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望む者

「――来たっ!ほらっ、見なさいっ!」 

「ほほ、ちょっと落ち着け。リンダ」


 練兵場内、待機場所に変化が起きた。

 リンダと練兵長の前で、【修の灯】が激しく炎を吹き出す。

「ロイン君、ジン太君……っ!」

 切迫した、リンダの声。巡る思いは、複雑に絡み合っている。

(灯は、小さくなってないのだから……。どちらかが死んだということは、ない……!大丈夫っ)

 練兵場グランドの才物は定員数が決まっていて、スカイフィールドの定員は二名。そのどちらかの命が失われれば、その分炎の勢いが弱まる。

 ならばと、リンダが考えるのは。

(体の方ではなく、心……精神が折れてないかどうか……!出ることに成功したけれど、芯が戻らないなんてことは)

 何度もあったことだ。リンダの知人にも、折れてしまった戦士はいた。

(消えた炎が一時的な時もあれば、ずっと消えたままの時もある……)

 死んだ目と、覇気の失せた顔。抱いた情熱は彼方に吹き飛び、別人のように変わってしまう人達。

 

 口ではなんとでも言える、実際はこれだ。とは、練兵長の言。


「ホホホホ……どうなる、どうなる」

 肩を揺らして、練兵長は床に落下していく炎を見る。期待の眼差しの元は、事前に設定された報告をした時の、ロインの様子だ。

(今にも壊れそうな、いやぁ、あれはもうかな?……ホホ)

【鴉】の姿でわくわくしながら見に行った光景は、正しく彼が望んでいたものだったので。

(あのまま進めば……結果は、ほぼ見えたも同然。顔が、にやけるねェ……ッ!)

 笑わずにはいられないと、邪願を覗かせた。

 隣のリンダに気付かれないよう隠そうとはするが、どうしても出てしまう。

 その彼女は形を成し始めた炎に釘付けで、まるで気付いていないが。

(お願いッ。どうかッ!!)

 祈りながら、目前で形を変える炎を見つめる。

 瞳は不安を映し、らしくない雰囲気をまとっている。

(もし、変わり果てた姿で戻ってきたら……)

 無理矢理でも止めておけば良かったと、後悔することになるかもしれない。ロインの意志を尊重したつもりで、取り返しの付かない過ちを犯してしまったのかと。

 かつての生徒のように、見失ってしまったら。 

「……でも」

 リンダは、一瞬だけ過去を思い。

 炎は、人のような姿を形作っていき――。


【待っててくれよ】

 

