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 鳴り響く苦痛の音は消エていき、静かな時を迎える。

 体は動かず、視線は天井を向いている。


「……はは、は」


 暗闇しか、見えなかった。

 僕の進む道はあまりに険しく、とても踏破出来るとは思えなかったから。常人でも無茶な、心裂く刃の道を行くんだからよ。

 落ちこぼれの、僕ガ。出来る訳ねぇと、何回も頭を過ぎった。

「……それでも踏ん張ってきた、結果は」

 確かに掴んだ、現実だ。諦めず進んできた、そして遂に最後の修練を終えた。

 当然、それは僕一人で出来ることじゃなく。


「――ありがとう。ジン太」


 右横で倒れている、親友に向けて告げる。

 ずっと言いたかった、感謝の言葉。それら全てを合わせるように、言った。

「……だから、俺の都合だと言ってるだろ」

 ため息を吐きながら、ジン太は弱々しい声で応える。

 身に付けた物は僕と同様ボロボロで、顔には髭が生えまくっていた。異臭もするし、薄汚れていて何だか締まらない雰囲気がしなくもない。……似たもの同士だが。

「それに加えて、壁に激突とは……」

「忘れろ……!」

 あの虹色の輝きはどこへやら。廃者の体を粉々に砕いた閃光は、そのまま壁に突っ込んでいった。

 そして頭を壁に埋め込んだ、珍妙な光景が出来上がったのだ。

「どうして、そうなる」

「俺が聞きたい……!いつもいつも、地味な邪魔が……!くそ……ッ!」

 声から、本当に悔しがってるのが分かった。ジン太の場合、ちょっと意味が異なるんだろうと思う。

「……あの力、なんだ?ダッシュポークと戦った時も、似たようなもん見たが」

 話題を変えることにした。気になっていたことではある。

 あの虹を前に見たときは、肩から少し、一瞬だったが。

「前にも?……そんな、こと言ってたか。悪いが、俺にもよく分からん。あんなの、初めてだ……全く制御できない、し……」

「お前……何者だよ……。ただ者じゃねぇとは知ってたが」

 ちょっと怖いぞ。人間って、熱血根性極めると虹が出るもんだっけか?

「意味が分からねぇな……相変わらず……限界突破イレギュラー

「……俺もだ。だけれど、なんとなく分かることもある……」

「?」

 ジン太の横顔は、いつになく真剣だ。何を考えてるんだか。

「これはきっと。努力の結晶なんだ」

「また、それかい。……弛まぬ努力と、それを可能にする強い意志が必要って話だろ」

「覚えてたか……」

「あんだけ熱心に語られればなぁ……」

 昔、熱く誇らしげに語っていたジン太の姿を思い出せる。

 あの時から、今まで、こいつは変わっていない。スカイフィールドで過ごした日々によって、それが分かった。


(暑苦しくて、努力だの、青春だの、イチイチうるさい熱血漢。明日も、明後日も、明々後日も、こつこつと)


「……ロイン、何て言うか……」


(ここでもそれは変わらず、余計に辛いはずの修行を欠かさず行っていた。ぶっ倒れても起き上がって、お前は先を目指していたよな)


「……ごめん……だが、俺はやっぱり……」

「――良いんだよ。そう言う奴だって分かってて、親友やってんだっ」

 それに。

「お前がいたから……僕はここまで来れた」

 一人じゃとても、踏破することなんて出来なかった。きっと、途中で体も心も壊れて、悔いながら死んでいったんだろう。

(ジン太は、特別だと思ってた。どんな辛い修行も、当たり前のように乗り越える奴だと)

 違ったんだ、それは。

 辛いことは、辛いと感じる。泣いた時だって、苦痛に顔を歪める時だってある。このスカイフィールドで、ハッキリと分かることができた。

(だが、お前は前に進んでいく。ぼろぼろになりながら、這いずっていった)

