下剋の猛炎
「決勝戦、第四試合まもなく開幕です!!」
最後の決闘。
戦いを上から存分に見れるここでは、何人もの人間が今か今かと開始を待ち望んでいた。
「ココナジュース、一つくれ!」
「はい!ありがとうございます!」
「リザードチップスを一袋!早く頼むっ!」
「どうぞ!」
売り子が、忙しなく観客席を行き来している様子が見える。肩に掛けた番重の上には、いくつもの袋が載っていた。
「次は、いよいよゴンザレスか!相手選手は、誰だろうな?」
「ラスト・ソルに、有力選手なんているのか。フィルは強かったが、残りは知らないぞ」
「なんか、残念な試合になりそうだなー」
「後の三人、弱くはないけどゴンザレスよりは……」
「でも、ゴンザレス一人だぞ。いけんじゃね。まっ、楽しけりゃなんでも良いわなっ」
「ロインとかいうの、確か前回で陽炎を使ってたよな。……あいつがリーダーなのか?……しかし、フィル選手の方が上だよなぁ……」
「フィルちゃん出ないのかよー!もう、がっかりだぜ!」
「ふ、分かってないですねぇ。これこそが、本来のスカイ・ラウンド!余所者など不要っ!にわかは、これだからっ!そもそもぼくは、最初から外部枠などと……」
「お、おれ!握手求めてくる!」
「ゴンザレス君!結婚してー!!」
いよいよ優勝チームが決まるかもしれない試合を前に、期待の渦が観客席を飲み込もうとしていた。
「……ゴンザレス選手は、前二回の大会でも優秀な戦績を残しています。一年時は、準決勝敗退。来年の155回では、メイ選手に同じく準決勝敗退……優勝は逃してますね」
戦士団のスカウト三名もまた、注目の一戦であった。
天上学院に関する情報をまとめたファイルを開いて、白い短髪の女性は記録を口にする。
「へー。……かなりの実力者っぽいが、スカウトはされないと」
「性格に難ありと、判断されたようです。【闘士】のスカウトは来たようですが」
「実力ありゃあ、問題ないと思うんだがね……どっかで見たことあるんだよなぁ」
「駐屯所だな。ちょくちょく、訪れていただろう」
席の背もたれに寄りかかった細身の男に、隣の気難しそうな顔をした男、スカルが応えた。
「おっ。そーいや、酔っぱらって絡んだことあった気がすんなぁ。はっは」
「……まさかと思うが。お前、仕事中に」
「あっ、やべ」
慌てて口を塞ぐ同僚を、スカルは強く睨みつける。
「こわ……そ、そうだ!相手のロインって奴はどうなんだ?あれだろ?」
「ロイン選手。【踏破者】……になった……」
逸らすような言葉に、左隣の女性が神妙に反応した。
「そうそう、そんな情報が入ってきたじゃん。前にも、あの学校の踏破者いたよな?えーっと、ワン……なんとか」
「あのスカイ・フィールドを、踏破した者。……ふむ」
「あそこ、ある程度強くなると入れないから知らんけど、そんなにやばいん?」
「……少なくとも、私は今でも忘れられないです。あの恐怖、苦痛を……。力を手に入れはしましたけど、入らなきゃ良かったと思ってしまう程」
今の自分でも、もう一度踏破出来る自信はない。と、口元を抑えながら彼女は言った。
「才獣化する、なんて新要素も判明したしな。……ほーん。じゃあ、あの小僧は……」
「ああ、なかなか良い勝負になるかもしれないぞ」
「――なれば良いけれど、どうかしらね」
緑色の固い果実ココナから採れる・ココナジュースが入ったコップを持ち、メリッサは友人の試合を分析する。
「ゴンザレスは強いわよ。斧と、霧のブレード。メイを相手に、一時だけ優勢に戦えるぐらいの力はある。正直に言って、ロインじゃ勝てるとは思えないんだけど……勝って欲しいのっ!あいつ、気に入らないのよっ!」
不満を表しながらコップを傾け、ジュースを口に含むメリッサ。
「前回の大会では、メイに負けたんだったな。……メリッサ、ゴンザレスは嫌いか」
「……嫌いっていうかっ、気に入らないっ!」
ごくりと飲み、すかさず右のアッシュに返事。
「あいつはあいつで、筋が通ってるんだがな」
