまだ【底】が残っている)
だとしても、僕は僕の全力で挑むのみ。
未だ力を増し続ける、強靱なる霧の壁に――。
「――【スロースターター】?」
「……簡単に言えば、時間の経過と共に才力の性能が上がっていくってことだ」
マリンの質問に対し、ジン太は才力の法則について説明している。
「法則の一種だよ。それの作用によって、ゴンザレスの力は上昇中ってわけだ……」
「なるほど。なるほど。今のフィルさんみたいなものだね!」
「明るく言わないで。助けてくれ」
どんどん強力になる死の腕に青ざめながら、船長の意地で踏ん張るジン太。
頷きながら真剣に聞くマリンは、左手に持った紙にペンを走らせていた。その熱心さに思うところはあるが、彼は説明を続ける。
「このタイプは最大上限が高い場合が多いが、通常使用の性能が低めだ」
「……つまり、強くなる前に倒せってこと?」
「ああ。当然の対策だが……あいつが、それを狙って戦ってるかは分からん」
ジン太は、ロインの戦法について考えた。
(あれだけの猛攻を仕掛けてるのは、才力が最大になる前に倒す為?……ロインなら、敵の底を出させた上で倒そうとするだろうか。それとも、勝利を第一に考えて速攻撃破を目指すか……)
どちらでもあり得るとは思うが、恐らく両方間違いなんだろうとジン太。
(――あいつはただ、自分の全力をぶつけようと必死なんだ)
勝つことに拘るが、勝率だけを見ているわけではなく。其処には譲れない想いとか、割り切れない不器用さが在って。
「マジかよ……。あれ、本当にロインか?」
「な、中々やるじゃん。あいつ」
「……」
聞こえてくる言葉に、複雑な思いが湧き出す。
「……面倒なもんだな。人間って」
「――なによっ!?あれっ!!強すぎるでしょうっ!?あんな力隠してたのっ!?ロインの奴ッ!?」
「落ち着け。メリッサ」
「落ち着いてるわよっ!」
体を震わせながら紙コップを握りつぶす姿に、説得力はない。
「まさかとは思うけど……あいつ……」
ぶつぶつと呟きながら唸る彼女を、らしくないと感じるアッシュ。
「……驚きではあるがな。あの力量は学院トップと言っても過言ではないだろう」
「そうよねっ。戦ったら、普通に負けるかも……なんて、思っちゃったわよ!ロインの癖に!」
やはりというか、メリッサの目は闘志が見え隠れしていた。
「実力が近い戦いが、お前の好みだったな。……ああ、今のロインなら」
「ええ、勝てるかもしれないわ!あの、いけ好かないゴンザレスにっ」
その可能性は充分にあると、強者二人は確信する。
「……勝つ?そんな……」
そのせいで、苦悩が増し続けるメイ。
彼女は揺れ動く気持ちの中で、じっと勝負を見守る。
奮戦する友の姿を、視界に収めて。
「私は……っ」
「――いくぞッ!!」
「来なッ!!落ちこぼれッ!!」
戦いは、更なる激化を見せていく。
劣等者の炎は、敵を燃やし尽くさんと強く猛っていた。