「――ただいま、先生」

 声は、ハッキリとした口調で耳に届いた。始まりの日に聞いた時のまま。いや、それ以上の自信を感じる声だ。

「あ……」

 両目が見えた。宿る覇気は遠くを見据え、燃え盛る情熱は夢を焦がす。

 真っ直ぐに、それはリンダを見ている。

「ほほ、おかえりー!元気なようで、なによりだ」

「おい、アンタな……」

 呆けているリンダに代わるように、笑顔で応える練兵長。その性質は、先程まで準備していたものとは真逆に異なって。

「意外だ。がっかりしてるかと」

「何故だい?こんなにも立派な感じになって……それが頑張った先の結果なら、おれはどっちだろうと構わないんだよ。――よくやったな、身勝手君」

「感じかよ!?……てか、本当に治ってるんだな」

 ロインは酷い状態だった左手を見ながら、握って開く動作を繰り返して調子を確かめた。

「問題なし、と」

 ロインの体等に受けた傷は、元通りになっている。服すら、直っていた。

「あまりに酷い傷は治せないがな。……あと、衛生面も」

 ただし伸びた髪や髭はそのままで、汚れや異臭もそのままだ。

 並ぶジン太も同じ有様、二人揃って野生の獣。

「お二人とも、珍獣ですかな。ホホッ!」


「「笑うな、この野郎!」」


「ふ、ふふふ……」

 嘲笑とは無縁な、綺麗な笑い声が漏れ聞こえた。

「先生?」

 リンダは涙を流し、とても純粋な笑顔で二人を迎える。


「――お疲れ様。よく頑張ったわね、二人共」


 ――これは、単なる夢の中。 


「先生、昔に言ったよな。その言葉」

 その問いに対して、リンダ先生は頷いた。やっぱりなと、僕は笑う。

 昔の話だ。


 【冬の月】、1月5日。


 頑丈な柵で囲まれた、実戦場の一つ。

 一年生の時、夜遅くまで学校に残って特訓してた。その時はまだ、才力使用の許可が取れてなかったから、そうするしかなかったんだ。

「くそ……!まだ……!」

 王都に設置された、二つの大きな時計台。そこから響く鐘の音は、僕の動きを止める理由にはならない。

「……ッ!」

 自棄になっていた、ゴンザレスに敗北したせいで。

 思った以上の差を、感じてしまったんだ。

「勝てんのか……?僕……ッ」

 土に片膝を着いて、弱音を吐く。

 頬を伝う汗は冷たく、体は凍えてしまったかの様。絶望の吹雪が、行く手を阻む。先が、見えない。


 ――その度、暑苦しい太陽が顔を出す。

 鬱陶しいんだが、助かりもする。気がする。


「……まだ、やれるぞ僕ッ!まだ、限界じゃないぜッ!行ける行けるッ――」

「君、なにやってるの?」

「エ?」

 逝ったああああああァァッ!?

(左に立っているのは、リンダ先生!スーツ姿がバッチリ決まってる、トップ美女に見られるとは……!)

 よりによって……!なんて、ついてないんだ僕!

(……勘違いされた。僕が、熱血人間であるとっ。このまま学校中に噂が広まり、いずれ彼女の耳にも……!阻止せねば!)

「……君。ロイン君よね?」

「はいッ!リンダ先生!天上学院一年A組っ!ロイン・シュバルツでありますっ!趣味は真理探究!先程のアレはっ!修行の疲れが溜まったことによるっ一種の錯乱状態と言いますかっ!?」

 しどろもどろになりながら、なんとか事情を説明しようとするが、上手く行かない。このままでは更に怪しまれて、奴と同類に!


「修行?……ゴンザレス君に勝つため?」

「はっ、えっ、ゴンザレスっ?」


 話をしてみると、先生は奴の担任らしい。

 ジン太関連の誤解は、なんとか説明出来たが……。悪寒がするのは、何故。

「ゴンザレスの野郎!やっぱり、いきがってんのかよ!」

 あの野郎は他の生徒とよくトラブルを起こしたり、時々授業をサボったり等しているだとか。

 先生に迷惑掛けやがって!

「……荒れてるのよね。彼は」

 悲しげに彼女は言う。自責の念の様なものを、少し感じた。

 ……ゴンザレスは、確かに変わったのだろう。目が濁っているというか、初対面の時の快活さを感じない。

(理由は……あれだよな)

 リィド・マルゴスの死。僕にとっても驚きではあった、事実は。


【オレの憧れだ】


 奴から努力の理由を、削いでいったのだろうか?

「……ロイン君、君はスカイ・ラウンド優勝を目指しているのよね」

「?そうですけど。ま、一筋縄では行かないでしょうけど。……今年のもヤバかったしなぁ」

「ワンシェル君、凄かったわね。……何処に行ったのかしら」

「……」

 【夏の月】、2月15日に行われたスカイ・ラウンド。

 それの優勝者であるワンシェルは、大会後に姿を消した。学院の寮にも、何の痕跡も残さずに。


【――お前の様な劣等者に勝っても、根拠には足りないな。……その癖、夢だけは立派とは。気に入らない】


「……留年確実野郎なんて、超えてやりますよ」

「その為に頑張って、特訓してる……と。ふふ」

 先生は、嬉しそうに笑った。綺麗な笑顔だから、気にはならないが。どういう意味が込められているのか。

「ああっ、ごめんなさいね。これは、君の姿が以前のゴンザレス君みたいで……」

 それは酷いぜ先生。あんな単細胞とは僕は違う。紳士の中の紳士、ですぜ。

「……いつか、その情熱が途絶えずに、スカイ・ラウンドの栄光を求めて戦って、自分が描いた夢を掴むことができたのなら……」

 リンダ先生は、夜空を仰いで静かに。――言った。


「――見てみたいわね。そんな光景」

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