「そう?優しいわねー。風紀を守る立場のくせにっ」
「暴力沙汰などは感心しないが、そういう奴もいるだろう。完璧な秩序など有り得ないし、有る必要もない」
腕を組み、無愛想な顔で彼は言う。
それだけなのに、凄まじく頑強な印象を与える。
「はー、ご立派よあんたは。あたしには、無理な対応よ……。真似できないわ」
「?する必要もないだろう。別に」
「はいはい、あんたはあんたよねー」
なんだかんだで仲は良い。周りでやり取りを聞く者達は、嬉嬉や嫉妬などの感情混じりに思った。
「……」
一方で、話すら耳に入っていないメイがいる。
彼女の注目は、試合場のロインに向いていた。見つめる瞳は、不安に曇っている。
(ロインが、優勝……ないよね。それは。ゴンザレス、強いもの……)
彼女は、ロインの勝利を信じてない。
それどころか。
(都合が良い。か、その方が)
望んですらいない。自分を想って戦っている、友人の行いを。
(――リィドさんっ)
胸を締め付けられるような苦悶の中で、かつての輝きを思い浮かべた。
もう何処にもいない、強き戦士の姿。
「……負けちゃえば、良いのに」
言った後、激しい後悔が濁流のように彼女を襲った。
「赤い髪の、ゴンザレス。天上学院でもトップの実力者。一度、見たが……」
歓声に呑まれない、他種と相容れない存在は、静かに対象を舌で転がす。
(天才という程ではないが、戦闘に関しては素晴らしい。さて、どうするかな?……天上学院の生徒相手に、以前)
【――邪魔をするな。なんのつもりダ?】
思い出せることは、欠けた月の日。
流れる血を月明かりが照らし、その男の性質を浮き彫りにする。
鋭さを感じさせる銀髪に、禍々しい黒き瞳。彼の瞳は見た者を引きずり込むような、恐ろしいものを相手に与える。
周りには、憎悪によって八つ裂きにされた仲間達が転がっていた。
「……怖いな。あれは、お前とベクトルが違う執着だね。あの手のには、関わらないのが吉。……目的に対する邪魔者を絶対に許さない、こちらの人生まで破滅する」
割に合わないとは、マットンの言。ジュアも、同意見だった。
(夢を拒絶する、黒色――ワンシェル)
彼女の体が、僅かに、ほんの僅かに震える。
其れほどまでに、彼の目は狂気に侵食されていた。
才だけなら格下の相手の筈なのに。一瞬、気圧されたことは否定できない。
(それ以来、警戒を強めていたが)
そろそろ動くか、とジュアは舌なめずりする。
(……ゴンザレスの相手は、知らんな)
他にも目ぼしいのがいないものか?探ってはみたが、なしの様子。
(――リングに上がった。ゴンザレスと、茶髪の男。誰だ)
ジュアの記憶棚に、ロインの事は入っていない。
「――おい、ロインが戦うのか」
「落ちこぼれ君じゃあなぁ。あいつ、ゴンザレスに吹っ飛ばされまくってたじゃん」
「少しは、ましな試合を見せて欲しいぜ」
「……」
ロイン・落ちこぼれ。
脳内で、合点がいった。
(なるほど。入ってない筈だ)
「……船長ぉ。フフフ……そんなに可愛い悲鳴を上げて……」
「どんな夢見てんの?」
観客席一列目で、ジン太は胴体をガッチリ固定されていた。
左に座る、フードを被ったフィルの両腕によって。
「もー、こんな所でいちゃいちゃして。恥ずかしくないのっ」
右に座るマリンに、呆れられる。
「というか、離れられないんですよ!あっ!いたっ!いたたたっ!?何だこれ!力がっ!?」
「……爪と、目玉と……それとも、舌?」
「やめてくれっ!?」
恐怖の言葉を囁かれながら、強く抱き殺されそうな状態。
みしみしいう体に、絶望するしかない。当たる大きな胸の感触が、まるで嬉しくなくなる。
「もしもの時の変装セット、用意して良かった……」
実際はともかく、端から見たらイチャイチャカップルに見えるかも。
フィルの活躍もあり、念の為に軽い変装を行った。
【……ちょっと……着替えます……ふぁ……】
フード付きのだぼだぼ上着を着て、彼女は姿を現したのだ。
(また寝ますと、フィルは眠ってしまい……ばれてないのか?)
