今までと、これから
気持ちの良い微睡みの海を、漂っているようだ。
体が暖かなもので包まれ、気分は最高にリラックスできている。
しかし、このままという訳にはいかない。
やることが残っているんだ。海上に、出なければ。
上へ上へ、泳いで足掻いて、必ず――。
「……良い夢、見た」
瞼を開けると、少し罅が入った天井で。体を預けたソファーが、ぎしぎしと音を鳴らした。
此処は……。ああ、そうだ。僕は。
「行かないとな。決戦だ」
柔らかいソファーから身を起こし、床に両足を着ける。自然に、体は立った。
「……?」
一瞬、何かの気配を感じた……ような気がする。
「気のせいか」
とか言うと、だいたい違うが。
一応、周りを見渡してみる。休憩用の木のテーブル・椅子、同じく青いソファー、誰かが置いていった長い槍……別に、なんもないな。変わらない、中央控室の中だ。
さっさと、向かわないと。
ドアを開け廊下に出る。聞こえる歓声は、どちらに対してのものか。考えて、一歩一歩前へ。
身だしなみは、整えられた。精神的には、かなり落ち着いている。
準備は万全だ、いざ挑もう。敗北し続けた、リベンジを果たす為に。そして、天の玉座に。
試合場の出入り口を潜り、光射す場所へ。
「――おおーっとっ!!フィル選手っ!!さすがに、動きが鈍くなってきたかー!?」
試合場の大きなリング上では、今も激闘が続いていた。
「頑張れー!あんたならやれるっ!」
「まだ俺達もいる!安心して戦ってくれっ!」
リング傍で声を張り上げる、チームメイト二人の背中。黒髪のジョージと、薄茶髪のケビンだ。
僕は、そこに近づいていく。
「躱すッ!躱すッ!フィル選手、ジャイロ選手!どちらも、相手の攻撃を回避し続けています!」
切り傷などが腕と足に複数見えるフィルさんは、苦戦している様子だ。
「おっ!ロイン!体調は大丈夫か!」
「大丈夫だ。やれる」
「なら応援しろよな!彼女は、ラスト・ソルのエースだぞっ。優勝目前だっ」
「あたりめぇだ」
ジョージに促され、僕も応援に加わる。……しかし、エースか。実際、そうだが。
(そんなフィルさんと戦っているのは、良く知る友人)
彼女と激闘を繰り広げているのは、木の杖を持った緑の鎧の戦士。シャドウ・トライアングルの一角。
「――【雷撃】!!」
ジャイロの言葉に連動するように、奴が持つ杖から赤い電光が放たれた。そのまま、十メートル程離れたフィルさんに接近。
速く鋭い一撃は、ブレードの派生技・波動砲。
「!!」
彼女は劣らぬ速度で、それを右に回避。
勢い余った攻撃は、リングを囲む見えない壁、【防御陣】に阻まれ霧散した。
「――がッ!それを待ってたッ!!【大雷撃】ッ!!」
「あっ!?」
なんだ、あれ!?杖の先端に電光が収束してっ!?僕も見たことないぞ、あんなの!!
(ジャイロの新技――奥の手かっ!!)
集まった光は、巨大な雷の砲弾となって。
超速で、標的へと飛んでいく。
「くっ!?」
それを避ける為、動く体。
――砲弾は完璧に命中し、その体を後に弾き飛ばした。
「フィルさんッ!!」
正面からモロに入ったっ。あれは流石に……ッ!!
「――狙い通り!!隙、見せたな!」
勝ち誇った、ジャイロの声は。
「――はい?」
倒れることなく健在な敵の姿で、あっさり否定された。
「……痛かったです。酷いこと、しますね……フフ……!」
ガードに使ったと思われる両腕からは血が流れ、痛々しい……。
(しかし、なんでか味方の僕まで……!)
一歩ずつ確実にジャイロに歩み寄る姿、その笑顔に、体が震える。
(化け物)
失礼ながら、そんな感想を抱いてしまった。
「――バカな。頑丈過ぎる。ストロングは、低下していた筈!」
「その通りですけれど、やはり見抜いていたんですね。私の弱点……」
後ずさるジャイロの動きは、ぎこちない。これは……?