 そんな姿を見せられちゃ、やることなんて一つしかない。

 僕が始めたことを、勝手に終わらせることなんざ出来ない。


「だから、ありがとうなんだ」


「――お前は、誰かと一緒に戦った方が強いと思う」

 何とか、動けるようになった。

 僕達は煉瓦作りの、薄暗い通路を歩いていく。廃者を倒した後に壁に空いた穴が、通路の入口だったんだ。

 出口は、この先に。

 寒いような、暖かいような、不思議な空気だ。

(背負った剣が、異常に重いな……)

 足取りは、まだ遅い。引き摺るように、歩く。

「昔に、フィッシュリザードを一緒に相手した時とか強かったし……結果は、散々だったけどな」

「……逃げた、記憶が……」

「ロインの奮闘のお陰で、逃げられたソレだ」

 ジン太が言ってるのは、強い男になってやる!と粋がって、才獣に挑みまくってた頃の事だろう。

 僕の過信癖は、あの頃からか……。

「僕の所為だしなぁ……元々……」

「あれも、俺が決めたことだよ」

 話をしながら、一歩一歩進んでいく。

 このスカイフィールドの、終わりへと。

(思い返してみると……本当に、辛かった……っ!)

 楽しかったなんて、とてもじゃないが言えない。どれだけ、来てしまったことを後悔したか。どれ程の、苦痛と絶望を積み重ねて来たのだろうか。

(もう、二度と来たくはない。正直な、感想だ) 

 通路の壁に掛かった、ランプの炎が目に入る。

 暗闇の中で、求め続けた光。

(……そんな場所を、僕は最後まで)

 光が、滲んで見えた。


「――あ、ああああ、アアアアアァッ……ッ!」


 自然に、嗚咽が漏れる。色々な感情が、溢れ出して止まらねぇ……!

(修練の恐ろしさ、払う代償の重みを思い知らされ)

 苦しくて、雁字搦めで、なにも出来ずにいた逃避時間。

 踏み出した後も苦しいのは変わらず、そんな簡単に強くはなれなかった。

 本当に、この先に希望はあるのか?と。


(――投げ出さなくて、良かった。諦めなかったから、辿り着けた)


「……嬉しいのか」

「ああアっ!?あ、当たりめぇだろッ!よ、ようやく、こんなクソみてぇな場所からなぁ……っ!」

 お前は違うのか?なんだ、その微妙に複雑そうな顔は。

「嬉しいさ……。だけど、俺はこの練兵場が嫌いじゃないんだ……」

 はっ?何を言っとるんだ、ジン太。お前だって、あんなに苦しそうだったろうが。

「苦しかったのは、確かに……。しかしさ……強くなれたのは、事実だろ……」

 そりゃあな、その為に頑張ったんだ。

 落ちこぼれの力で、成功を、夢を掴む。

「……難しいよな、それって……生まれつき大きな差がある奴を……超えるっていうなら、尚更」

「……何が、言いたいんだよ?」

 ぼんやりと分かるような気もするが、聞いてはみた。

「……どうしても、普通じゃ届かない……そんな壁を越えようと、して……この地獄の修行に足を踏み入れて……」

 ジン太は薄れている意識の中で、大事そうに言葉を口にしていく。

 どこか、ゆらゆらしているような。幻を見ているような、言の葉。

「心身を削って……弱音を吐きながら……それでも、達成して……最後に、壁を乗り越える……本来は、到底無理なことを……」

 語る友の目は、曇っているようにも、輝いているようにも見える。


「それってさ……夢のあることだと……思うんだよ……」


 ――悪夢のような時間は、終わり。

 目前で青く燃える、炎に目を向け。僕が抱く気持ちは、何処に繋がるものなのか。

 進める足は迷いなく、僕達は青き輝きに包まれる。

 ほんの少し暖かいように思えるが、きっと安堵のせいだろう。

 溶けていく緊張。思い返される過去の事と、これから来る未来の事。考えは、尽きず。

 それを邪魔するように、親友は言った。

「――」

 僕は、今度こそと思いながら宣言する。

「――」

 夢のような、その語り。

 言葉が、夢に届く原動力になると信じて。


 それを最後に、世界は青く染まっていった。

 次なる目的地は、不相応な天の高み。

 自分を信じて、いざ挑もう――。

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