少し、周りが騒がしい様な気がした。
「あれ、フィル選手じゃ……さっきの女の子……」
「まさかぁ……」
「もしかして……」
「いやいや」
「……そんなことより、次の試合だ」
「――結果は見えてるがな!ロインの大敗に、金ルビィ三枚!」
「すくねぇなっ!もっと多くても良いだろ!」
「ちげぇねぇっ!……一撃でやられたら笑えるっ!」
「……ふん」
ジン太は顔を不機嫌そうにしかめ、視線をリング上に。
(今に見てろ……っ!!――あいつの底力をっ!!)
●■▲
「さあっ!!スカイ・ラウンド決勝戦!第四試合はっ!ラスト・ソルのロイン選手VSレッド・ウォリアーのゴンザレス選手!果たしてどんな試合になるのかー!?てか、ゴンザレス君、制服かー!割と真面目!?ロイン選手は、赤と黄の上着とズボンで派手目だぞッ!」
「ふー……」
観客席の騒めきが聞こえてくる。
静かに息を吐き、精神を研ぎ澄ます。
今日の天候は、気持ちの良い快晴。いつかの出会いのような空模様。
とうとう、ここまで来たんだな。
子供の頃に誓って、長い年月。馬鹿みたいに、続けてきた修行。
決して楽なんかじゃなかった。辛い、日々だった。
だから、結果は出せなくても、なんて綺麗事は言わない。言えないんだ。
(――勝たなきゃ、駄目なんだよ)
正面に立つ、高い壁を見据える。
「……」
奴は相変わらずの無言で、【青の盾】の上に。
僕は、【赤の盾】の上に。
「戦い抜くことを、誓え」
「【誓うぜ】・【誓うッ!】」
【赤の盾】の光が、僕の体を包む。いよいよ、戦闘開始だ。
「存分に」
審判者が消え、敵の目の前には青い小型斧が。頭が尖った、トマホーク風の武器。
僕の前には、逆さまの赤き剣が現れた。柄の部分が淡く煌めいている。
共に両刃の得物。存分に戦う為の牙。
「……はっ」
敵は、小さく笑い。
「――瞬殺だッ!!」
「ッ!」
風を砕く、凄まじい疾走!
開始直後に、突進を仕掛けてきやがった!
早く――剣を――!
「吹き飛びなアァッ!!落ちこぼれェッ!!」
迫る!霧を纏った斧がッ!
何度も見てッ!幾度も倒された一撃ッ!
【蘇る、過去の記憶】
僕はッ。
「があアァッ!!」
正面から受けて立ち、二つの刃が激突する。
「な、にィッ!?」
拮抗した状態を見て、奴の表情が驚きに染まる。
吹き飛ばせると思ったか?いつものように?
いつまで、上から見下ろしてやがるッ!!
「――――甘ェよッ!!ボケがッッ!!」
膨れ上がれッ!!灼熱炎刃ッ!!
いけ好かねェ!クソ野郎を叩き落とす!!
「あアアアァァッッ!!」
「う、おッッ!?」
――豪炎を纏った剣が、過去の幻を焼き尽くした。
「ぐ、あッッ!?」
吹き飛ばされ、尻餅を着くゴンザレスの体。
奴の表情は、混乱と驚愕の中。
まだ現実が見えていない野郎に、僕は剣の先を向け告げる。
「本気で来いやッ!!この糞底辺野郎がッッ!!」