「ですが、残念です。私には、違う種類の守りがありまして……それでも、痛いことには変わりないので」
「少し、きつくしますね?」
再びの加速を行い、一気にジャイロの懐に入る。
その時点で、勝敗は決した。
「――不、覚」
兜が砕ける音が聞こえたと思ったら、ジャイロが背中から倒れる。
フィルさんの右鉄拳が、奴の意識を容易く刈り取ったのだ。
「……味方で良かったな」
僕は、思わず呟いてしまった。
「……じゃ、ジャイロ選手ダウンッ!!フィル選手の拳によってっ!また一人、リングに沈んだーッ!!」
●■▲
「うおー!やっぱ、強いぜ!フィル選手!!」
「ファンになっちまったよ!一人で、何勝してんだって話だぜ!」
「フィルさんーッ!怪我ッ!怪我ッ!大丈夫なんだよねッ!?」
「凄い!フィル選手!サイン欲しいよー!」
「つかれた……」
小さく言い、フィルはリングの石段を下りていく。その動きは少し頼りなく、体力の消耗が窺えた。
「フィルさん!その腕っ」
「かすり傷ですよ。治療は断りました。私にとっては、大したことないですから……」
駆け寄る仲間達と、心配そうに声を掛けるロイン。
フィルは、それを不要だとでも言いたげだ。
「……私の心配より、自分の事を考えるべきです。勝ってくださいね。こんなに苦労したんです……」
「……勿論だっ!我が儘言って、ごめんっ!」
「構いませんよ。……器を使い切った状態では、どのみち彼には勝てないでしょうし」
フィルが指す彼とは、試合場の反対側で威風堂々と立つ男。
このスカイ・ラウンドにおける、最大の障害。ゴンザレス。
「……」
目を瞑り、両腕を組んだ姿。一見静かに見えるが、放たれる威圧感は凄まじく。唸りを上げ、ロイン達を威嚇する。
「うお……」
「きついぜ……」
ジョージと、もう一人のメンバー・ケビンは、完全に気圧されている。
「でも、貴方なら勝てるのでしょう?それとも、無理だと思いますか?」
「――僕が勝つ」
はっきりと、ロインが宣言した。
あの高すぎる壁を越え、己の身に合わぬ、目的を達成すると。
それは決して何の根拠もない言葉ではなく、確かな修練と捧げた月日に裏打ちされた言葉。
「……そうだっ!お前がやらずに、誰がやるってんだっ!」
「最高の舞台じゃねぇか!リベンジ、果たせよっ!」
ジョージとケビンは、ロインに全てを託すように背中を叩く。
「おうッ!!」
彼の中で燃える炎が、より一層火力を増した。
そんな光景を、大して興味がなさそうに見ているフィルは。
「私は休みます。……勝利を願っていますよ、ロイン」
「――お疲れさんだな。フィル」
試合場から廊下に出た彼女の前には、数日ぶりの船長が立っていた。
彼の姿は整えられ、いつものスタイルだ。
「あら、四日程で珍獣にまで進化した船長じゃないですか。……退化したのかしら?残念」
「変わらずだ……。あっちは、時間の流れや一日の長さがな……その所為で、久しぶりに会った気分だよ」
「フフ……さぞかし、辛かったのでしょうね。私は、楽しんでいましたけど」
傷付いた服や体を隠さずに、彼女は遊べたと言う。
「本当か?随分と、疲れている様子だが。甘く見てたんじゃないか」
「……ええ、確かに少し……遊び過ぎました……ようね」
言葉は途絶え。崩れ落ちる、フィルの体。
それをジン太は、しっかりと受け止める。
「まったく……仕方ないな……」
彼は、フィルの体を抱き抱えて廊下を歩く。
「本当に、お疲れさんだ。フィル」
寝息を立てる彼女に、静かに感謝を。
「……次は、お前だな」
頑張ってくれた仲間に感謝しながら、これから頑張る友の事を応援しながら、その時が来るのを期待している。
「ロイン、見せてもらうぜ」
彼の目指す場所へと、歩を進めた。